天真寺日記

天真寺の日々を綴ります

「ダウン症の娘は私の女神」

2007-03-14 20:24:34 | 仏教
新聞の雑誌広告欄にふと目をやると、大平光代さんの記事が・・・
大平さんは、現在京都の中央仏教学院の通信学部で浄土真宗を学んでいらっしゃるとのこと。そんなことで、お名前がふと目に止まりました。

大平さんは中学2年の時のいじめを苦に武庫川の河川敷で割腹自殺未遂。その後、非行の道に入り、16歳で暴力団組長と結婚して極道の妻に。そして19歳で最初の出産。そんな彼女の転機は22歳の時。後に養父となる故・大平浩三郎氏との出会いで立ち直るきっかけを得る。「確かに、あんがた道を踏み外したのは、あんただけのせいやないと思う。でもな、いつまでも立ち直ろうとしないのは、あんんたのせいやで。甘えるな!」
猛勉強の末、29歳で中卒の学歴を乗り超えて司法試験に一発合格。31歳と弁護士となり、以降少年事件を中心とした弁護活動に講演にと日本中を駆け回る日々を過ごされます。

記事を読ませていただくと、昨年9月に女の子を出産、その子がダウン症と診断されます。
出産は高齢に加え、妊娠中に子宮筋腫があることが発覚したため、帝王切開と同時に筋腫を摘出。そのための大量出血で腎盂炎と高熱のための呼吸困難。14歳の時の割腹自殺未遂で、横隔膜や腸にも後遺症が残り、またホステス時代の過度の飲酒で肝臓も悪くされている。その上、刺青の入った背中は皮膚呼吸ができない。過去の傷が出産に災いしながらも、命がけで一つの命を誕生させます。

今回の出産で、大平さんは羊水検査をされなかったそうです。
現在では、妊娠中に検査によって障害の有無が分かり、その結果で産むかどうかの選択がされています。
私たちは今、いのちをいのちのまま見ることができなくなっています。
頭が良い遺伝的な病気がないなどの条件をつけて、人工的に子どもを産むところまで現実は来ています。
親の都合で、いのちが選別されている。しかし、これは親だけでなく、私たち一人一人が関わる社会が選別しているのです。
私だったらと考えると、子育てが大変だろうな自信がないなと、自分中心にしか見られない。今まで仏教を学んでいながら、仏さまのこころを頭で聞いていたんだと思い知らされました。

「この子ができて、時間がゆっくり流れるようになりました」
「今までは明日のために今日を犠牲にしてきましたが、この子を産んで、今日を無事に過ごせたこと、今日起きた出来事、今日生きていることのすべてがうれしくて。人生を生き直すきっかけをくれたこの子は、私の女神です」
こうおっしゃる大平さんの言葉にははっとさせられます。
今生きていることの喜び・・・
人と比べることなく、自分に関わるいのちを本当に愛おしんで大切にする姿に尊さを感じます。
いのちをいのちのまま慈しみ、共に育ちあうよろこびが満ちあふれている言葉です。

仏教はお寺でだけ、お経でだけで学ぶものではない。
自分が立ち止まり耳を澄ませば、あちらからもこちらからも仏さまの説法が聞こえてくる、というお示しにこころからうなずかされたことです。

(静)