【申告要望内容】
充電しても動きません。
イグニションキーを回すのが引っかかるようで重いです。
【初診】
リモコン操縦もできる乗用カーです。
説明書はあるのですが、英語と中国語だったので持ってこなかったとのことでした。
購入してから5年程経過しているとのことでした。
申告通り全く動きません。
手探りで仕様の確認から始めました。
まずは、鉛蓄電池の確認から始めます。鉛蓄電池は6V、7Ah容量のものです。電池電圧に不具合はありません。
送信機を操作していると、車が動き始めました。かと思うと急に動かなくなったり、不安定です。
送信機の電池を確認すると9Vの電池で-電極端子幅が狭く電池-端子に入り込み接触不良を起こしていました。
-電極端子が、電池-端子に入り込まず接触を保つため、-電極端子の形状を修正しました。
正負両極の電極端子の作りが同じなので、今後もパイロットランプの点灯することを確認して接触状況を確認する必要がありそうです。
触診して機能的に不具合と思える状況は、3点でした。
- 後進できません。
- シフトレバーD1,D2による速さの差が認識できません。
- イグニッションキーが引っかかるようで、回せないことがあります。
持主に状況の確認をすると、
後進は、動かなくなり押してあげると動いていたが、その後動かなくなった。
D1、D2による速度の変化については、認識がないとのこと。
イグニッションキーは、初めは回しやすかったが次第に回しづらくなった。
まずは、手探りで内部の配線、回路を追いかけ元々の仕様を探ります。
エンジンルームには、電波受信と駆動系の制御基板とLED、オーディオ関連の基板の2枚あります。
車内配線の結線関係を調べます。
結線図
電波受信と駆動系を受け持つ基板です。
駆動系のブロック図は、以下のようになっていました。
以下電波のデコード後の回路図です。
1,電波受信解読とマニュアルによるシフト切替、前後進加減速制御、ステアリング信号
電波と手動運転切替スイッチ、前後進と加減速信号、ステアリング信号などです。
ICのU2は、電波受信解読です。
前後進、ステアリング、強制停止信号を受信して信号を出します。
マニュアル操作では、シフトレバーとアクセルペダルで前後情報と速度情報を、ICのU1とパワー回路へ出します。
電波受信では、ICのU2から前後進、ステアリング信号を駆動回路へ、強制停止信号を停止回路へ出します。
ICのU1は、マニュアル操作、電波受信で、シフトレバー情報と前後情報を得てPWM(*1)で加減速制御と速さの制御をしています。オリジナルICと思われるICのU1は、汎用性のため電源電圧が3V仕様のようで電圧を落して動作させているものと推測します。
2,電波受信からの信号によるステアリング動作のパワー回路
トランジスタを4個使用して、その組み合わせでモータに流れる電流の向きを変えます。ステアリングは、前輪ギヤBOX内に可動域を越えたときの機械的なスリップ機構があり、過負荷になって終段のトランジスタが破損しないようになっています。
3,強制停止、前後進切替、電流開閉スイッチ回路
3-1,強制停止回路
ダッシュボードにある押しボタンあるいは送信機にあるストップボタンにより、モータ後部にある電磁石が働きます。
前後進駆動モータは、左後輪にあるだけです。残りは空回りです。
電磁石が働くことでロータを引き寄せているので、整流子とブラシの接触を断ちロータの回転を止めているのかもわかりません。あるいは、永久磁石に対してロータが引き出されるので、磁界内のコイルの長さが短くなるのでフレミングの親指が短くなり、回転が止まるのかもわかりません。詳細は不明です。回転制御とは別な方法でモータの回転を止めています。
3-2,前後進切替回路
リレー(*4)を2個使用してモータへ流す電流の向きを変えています。
リレーを駆動しているトランジスタにより、モータに流れる電流は以下のように流れます。
前進の時は、信号がトランジスタQ5に入るとトランジスタQ5がONして、リレーK1のコイルに電流が流れます。
コイルに電流が流れるとリレーの共通接点cと接点aが閉じます。
6VBATが接点aから共通接点cを通してモータに電流が流れます。
他方、リレーK2はトランジスタQ7がOFFなので、共通接点cと閉じている接点b通してモータ電流が流れます。
トランジスタQ5の動作は、写真のようになっており正常動作をしています。
後進信号が入った場合は、前進の場合とは動作が反対になりモータに流れる電流の方向が変わります。
トランジスタQ7の動作は、写真のようになっており正常動作をしています。
3-3,電流開閉スイッチ
ICのU1からのPWM波でモータ電流の開閉をしています。PWM波がHighレベルの時トランジスタ9210VがONして、この間モータ電流が流れます。
4,給電制御ブロック
充電プラグが挿入されていると、ダッシュボードのスイッチ類、アクセルペダル、LED照明、前後輪電流を開閉するPWM制御をしているICのU1の電源6Vを供給するトランジスタ(2SB772)をOFFにし、動作を停止させています。
充電プラグが挿入されていない時は、イグニッションキーをONで6Vが供給されるようになります。
さて、ここからが病状に対する診断です。
病状1:後進できません。
リレーK2を駆動するトランジスタQ7の入出力波形には、異常は見られませんでした。
次にK2リレーを調べるためにコイルに電圧を加え、接点の開閉動作をテスタの導通テストで実施しましたが異常を発見できませんでした。基板のパターンにも断線や接触不良なども見つけることができませんでした。逆起電圧を下げるダイオード(D8,D16)にも異常はありませんでした。リレーK1の接点駆動音も確認できました。
行き詰まりを感じながらリレー2個(K1,K2)を基板から外し、実装位置を替えると後進動作ができ、前進ができなくなったのでK2リレーの故障と判断しました。
注文したリレーが入手できたのでK2を交換しましたが、後進できません。(-_-;)
振り出しにもどり、モータへの出力コネクタピンで電圧を測定するとやはり後進では電圧が出ていません。残るはリレーK1だけです。リレーK1のコイルに電流が流れていなければ、接点c-接点bの抵抗値が0Ωに近い筈なのですが、170Ω近くあり不安定です。入手したリレーをK1の位置に実装して前後動作を確認すると、正常動作を確認できました。
原発巣は、リレーK1のb接点側のc接点にありました。リレーのa接点の故障は重点箇所ですが、b接点の故障は軽視したのが診断ミスの原因でした。(-_-)
リレーを分解して内部接点を確認しました。
コイル端子に電流が流れると電磁石の磁力で、共通接点cが引きつけられ接点aと閉じられ、磁力が無くなると共通接点cと接点bが閉じられます。
b接点側のc接点表面に、サージ電圧によるアーク熱で転移(?)して火山の溶岩ドームの様に隆起しているのがわかると思います。
病状2:シフトレバーD1,D2による速さの差が認識できません。
回路は、少なくともシフトレバーのD2,D1,Bの3つそれぞれ異なったパターンが存在していますので、ソフトウェアでD2,D1を同じ処理をしない限り異なるスピードになるはずです。
速度制御は、回路構成からするとPWM制御をしているようです。モータ電流を開閉するトラジスタ(9210V)で行われています。9210Vというマーキングのデバイスですが、正体はわかりませんでした。ダーリントン型のトランジスタ(*5)でしょうか?
オリジナルICと思われるICのU1には、シフトレバーからのD2,D1,Bの信号と受信デコーダICからのForward、Backwardの信号が入力されPWM波形を出力していると思われます。そこで測定ポイントで波形を確認しました。
マニュアル操作でD1では、次のようにPWM波形が変化します。
最初2msecのパルス幅となり、すぐに1.6msecになり後は3.8msecまでステップでON時間が延びて行き、最終的にDuty82.6%になります。PWM周波数は、およそ217Hzです。可聴周波数ですが、それ以外の音の方が大きいので気にならないのでしょう。
マニュアル操作でD2、Rでは、次のようにPWM波形が変化します。
最初2msecのパルス幅となり、すぐに1.6msecになり後は3.8msecまでステップ的にON時間が延びて行き、さらにステップ変化周期が短くなりON時間が延び最終的にDuty100%になります。
ラジコン操作でForward、Backwardでは、マニュアル操作のD2、Rと同じようにPWM波形が変化します。
それぞれのスローアップ、ダウンの時間は、およそ次の表のようでした。
以上調べた範囲では、アクセルペダルを踏んだときはD2とD1ではPWMDutyが20%程異なり、回路としては動作してますが体感的には差を感じませんでした。電源電圧が6Vと低いので運転できるトルクを保ちつつ速度を変えられる範囲が限られていたのかもわかりません。
アクセルペダルでD1の時がスピードはやや遅くなり、それ以外はすべてD2のスピードで動いていました。 回路としては、正常に動いています。
ここで、1つ考えなければならないのは、PWM波は加減速時とも出力されていて始動時は加速動作をしているのですが、停止時には前後進の信号が止まると減速動作が始まると同時に接点が開き電流が止められます。ですから減速動作なしで止まっている状態になるので、リレー接点へ大きなサージ電圧がかかることになります。しかし、安全面からするとすぐに止まる事が大切です。今回のb接点の故障は、この逆起電力によるサージ電圧が起因しているものと思います。サージ電圧を下げる目的のダイオードがどこまで働いているかは不明ですが。
病状3:イグニッションキーが引っかかるようで、回せないことがあります。
当初は、スムーズにキーを回せていたのが次第に回しづらくなったとのお話です。構造を確認すると、シーソーの様な部品表面をロッカースイッチの角がスライドしてON、OFFさせるものです。次第に回しにくくなったのは、ロッカースイッチの角でスライドする面の油が除去され摩擦が大きくなったためと思われます。
そこで、スライドする面の摩擦を小さくするため、ロッカースイッチの角を削りやや丸くし、シーソーの様な部品をスチール板でくるみ摩擦を小さくなるようにグリスを塗布しました。これで回しづらさは軽減できると思います。
これで一通り機能的に不具合と思える事項の対策と確認ができました。
【治療後記】
仕様の確認から始まりました。配線を調べて基板の回路を調べて回路図を起こしてから、仕様の推測です。ここまでが大変ですが、結びついて来ると全体が見えてきます。残るは、病巣の確定と治療方法の検討だけです。楽しい時間を持てました。
この患者さんと同じ患者さんを診るドクターは少ないかもわかりませんが、少しでも何かの参考になれば幸いです。
【参考】
*1:ポリスイッチとは
流れる電流により過熱し抵抗値が急増し、電流を制限します。ヒューズと違い温度が下がると再び電流が流れやすくなりますので交換の必要がありません。また、ヒューズより反応の時間が長く,微小な電流は流れ続けます。ただ、モータの始動時にピーク電流が流れ定常時は下がるようなシステムなどには向いています。
*2:DCモータの特性
負荷トルクが上がると、回転数が直線的に下がります。
電流は負荷トルクに比例して直線的に上がります。
電圧が上がると回転数が上がります。
*3:PWMとは
PWM(Pulse Width Modulation)回路とは、周期は一定で、パルス幅のONとOFFの比(デュ-ティサイクル)を変え、モーターを制御する回路です。
デューティサイクルが下がると電流が流れる時間が少なくなるので、平均電圧も下がり回転数が下がるという仕組みです。
*4:リレーとは
コイルに電流が流れると磁力で接点が閉じたり開いたりする機械的スイッチです。共通の接点c、コイルに電流が流れていないとき接点cと閉じているのがb接点、コイルに電流が流れると接点cと閉じるのがa接点と呼びます。
*5:ダーリントン接続トランジスタとは
2つのトランジスタが図のように接続されていて、このような接続をダーリントン接続と言います。前段、後段のそれぞれの電流増幅率をhFE1,hFE2とすると全体の増幅率は、hFE1 X hFE2となります。つまり、小さなベース電流で大きなコレクタ電流を流すことができます。電流増幅率(hFE)は、トランジスタの コレクタ電流(IC)/ ベース電流(IB) で表されます。