これはだめだ!

自信喪失、無気力な日本に”喝!”、反日、侮日に反撃、一矢を報いる。

魂を失ったマスコミと相撲協会に喝!白鳳 32回優勝インタビュー「天皇陛下に感謝したいと思います」

2014-11-28 | 皇室 

          「言葉にならない。」唇をふるわせ涙した。
              
2014年11月24日(火)読売新聞朝刊39面

日本の魂に感謝する白鳳32回優勝インタビュー

 横綱白鵬は、横綱鶴竜を寄り切りで下し14勝1敗で、大鵬と並ぶ史上最多32度目の優­勝を飾った。表彰式で君が代が流れた瞬間、白鵬は感極まった。唇を震わせると左手で目頭を押さえ、流れ落ちる涙を右肘でぬぐった。

 優勝者インタビューで、32回目の優勝の感想を聞かれた瞬間、ふぅーと息を吐き出しただけで言葉にならない。モンゴル語で優勝の喜びを伝えた後、日本語で「15年前に(体重)62キロだった小さい少年がここまで来るということは誰も想像しなかったと思います。この国の魂と、相撲の神様が認めてくれたからこの結果があると思います」と言葉に力を込めた。 

 白鳳の優勝インタビュー 1123
 九州場所千秋楽優勝インタビュー 史上最多32度目 NHK実況中継 (2014年11月23日)
  https://www.youtube.com/watch?v=s46dJ1x3Ma4   

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優勝を決めた白鳳の優勝インタビューです。 
まだ目のあたりをぬぐっている姿があります。 

(アナウンサー)それではついに大記録を成し遂げました白鳳関にお話しをうかがいます。おめでとうございます。
『どうもありがとうございます。』 

(アナウンサー)優勝、史上最多になる32回です。今の心境、思いはいかがですか。
『言葉になりません。』 

(アナウンサー)優勝を決めて花道をさがる時、そして君が代を歌った時、少し目がうるんだように見えました。どういう思いだったのでしょうか。
『エー、この場を借りて、エー生中継を見ている、エー両親、またモンゴルの方々にちと言葉を発したいと思います。
 ・・・・・・・・・・・モンゴル語で・・・・・・・・・・・・』  

(アナウンサー)おそらく大鵬さんへの思いだと思いますが、日本語でも教えて下さい。
『そうですね、あのー、あの、各界の父の偉大な記録に、エー、並んだということは、約束と恩返しができたという、そういう言葉です。』 

(アナウンサー)いま、こうして大鵬さんと優勝回数で肩を並べて、角界の師と慕う大鵬さんの言葉、教え、いろんな言葉の中からどんなことが今、頭をよぎっていますか。
『そうですね、あのー、天皇賜杯を32回、この大記録というのは、私、場所前からずーと思ってましたけど、みなさんにぜひ知ってもらいたい、また、聞いてほしいなと思いす。』 

『エー、15年前に62ロの小さい少年がここまで来たということは、誰も想像しなかったことと思います。やっぱり、この国の魂とすもうの神様が認めてくれたからこの結果があると思います。
 そして覚えているかどうか知りませんが、エー、明治初期に断髪事件が、断髪が起きた時に、大久保利通という武士が、当時の明治天皇と長く続いた、この伝統文化を守ってくれたそうです。その中で天皇陛下に感謝したいと思います。』 

(アナウンサー)そして優勝回数で32回、大鵬さんに肩をならべ、この日本の伝統文化、大横綱白鳳関は、どのようにしてこれを受け継ぎ、そして引きついて行こうと考えていらっしゃいますか。
『この機に、今後も一生懸命頑張って行こうと考えています。九州のみなさん15日間、ありがとうございました。』   

(アナウンサー)新しい年も素晴らしい活躍を期待しています。
『がんばります』

32回優勝の白鳳関でした。 
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 以下、11月24日(月)の読売新聞朝刊の記事である。どの記事にも「天皇陛下に感謝したいと思います。」の言葉は載っていない。  

「白鳳 最多32度優勝 大砲に並ぶ」
 『この国の魂と相撲の神様が認めてくれた』 


「白鳳 別格の強さ 通過点の32度目V」
「入門した頃から基本の稽古を怠らなかった」

「四股、テッポウ、すり足は人一倍時間をかけた。」
  

「横綱進化の結晶」
  「土俵下でこぼれる涙を懸命にこらえ、母国の両親と相撲の神様に謝意を示し、相撲に髷(まげ)を残した歴史にも感謝した。日本人の心を揺さぶる言葉を聞き、そう思わざるには居られなかった。」

  

「大横綱の『流儀』追求」  
 「まだ心の隙があるから、もっと勉強したい。その思いは、誰よりも強いかもしれない。」

 「モンゴルの先輩横綱、朝青龍と比べて大きな問題を起こすことはない。ただ、九州場所8日目には土俵下での『ダメ押し行為』で、巨漢の照ノ富士えを客席へ倒しれこませた。懸賞の受け取り方がぞんざいだと、やり玉にあがることがある。誰よりも心の在り方を追い求めてきた白鳳。偉業を達成した後、土俵にどんな心模様を映し出すだろう。」 
 

「各界の父に恩返し 大鵬に並ぶ 白鳳 涙の表彰式」
 「自分の弱さに向き合った」

 「異文化から 大変な努力」
「日本相撲協会生活指導部特別委員会の外部委員を務めた漫画家のやくみつるさん(55)は『異文化から来て、頂点に立つまでに大変な努力をしただろう』と評価する一方、『土俵上の態度は、ファンが望む横綱像とはかけ離れているように感じる。数字にふさわしい振る舞いをしてもらいたい』と注文も忘れなかった。」

読売新聞もNHKテレビも報道しなかった白鳳の言葉 
 白鳳はインタビューで「明治初期に断髪事件が、断髪が起きた時に、大久保利通という武士が、当時の明治天皇と長く続いた、この伝統文化を守ってくれたそうです。その中で天皇陛下に感謝したいと思います。」と言った。この部分は、白鳳の優勝を伝えたその後のNHKニュースで取り上げられることはなかった。読売新聞も、漫画家のやくみつるも言及しない。  

 「土俵上の態度は、ファンが望む横綱像とはかけ離れているように感じる。数字にふさわしい振る舞いをしてもらい」と “日本相撲協会生活指導部特別委員会の外部委員”だった人物が、他人事のように言っている。 

 “生活指導”とは、八百長相撲をしないように指導することだけが務めなのか。このようないい加減な人物に外部委員を務めさせた理事長以下相撲協会のレベルの低さ、指導力の欠如を物語っている。
 力士の雑な相撲の取り組みや所作及びケガの頻発と休場など みな力士以上に指導する側が「力士修業の心得」が示すようにしっかり稽古をさせないからだ。やくみつる はこれを語らない
。  

相撲は「神事」、皇室と深い関係  
  
以下の写真は国技館の相撲教習所の壁に掲げてあるもの。

「力士修業心得」 
 相撲は日本の国技、力士の言動は衆人の範、厳しい稽古、病気、怪我は進歩の大敵・・・・・。サラリーマン力士には縁無用の言葉か。 
 

大相撲略史年表 
 「神代の時代」 

 勝った命(みこと)も負けた神様も命(みこと)神様として祭られた、相撲は神事、健児の相撲・・・・・・。宮廷と深いつながり 
 

 「平安時代」
 桓武天皇から恒例の宮廷の重要な儀式、皇位継承の相撲   
 

「鎌倉時代」
 後鳥羽天皇の時吉田豊後守追風家が朝廷御相撲司行事に任ぜられた  
 

「安土者山時代」
 小田信長上覧相撲、豊臣秀吉 御前相撲  
 

「江戸時代」
 徳川家斉の上覧相撲、黒船来航に力士が怪力を誇示  
 

「明治時代」
 明治天皇の東京御幸に際し、力士が錦旗捧持 

 九段東京招魂社(のちの靖国神社)で奉納相撲 
 明治天皇しばしば天覧試合を開催  
 

八百長問題が発覚する前は相撲を見に行った、以下、その時の感想 
 力士を育てる力がない相撲協会、親方衆 
 国技館前の登り旗 
 朝青龍関、琴光喜関、“問題児”の旗    


 琴光喜のさえない顔
 八百長相撲に絡んでいたからか?  
 
八百長事件発覚後気づいたこと。日本人力士は態度が”でかく”、国技館へ入る通路で出迎えるファンにわざと体をぶつけ、邪魔だからドケと人を馬鹿にしたところがあった。 みな八百長事件に絡んでいた。

 表裏のある厭な奴、高見盛 
 土俵上で上半身を反らし胸を叩くしぐさはコマーシャルのため、外では愛想が悪く態度も悪い。  
 

 愛そうが良かったバルト
 
両国の駅から歩いてくるバルトにファンが”バルトー!”と声をかけていた。   
 

 土俵の琴欧州 
 礼儀、愛そうが良かった、バルトと同じくファンから声をかけられていた。 
 総じて外国人力士は礼儀正しく、ファンの声援には笑顔で応えていた。日本人力士と正反対。 
 角界に入る前の育ちの違いがそのまま表れていた。入門後、親方などが相撲の稽古以外の面で指導できないからだ。  
 

 ダメな親方の下で育てられ“問題児”とされた朝青龍 理事長はこの人だった、今も!
 親方も協会もモンゴルの歴史、文化を理解せず、ただ強ければいいと碌な指導もせず、否、指導できなかった。朝青龍に日本の歴史や文化を教えることができなかったので、モンゴル相撲の体質が抜けなかった。白鳳より朝青龍のほうがモンゴルらしい立ち居振る舞いをするのでモンゴルでは白鳳より人気が上。 相撲協会は文化の違いから来る問題を解決する能力がない。

 八百長問題では拱手傍観、他人任せ、一件落着したらまた理事長
 相撲協会のレベルは推して知るべし。   

 朝青龍の土俵入り 
 角界の仕来たりを知らない外国人が日本人力士の上をいく、育てたのは誰だ。

 横綱の立ち居振る舞いを論う前に、理事長以下協会役員や力士を育てる親方の資質を問うことが先だ。 
 

 力士の振る舞いが悪い、では観客のマナーはいいのか? 
 朝青龍が負けたら座布団が投げられた。 


 投げられる座布団の数が多くなった 


 目の前が座布団だらけとなった 


 横綱は品格を求められるが、観客は好き勝手がゆるされてい
た。
 そこには横綱に対する敬意も品格も見られない。
 相撲は神事、国技であることを みな忘れて狂喜した。 

 外国人観客が多い 
 小さい狭い桟敷席に4人が座る、2階の椅子席は椅子が狭くて窮屈、大きな体躯の相撲とりの世界でなぜ窮屈な席を作ったのか疑問がわいてくる。時代遅れの体質が国技館作りにも表れている。

 外国から来た力士に日本の伝統やしきたりを教えないから外国人力士の振る舞いは是正されない。日本人も“だめじゃないか”と反発する。 勝つことだけしか考えられない親方のもとでは立派な力士は育たない。また日本人に外国人の出身国の文化やしきたりを紹介しないと相互の理解は深まらない。 相撲協会も親方もその努力が欠けている。 
   
 

 やくみつる が白鳳の立ち居振る舞いに注文を付けるのはお門違いである。相撲協会と親方衆の資質を問うことが先である。

日共の残された主たる任務「天皇制を打倒」 
  これに毒されたマスコミと相撲協会
 

 明治憲法では「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬」し、天皇制は国家形態として君主制を意味したが、マッカーサーが作った現行憲法は主権者たる国民の総意に基礎をおく日本国および日本国民総意の象徴としての地位のみを認め、かかる地位に即しての天皇の「国政に関する権能」を一般的に否認し、限定的に列挙された「国事に関する行為」を国民に代わって行う権能のみを認め、それらの行為についての政治的責任はこれについて「助言と承認」を内閣が国会に対して負うことにしている。 
 かかる天皇の地位、権能は国民の総意に基づくものであるから憲法の改正により天皇制そのものを廃止することも可能となった。 
マッカーサーは天皇制廃止の道を開いた。  

 マッカーサーによって“解放”された日共はマッカーサー率いる占領軍を解放軍と歓迎した。 日共は天皇制廃止を第一目標に置いた。 共産党の運動方針を規定したものをテーゼというが、階級闘争の進化は、その運動方針にも変化を与え、テーゼもまた戦術の変更とともに改訂されてゆく。 日本では1927年の「27テーゼ」、1932年の「32テーゼ」、戦後では1951年の「51テーゼ」が有名である。 

 1932(昭和7)年5月にコミンテルンが、その日本支部であった当時の日共に与えた当面の戦略と戦術「日本の情勢と共産党の任務に関するテーゼ」を「32年テーゼ」といった。 日共はこれを「51年綱領」ができるまで踏襲していた。

 その内容は、当時のわが国国家権力が、天皇制と地主勢力、資本家の手に握られ、しかもその中心は天皇制官僚と軍閥にあるみて、当面の革命の主任務としては、天皇制の打倒を第1に掲げ、第2に土地所有者の一掃、第3に、1日7時間労働制の実施を挙げていた。

 したがって、革命のコースは、当面、天皇制の打倒、地主勢力の一掃など封建制を打破する「ブルジョア民主革命」を徹底的に遂行し、引き続いて資本主義を転覆する「社会主義革命」に強行的に移っていくことを規定していた。

 日本の敗戦によって、革命の第2と第3の主任務は“達成”されたが、 第1の主任務「天皇制の打倒」は今も残っている。 

 1951(昭和26)年10月の五全協で、採択した綱領「日本共産党当面の要求」を「51年テーゼ」いった。これが後しばらく基本テーゼとなった。
 その内容は、我が国の現状を「アメリカ帝国主義の隷属下にある半封建的な植民地的国家である」と規定し、従ってこのアメリカの支配からわが国の国民を解放するためのいわゆる「民族解放」と32年テーゼに規定するわが国の反封建的な反動勢力を打倒するという「民主主義革命」を結合した「民族解放民主革命」が当面する革命の任務としていた。

 しかも、その基本的戦術においては、コミンフォルム批判によって転換を余儀なくされ、それまでの平和革命方式を捨て暴力革命方式をとることとし、同時に「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」と題する軍事方針を打ち出し、火炎瓶闘争へと突入した。 

 敗戦後しばらくの間、日共は暴力革命を画策していたが、東西冷戦、中ソ対立、日中・日ソの国交正常化や日本の経済成長などがあり、いつの間にか“虎”であった日共は牙を抜かれ“猫”に代わり果てた。 政権を獲る意思はなく万年野党に徹し評論家・文筆家の集団になり下がった。それでも彼らの頭の中は進化せず旧態依然のままで、天皇制廃止の“任務”が残っている。

 やくみつる、この人物の反日でたらめ発言をみれば、国技の相撲に関わる人物ではないことは一目瞭然である。
“日本相撲協会生活指導部特別委員会の外部委員”にした相撲協会は”頭がない生き物”、腐っている。左翼がかっこ良かった時代の残りカスがやくみつる。自分ではカッコいいと思っているところが醜悪である。

  https://www.youtube.com/watch?v=pCRMWA82xKI   

 読売新聞の社主・主筆のナベツネは終戦直後日共に入党した人物、老齢になっても頭の中には日共の“残滓”が残っている。白鳳が言った言葉「天皇陛下に感謝をいいたいと思います」を記事に載せることはない。根っこは相変わらず天皇制廃止である。日共が浸透している反日NHKも、“頭のない生き物”のような相撲協会もまた同じ。どれもこれも腐っている。 

 白鳳が「この国の魂」、「神様」、「天皇陛下に感謝」という言葉を発した。相撲は神事であり皇室とのつながりも深いことが分かっていれば自然にでる言葉である。理事長や親方衆がこれを口にしたことがあったのか。興業成績を上げることだけに汲々とし”魂の抜け殻” となっていないか。
 白鳳が32回優勝インタビューで言った「天皇陛下に感謝したいと思います」は、これら腐った連中に対する”喝!” である。


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