今日は休演日…
ぺ・スビンさん
ゆっくりされているかしら?
昨年のぺ・スビンさんは
次々と映画に出演されて
ドラマでは見る事の出来ない
一面を沢山観せておられましたね。
私は怖くて観ていませんが…
…怖い話…
と、言うタイトルの
人肉を食べる怪しい役…
…怖い話…
うーん…お写真だけだと
とても、素敵なんですが…ね!
次が…
話題の
マイラティマ!
三枚まとめて
貼り付けちゃいました!
で…釜山映画祭での話題を
一緒に紹介致します。
左上が 靴紐を結び直すスビンさん!
で…右下が ユ・ジテ監督の
マイクを持つスビンさん!
と なっていました。
海雲台の海岸という場所柄
海風が強くて…大変そうでしたが
簡易舞台でお話されていたので
素のお姿が見られて
ファンにとっては
楽しいひと時でしたね (^ ^)
夜に海岸を
お二人で散歩されたとか…
うーん…
ラフなお二人に遭遇して
サインをお願いした方も
いらっしゃったようです。
その後が…
26年ですね。
光州事件を題材にして
様々な事を考えさせられる
とても、良い作品でした。
~こんな記事がありました~
映画「26年」
長かった4年間…
“あの人”を断罪するために
集まった俳優たち
そして…このように続きます。
とても、長いので前後を
割愛させていただきます。
…映画「26年」は過去ではなく
現在の話である。
未だに“あの人”は我々のそばで
平気で生活していて、1980年
光州(クァンジュ)民主化運動
当時の市民軍虐殺の主犯たちも
どこかで生きている。
心に傷を負った人々も
傷を負ったまま生きている。
そう考えると、
忘却というのは恐ろしいものだ。
「26年」はこのように
人々が忘れてしまい、
しっかりとした事実は
分からないままだという
韓国社会の一面を暴きつつ、
重苦しくないように仕上げ、
より多くの人々に共感してもらうために企画された。
もともとは
2008年に公開する予定だった
映画「26年」は、4年間も
待たされることになった。
公表された理由は、
投資家による出資計画の
撤回だった。
面白いのは具体的な投資内容と
方法まで合意した後、
決定審査のみを残した状況で
撤回されたことだという。
形式的な手続きだったので
問題なく投資を受けると思っていた
制作の映画社
チョンオラム側は
突然の投資撤回を受け、
映画制作を
諦めるしかなかった。
“青瓦台(韓国の大統領官邸)による
外圧”の噂が出回るなど、
制作が不透明だった
映画「26年」が
最終的にはすべての撮影を終え、
今では公開日だけを待っている。
もう8割は成功したと
見て良いだろうか。
紆余曲折の末、2012年3月、
「26年」の映画化に向けた作業が
再スタートしてから、
ソーシャルクラウドファンディング
(ある目的のために個人投資家を集める策)などを経て
制作費を集め、
無事撮影を終えたからである。
やっと始まったと言いたい。
2012年7月19日に
初めてクランクインしてから
10月10日に撮影を終え、
編集作業を経て、
11月18日には15歳以上観覧可の
等級を受けた。
これほど多くの人々が
悲願していた作品であっただけに、
観客に観てもらう瞬間からが同映画の真の始まりだと言えるだろう…
…それぞれの役者さんに
対しての紹介記事です…
組織暴力団の一員、
クァク・ジンベ役のチン・グは、
撮影現場で共演する
端役やエキストラ
一人一人にまで気を配ったという。
彼の撮影が2日間行われるとすれば、
その日を含め1週間、
現場の人たちと一緒に
行動を共にし、親しくなったという。当然、激しいアクションを共にする
彼らのモチベーションも上がった。
アクション監督は
クァク・ジンベチームの雰囲気が
最も良かったと、チン・グの
熱い思いに拍手を送った。
意志の強いキャストたち、
「出演を怖がることが可笑しい」
紅一点で出演するハン・ヘジンは
所属事務所の反対をも押し切って、
自ら「26年」への出演を
強く主張したケースだ。
バラエティ番組で
親しみやすいイメージを
構築していた彼女が、
“あの人”断罪プロジェクトに参加するなんて……。
彼女は明るい一面を持っているだけではなく、アクション演技についても
天才的だったという。
他の女優たちが1ヶ月間
苦労して身に着けた射撃姿勢も
1週間で体得したという。
現場のスタッフによると
銃を使用したアクションでは
1回もNGを出さなかったという。
彼女の国家代表レベルの
迫真の演技も楽しみである。
アイドルグループ2AMのスロンは
「26年」で映画デビューを果たす。
彼は普段から
演技への熱い思いを抱いていたが、
懸念する声があったのも事実だ。
だが努力している姿だけは頼もしい。忙しい海外公演の日程を終えると、
夜明けには韓国に戻り、
真っ直ぐ映画の撮影現場に
駆けつけたという。
そのお陰で飛行機の
マイレージが一番溜まった
役者になるかもしれないと語っていた。
ファンが送ってくれた様々な
おやつや日用品は撮影現場での
楽しみの一つだったという。
「26年」の始まりから終わりまで、
スロンの演技が成長していく過程も
映画を観覧する一つのポイントになるだろう。
真面目な性格だという
ペ・スビンは映画のため、
5.18関連のドキュメンタリーを観たり、望月洞(マンウォルドン)
国立墓地を訪れたりするなど
映画の内容を理解するための
努力を惜しまなかった。
日韓の若者の友情を描いた映画
「道~白磁の人~」に出演するなど、
ペ・スビンの作品を選ぶ目は
独特である。
商業性やスター性にこだわるより、
作品の意味と価値を考える
一握りの真の俳優である。
俳優イ・ギョンヨンも
誰もが認める演技の達人である。
現場で常に役者たちの面倒を見て、
役作りのための討論を
リードしたのも彼である。
最初の撮影の直前に行われた
告祀(コサ:幸運をもたらすように
祭壇を設け、供え物を供えて祈ること)の後、打ち上げの時も
キャストと作品の話に
夢中になる彼の姿を
見ることができた……
本当に!
ハン・ヘジンさんは
とても素晴らしいスナイパー役で
ジャージ姿に惚れ惚れしました。
所属事務所の反対があったとは
知りませんでした。
海雲台でのブルーカーペットでは、
近くまで来てくださり
握手しましたが…美しかった~!
イ・ギョンヨンさんは
映画〈王になった男〉での内官とは
全く違う 役柄で…
とても、憎たらしかったです!
チングさんや
スロンさんについては
先日も紹介させて頂きましたので
今回は 記事のみで…
うーん
…また、観たくなりました^^;
どの映画も
日本語の字幕付きで
大画面で観たいものですね!
最後に…
今日は二年前と同じ
2時46分に
黙祷をしました。
復興には まだまだ
遠い道のりのようです。
離れた場所に住む者として
できる事は限られています。
何も出来なくて…と、言った私に
忘れずにいてくれるだけで良いのよ…
被災者の方からのお言葉でした。
私は、忘れません。
ごめんなさい。
ペ・スビンさんの応援ブログなのに
私の思いを綴ってしまいました。
今晩も
最後迄お付き合い下さって
有難うございますm(_ _)m
ぺ・スビンさん
ゆっくりされているかしら?
昨年のぺ・スビンさんは
次々と映画に出演されて
ドラマでは見る事の出来ない
一面を沢山観せておられましたね。
私は怖くて観ていませんが…
…怖い話…
と、言うタイトルの
人肉を食べる怪しい役…
…怖い話…
うーん…お写真だけだと
とても、素敵なんですが…ね!
次が…
話題の
マイラティマ!
三枚まとめて
貼り付けちゃいました!
で…釜山映画祭での話題を
一緒に紹介致します。
左上が 靴紐を結び直すスビンさん!
で…右下が ユ・ジテ監督の
マイクを持つスビンさん!
と なっていました。
海雲台の海岸という場所柄
海風が強くて…大変そうでしたが
簡易舞台でお話されていたので
素のお姿が見られて
ファンにとっては
楽しいひと時でしたね (^ ^)
夜に海岸を
お二人で散歩されたとか…
うーん…
ラフなお二人に遭遇して
サインをお願いした方も
いらっしゃったようです。
その後が…
26年ですね。
光州事件を題材にして
様々な事を考えさせられる
とても、良い作品でした。
~こんな記事がありました~
映画「26年」
長かった4年間…
“あの人”を断罪するために
集まった俳優たち
そして…このように続きます。
とても、長いので前後を
割愛させていただきます。
…映画「26年」は過去ではなく
現在の話である。
未だに“あの人”は我々のそばで
平気で生活していて、1980年
光州(クァンジュ)民主化運動
当時の市民軍虐殺の主犯たちも
どこかで生きている。
心に傷を負った人々も
傷を負ったまま生きている。
そう考えると、
忘却というのは恐ろしいものだ。
「26年」はこのように
人々が忘れてしまい、
しっかりとした事実は
分からないままだという
韓国社会の一面を暴きつつ、
重苦しくないように仕上げ、
より多くの人々に共感してもらうために企画された。
もともとは
2008年に公開する予定だった
映画「26年」は、4年間も
待たされることになった。
公表された理由は、
投資家による出資計画の
撤回だった。
面白いのは具体的な投資内容と
方法まで合意した後、
決定審査のみを残した状況で
撤回されたことだという。
形式的な手続きだったので
問題なく投資を受けると思っていた
制作の映画社
チョンオラム側は
突然の投資撤回を受け、
映画制作を
諦めるしかなかった。
“青瓦台(韓国の大統領官邸)による
外圧”の噂が出回るなど、
制作が不透明だった
映画「26年」が
最終的にはすべての撮影を終え、
今では公開日だけを待っている。
もう8割は成功したと
見て良いだろうか。
紆余曲折の末、2012年3月、
「26年」の映画化に向けた作業が
再スタートしてから、
ソーシャルクラウドファンディング
(ある目的のために個人投資家を集める策)などを経て
制作費を集め、
無事撮影を終えたからである。
やっと始まったと言いたい。
2012年7月19日に
初めてクランクインしてから
10月10日に撮影を終え、
編集作業を経て、
11月18日には15歳以上観覧可の
等級を受けた。
これほど多くの人々が
悲願していた作品であっただけに、
観客に観てもらう瞬間からが同映画の真の始まりだと言えるだろう…
…それぞれの役者さんに
対しての紹介記事です…
組織暴力団の一員、
クァク・ジンベ役のチン・グは、
撮影現場で共演する
端役やエキストラ
一人一人にまで気を配ったという。
彼の撮影が2日間行われるとすれば、
その日を含め1週間、
現場の人たちと一緒に
行動を共にし、親しくなったという。当然、激しいアクションを共にする
彼らのモチベーションも上がった。
アクション監督は
クァク・ジンベチームの雰囲気が
最も良かったと、チン・グの
熱い思いに拍手を送った。
意志の強いキャストたち、
「出演を怖がることが可笑しい」
紅一点で出演するハン・ヘジンは
所属事務所の反対をも押し切って、
自ら「26年」への出演を
強く主張したケースだ。
バラエティ番組で
親しみやすいイメージを
構築していた彼女が、
“あの人”断罪プロジェクトに参加するなんて……。
彼女は明るい一面を持っているだけではなく、アクション演技についても
天才的だったという。
他の女優たちが1ヶ月間
苦労して身に着けた射撃姿勢も
1週間で体得したという。
現場のスタッフによると
銃を使用したアクションでは
1回もNGを出さなかったという。
彼女の国家代表レベルの
迫真の演技も楽しみである。
アイドルグループ2AMのスロンは
「26年」で映画デビューを果たす。
彼は普段から
演技への熱い思いを抱いていたが、
懸念する声があったのも事実だ。
だが努力している姿だけは頼もしい。忙しい海外公演の日程を終えると、
夜明けには韓国に戻り、
真っ直ぐ映画の撮影現場に
駆けつけたという。
そのお陰で飛行機の
マイレージが一番溜まった
役者になるかもしれないと語っていた。
ファンが送ってくれた様々な
おやつや日用品は撮影現場での
楽しみの一つだったという。
「26年」の始まりから終わりまで、
スロンの演技が成長していく過程も
映画を観覧する一つのポイントになるだろう。
真面目な性格だという
ペ・スビンは映画のため、
5.18関連のドキュメンタリーを観たり、望月洞(マンウォルドン)
国立墓地を訪れたりするなど
映画の内容を理解するための
努力を惜しまなかった。
日韓の若者の友情を描いた映画
「道~白磁の人~」に出演するなど、
ペ・スビンの作品を選ぶ目は
独特である。
商業性やスター性にこだわるより、
作品の意味と価値を考える
一握りの真の俳優である。
俳優イ・ギョンヨンも
誰もが認める演技の達人である。
現場で常に役者たちの面倒を見て、
役作りのための討論を
リードしたのも彼である。
最初の撮影の直前に行われた
告祀(コサ:幸運をもたらすように
祭壇を設け、供え物を供えて祈ること)の後、打ち上げの時も
キャストと作品の話に
夢中になる彼の姿を
見ることができた……
本当に!
ハン・ヘジンさんは
とても素晴らしいスナイパー役で
ジャージ姿に惚れ惚れしました。
所属事務所の反対があったとは
知りませんでした。
海雲台でのブルーカーペットでは、
近くまで来てくださり
握手しましたが…美しかった~!
イ・ギョンヨンさんは
映画〈王になった男〉での内官とは
全く違う 役柄で…
とても、憎たらしかったです!
チングさんや
スロンさんについては
先日も紹介させて頂きましたので
今回は 記事のみで…
うーん
…また、観たくなりました^^;
どの映画も
日本語の字幕付きで
大画面で観たいものですね!
最後に…
今日は二年前と同じ
2時46分に
黙祷をしました。
復興には まだまだ
遠い道のりのようです。
離れた場所に住む者として
できる事は限られています。
何も出来なくて…と、言った私に
忘れずにいてくれるだけで良いのよ…
被災者の方からのお言葉でした。
私は、忘れません。
ごめんなさい。
ペ・スビンさんの応援ブログなのに
私の思いを綴ってしまいました。
今晩も
最後迄お付き合い下さって
有難うございますm(_ _)m