一昨日、次男坊が「ひたしぶり(ひさしぶり)にこれききたい」とみんなのうたのレコード(日本コロムビア、CZ-7250)を持ってきた。星うらないキラキラ、山口さんちのツトム君などが入っているレコードで、早速流してあげる。
レコードプレーヤーはDIATONE(ダイヤトーン、三菱電機)のDP-66B。母親がおそらく1975年頃に購入したもので、私が勝手に引き継いで使っている。4年ほど前、何となく昔のレコードが聴きたくなって、どうせベルトがダメになってうまく回らないだろうと動かしてみたところ、全く問題なく動作したので実家から移してきたのだ。
とはいえ、レコードを動かすにあたり針は交換せねばと思い、純正の3D-37Mと互換のナガオカ製99-37をyodobashiの通販で入手した。40年も前の機器の消耗部品を量販店で難なく入手できたのはすごい。残念ながら2年ほど前に販売終了となったが、今のところ新品で予備1本はあるので、しばらくは何とかなりそう。
久々にレコードを聴いて思ったのは「ちゃんと音が出ているな~」ということ。何を失礼なと言われそうだが、小学生の頃我が家にCDがやってきたときの「クッキリハッキリ、すげー!」という感動と同じように、今、古い機材で古いみんなのうたのレコードを聴きながら「クッキリハッキリ、すげー!」と思うのだ。
もっとも、レコードによって状態にだいぶ差があるのは事実で、昔よく聴いた覚えのある別のレコードではノイズがひどいものも多い。レコードの扱いが悪かったのに加え、痛んだ針で再生していたからかもしれないが、こうしたノイズの印象が「CDすげー!」につながったのだろう。当時でも、条件が適切なら良い音で聴けていたはずで、もったいないような申し訳ないような、そんな気持ち。
ところで、一緒にレコードを聴いていた次男坊は「この曲もう一度聴きたい」「こっちの面が終わったら、自動的に反対面が流れるのか?」的なことを言ってくる。都度、父ちゃんが面倒だなあ~と操作してあげるのだが、かといって彼自身にプレーヤーを触らせてあげる勇気はしばらく起きそうにない。