
エルヴィス“キング”プレスリーの楽曲が一つとして使われていないことに、皆さんは違和感を覚えなかっただろうか。エンディングに流れていた“I Will Always Love You”だが、エルヴィスがカヴァーしたバージョンが存在するにも関わらず、なぜかドリー・パートンのオリジナルが使われている。これは明らかに変だと思い調べてみたところ、エルヴィスの楽曲を管理している団体が本作にその使用を一切認めなかったらしいのだ。かつて出版権をめぐってドリーと団体の間でもめたことのある因縁の曲だけに、ソフィア・コッポラとしても皮肉を込めた選曲だったに違いない。
14歳の時に24歳のエルヴィスに出会ったプリシラの伝記物語。存命の御本人からは快く映画制作に協力してもらったそうなのだが、本作にもちょこっと登場している一人娘リサ・マリーが異議を唱えたらしいのである。エルヴィスを演じているジェイコブ・エロルディ196cmに対し、プリシラを演じているケイリー・スピニー155cmと、大人と子供以上の身長差。加えてスピニーの幼児体型が拍車をかけており、エルヴィスがまるで“幼児性愛者”のように見えると、リサ・マリー側からクレームが入ったそうなのだ。
ソフィア・コッポラがその線をわざと狙ったかどうかは定かではないのだが、そう指摘されても不思議ではない演出なのである。映画冒頭、フカフカの絨毯に置いた素足もまるでサリーちゃんのようにプクプクで、右も左もわからない“ベイビー”としての描写が並べられている。そんな“地に足のついていない”ベイビードールが、世界一もてる男と恋をして結婚、やがて一人娘を出産。エルヴィスからマリオネットのような扱いを受けていた女の子が、このままじゃいけないと自立の道を歩むため28歳で離婚を決意、グレースランドを後にするまでを映画にしている。
この映画がフェミニズムムービーなのかと問われるると素直にうんと頷けない。睡眠薬の過剰摂取にLSD、出産後の女性は相手にしない性癖の持ち主で、かつ複数のハリウッド女優とも浮き名を流したエルヴィスであったが、プリシラに対してドメバイを働いたというエピソードは一切ない。夫婦生活後半はスピリチュアルにもはまったエルヴィスは、基本的には優しい夫だったとプリシラ本人は語っている。どうも欲望をコントロールすることに、アーティストとしての矜持を見いだしていた人だったようなのである。
晩年は肥満と薬物のオーバードーズに苦しんでいたというエルヴィスは、42歳という若さでこの世を去ってしまう。トイレで倒れたいたエルヴィスを娘のリサ・マリーが発見したらしく、マイケル・ジャクソン同様死因は明らかにされていない。9歳で父を喪ったリサ・マリーは躾の厳しいプリシラに引き取られるが反発、ドラッグ問題でたびたび放校にもなっている。歌手としてデビュー後、マイケル・ジャクソンやニコラス・ケイジと結婚するも即離婚、2023年心臓発作でこの世を去っている。54歳だった。
離婚後女優業に転身し、元マネージャーに目茶苦茶にされたプレスリー財団を立て直したのもこのプリシラらしい。エルヴィスに誘われても「両親が許してくれないわ」とやんわりとお断りするプリシラ。アメリカ空軍将校の継父としっかり者の母さんが一人娘をけっして甘やかすことなく育てていたに相違ない。欲しいものはなんでもかんでも金に物を言わせて与えられていたリサ・マリーとは正反対なのである。どこか育ちの良さを感じる作風のソフィア・コッポラは、アバズレ化していったリサ・マリーよりも、生真面目なプリシラの方によりシンパシーを感じたに違いない。
プリシラ
監督 ソフィア・コッポラ(2023年)
オススメ度[

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