喜劇あるいはお笑いというのは、人類が作り出した最も偉大な精神を体現しているといえるでしょう。
風刺や皮肉で遠まわしに権力者を揶揄したり、自己卑下でもって人間の愚かさをあぶりだしたり。
だからこそ喜劇やお笑いは、洋の東西を問わず、弾圧の対象となってきました。
それを端的に示した名作が、うす暗く不気味な中世の田舎に建てられたキリスト教寺院での連続殺人を題材にした「薔薇の名前」でしょうね。
わが国でも、戦前、洗練された都会的で乾いた笑いで人気を博したあきれたぼういずのレコードが発売禁止になったりしました。
古来、わが国では能楽といえばシリアスな能と滑稽な狂言をセットで上演し、喜劇と悲劇は物事の表裏をなすものと捉えらており、わが民族の精神性の高さを表すものと思います。
泣かせるのは存外簡単で、笑わせるのは困難で、笑いは極めて知的な営為と言えましょう。
様々な喜劇が製作され、時代時代によって人気コメディアンが存在しました。
私は今、最も面白い喜劇人はウッッチャンだと思っています。
ゴールデンに進出する前の、深夜枠で放送されていた「笑う犬の冒険」はその最右翼でしょうねぇ。
夜はユーチューブで先代柳家小さん師匠や当代の小三治師匠、亡き古今亭志ん生師匠の高座を楽しむことを常としています。
よく人間しか笑うことはない、と言われるように、笑いこそ、人間の人間たる所以のものだと言えましょう。
笑う門には福来るとか、お笑い療法でがんを撲滅するとか、笑うことが健康や開運につながることも広く知られています。
日本語には苦笑・哄笑・失笑・大笑・談笑・嘲笑・爆笑・微笑・冷笑 ・艶笑など、様々な笑いを表す言葉があります。
一般に小説家が造語を行うことはご法度とされていますが、久米正雄が生み出した微苦笑などは、珍しい成功例でしょうね。
これだけ笑いを表す言葉が豊富だということは、とりもなおさず、わが民族が笑いの重要性を自覚していたことを示す好例だと思います。
来週の月曜日は休暇を取ったので、明日から三連休。
大いに笑って過ごしたいものです。
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