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お盆とおはぎと千葉の月

2021年01月30日 | 焼き芋みたいなショートエッセイ


     焼き芋みたいな
     エッセイ・シリーズ⑳
     『 お盆とおはぎと千葉の月 』

あれは僕がまだ大学2年生のお盆の夜のことだった。(まぁ、季節外れな話だこと)
その日、ホテルレストランでのアルバイトを夕方に終えた僕はそのまま、
北海道の函館
から千葉県に引っ越して来た親戚の家へ泊まりに出掛けた。

新橋駅から電車を乗り継ぎ、東京に隣接する千葉県の千葉駅に着いた。
そして千葉駅
から親戚の家がある新興住宅地まではバスだ。
「五井という停留所で下りるのよ。駅か
らちょっと遠いから気をつけてね。
停留所に着いたら電話してね。迎えに行くから」
時はケータイなど無く、駅の公衆電話で叔母とそんなやり取りをした後、
僕は駅前から
バスに乗った。(駅からちょっと遠いのか・・)

やがてバスは発車し、幾つかの停留所を過ぎた。気が付くといつのまにか山道に入っ
ている。
僕はすっかり日が落ちた山あいの家々をぼんやり眺めながら、色々と思いに耽っ
ていた。
亡き父の姉である叔母や、従姉の邦江姉ちゃん、良子姉ちゃんに会うのも久し
ぶりだった。
北海道でSL機関士を長年勤め、定年退職したばかりの伯父は、
相変わら
ず親父ギャグ連発で元気らしい。昔から陽気な人なのだ。


          


そんな事を思いながら車窓の街灯りをぼんやり眺めていると、 ふいにバスのアナウン
スが。
「次は終点□×△でーす!お忘れ物のないよう・・・」
ん?今何て言った?終点?
駅から遠いんじゃなかったっけ?腕時計を見ると既に7時半過ぎ。
バスが発車してから
一時間近く経っている。
いつの間に?途中寝てたわけでもないのに・・。慌てて僕はバ
ッグを抱えて運転手さんに訊いた。

「ここ終点ですか?」
「そうですよ。お客さん何処まで?」
「五井という停留所で下りるつもりだったんですけど」
「あぁ、そこ、5個前ですねー。だいぶ過ぎちゃいましたよー」
「えっ!やっちまったぁ。戻りのバスってありますか?」
「いや、これで最終だから、今日はもうバスありませんよー」
「ええっー!!!」

まだ8時前なのに。東京とちがうな。いや、どうしよう。タクシーも走ってなさそうだし・・。
その後僕はどうしたか。
歩いた。歩きましたよ。延々と、真っ暗な千葉の山中の国道を。
ぽつんぽつんと遠くに民家の明かり。ただそれだけ。
走り過ぎる車もほとん
どない。そして途中、長く大きなトンネルがあった。
大きくてオレンジ色の照明が煌々
と続いている。

                 

誰もいない。車も走って来ない。
背負ったバックパックの中には、お盆だからと駅で買ったおは
ぎの菓子箱。
意を決して僕はトンネルの中を歩き出した。怖い。
何だか怖い。理由もなく怖
。お盆だし。むはは。
すると案の定、トンネルの真ん中あたりの地点に、明らかにそ
こだけ他とは様子の違う
場所が待ち構えていた。トンネルの壁を四角く刳り抜いたスペ
ースに、
何やらどでかいお地蔵さんがどーんと祀られている。

ひぇーっ!
もう僕は走るしかなかった。バッグの中のおはぎがぐちゃぐちゃになっ
ても構わない!
後から追いかけて来る自分の足音の残響音に怯えながら、無我夢中で走
った。
おそらく100M走の自己記録など軽く越えていたのではないだろか。
とにかく
息もつかずに必死で走った。長いトンネルの出口がようやっと見えるまで、
疾風の如くペガサスの如く一気に駆け
抜けた。
今なら、ああ、昔ここで何か大きな事故があって犠牲になった人がいてそれを

弔っているんだろうなどと思い、心の中で合掌もするだろうけども、当時はまだ若く、
よくある怪談話的なイメージが俄然脳裏をかけめぐったのだ。


         

その何とも恐怖だった長いトンネルをようやく抜けると、
また再び漆黒の山間道延々
と延びていた。
「君、何やってんの?」そう呟くように、夜空に大きな月が浮かんる。


月くん、あのね、連絡手段が全くないんだよ。
このままひたすら歩いて行くしかないんだ。
何でこんな冒険をする事になっちまったんだろな。
月くん、僕は今どこを歩いてるんだ?
月くん、聞いてんのか?

そんなことをブツブツと月に話しかけながら歩いていると、
突然、ぽつんと佇む小さ
な駅の灯りが見えた。ほっとした。
僕はその古ぼけた駅の改札口にいた年配の駅員さん
に駆け寄り、
まだタクシーが来るかどうかを尋ねてみた。

「うーん分かんないなぁ。たぶん今日はもう来ないかもなぁ。どこまで行くの?」
僕がそれまでの経緯を説明していると、ちょうどそこへ一台のクルマがスーっと
駅前
に滑り込んで来た。
駅員さんが「あれ?佐藤のとこのタカシだわ。おーい!タカシー!

この学生さん、五井の停留所まで乗っけてってやってくれないかあ」
「ああ、いいです
よー。ちょうど戻るとこだから」
そう言って返事をしたのは地元の青年らしかったが、

駅での用事を手早く済ませあと「お待たせー!」と言って、
所在なく突っ立っている僕
をクルマに手招きしてくれた。
僕は車中でそれまでの経緯をやや興奮気味に話し続けた


僕より4,5才くらい上らしい青年は
「確かにあそこは怖い感じだからなあー」と、時
おり笑いながらクルマを走らせ、
「あ!アレ五井の停留所だけど、どうせなら親戚の家
まで送ってあげるよ。場所どの辺なの?」
と言ってくれた。(そう言えば叔母の家の住
所聞いてなかった!)
僕は頭を掻きながら「そこの公衆電話から電話すれば迎えに来てくれるので、ここで大丈夫です。
ありがとうございました。助かりました!」と丁重に
お礼を言い
クルマを降りた。
地元の青年は「それじゃ元気でね!」と爽やかな笑顔を残
し、華
麗なハンドルさばきで
クルマをUターンさせ走り去って行った。


今思えば、あのタイミングでその青年が現れてくれた事がなんとも不思議に思える。
まるで台本か何かがあって、やる満々
の映画監督が「ハイ!地元の青年クルマ
あ、
ここで駅前にインねー!」などとメガホン
越しに指示したかの様だった。
それ
に、クルマで走って来た途中、まだ2か所の長いトンネルがあったのだ。
あの再び
の恐怖を考えれば本当に助かった。むはは。
あの駅員さんと地元の青年。今も時々
思い出す。元気でいるだろうか。感謝しています。

そんなこんなで、思いがけぬ夜の山歩きとヒッチハイクの末、
ようやく親戚の新
家にたどり着いた。皆から心配されたり笑われたりしながらも、
久しぶりの再
会のひと時を過ごす中、僕は駅で買ったお土産を思い出した。
「あ、そうだ!おはぎ!」
皆の前
でバッグから恐る恐る取り出したおはぎの菓子。

蓋を開けてみると並べられた8個のおはぎは、どれも片方にギュッと寄って形がすっかり崩れていた。
「あらまぁ」
ホーム
ドラマによくあるシーンのようだったが、
その崩れたおはぎを見て、皆で笑った。





           星空Cafe、それじゃまた。
              皆さん、お元気で!


             
           







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