これはだめだ!

自信喪失、無気力な日本に”喝!”、反日、侮日に反撃、一矢を報いる。

「日韓併合100周年」、対韓外交“勝利の記録” 何度も繰り返す屈辱的奴隷体質

2010-08-12 | 安全保障

辛亥革命時代のシナと同じ 
   
奴隷的体質を持つ日本の政治家 
 
  魯迅の代表作「阿Q正伝」は1900年代初期の中国・辛亥革命を背景に阿Qという主人公(=当時の中国、中国人)の生態を風刺的に描いたものである。

 主人公・阿Qは、ホームレスで愚弱なくせに空威張りし、負けた場合も相手を見下ろすか、あるいは自分が勝ちを譲ったとうぬぼれ、相手が弱いと見ると徹底的に苛め抜き、馬鹿騒ぎが大好きな男である。阿Qは、封建的植民地中国が生んだ典型的な人物であり、人間に内在する奴隷性の象徴である

 「阿Q正伝」を読むと、日本の政治家は、阿Qと同じような奴隷根性の持ち主であることが分かる。
  以下は、対韓外交”勝利の記録”である。


(参考) 日韓併合100周年「お詫びの談話」を閣議決定、“小粒”な首相が“小さな”外交をアピール 2010年08月11日
 
日韓併合の有効性、玉虫決着
 「韓国併合に関する条約」は、1910年8月22日に日本と大韓帝国との間で調印され、「韓国全部に関する一切の統治権を完全かつ永久に日本国皇帝陛下に譲与す」(第1条)と規定された。

 1995年10月5日の参院本会議で村山首相が「日韓併合条約は当時の国際関係等の歴史的事情のなかで、法的に有効に締結され、実施されたものであると認識している」と答弁したことに北朝鮮は10月9日、朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」で、「失言というにはあまりにも重大である」と村山首相を非難した。韓国も孔魯明外相が10月12日、山下新太郎駐韓大使に「強圧的に結ばれたもので、無効である」と日本政府に抗議した。 
 長年の国交正常化交渉でも、併合条約の有効性で対立したが、日韓基本関係条約第2条で「もはや無効であることが確認される」と明記し、”玉虫決着”した。
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(勝利の記録 1)
 
「おいら、むかしは、おめえなんかより、ずっと偉かったんだぞ。おめえなんか、なんだい」
  阿Qは、姓名や出身地がはっきりしないばかりでなく、以前の「行状」さえはっきりしていない。未荘の人々の阿Qにたいする関係は、仕事に雇うことと、からかうこととに限られていたから、彼の「行状」などに注意を払うことはたかった。また阿Q自身も、口にしたことがなかった。たまに、ほかのものと口論するときなどに、目をむいて、こんな風に言うくらいであった。「おいら、むかしは、おめえなんかより、ずっと偉かったんだぞ。おめえなんか、なんだい」
(注)
 北朝鮮や韓国は日韓併合条約を無効と主張した。日本側は、弱腰、玉虫色決着を選択した。相手が強く出ると相手の言いなりになる卑屈な体質が相手を増長させることになる。「おいら、むかしは、おめえなんかより、ずっと偉かったんだぞ。おめえなんか、なんだい」と優越感に浸り溜飲を下げた。
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韓国だけではない=首相談話で中国紙 
 【北京時事】11日付中国紙・新京報は評論で、日韓併合100年の菅直人首相談話について、「日本の植民地支配で傷つけられたのは韓国だけではない。(北)朝鮮、中国や東南アジア諸国も苦しめられた」と指摘した。

 中国メディアは首相談話を軒並み大きく取り上げて注目。菅内閣の全閣僚が、15日の終戦記念日に靖国神社を参拝しない意向を表明したことも伝えている。インターネット上には、「なぜ韓国だけなのか」「いつ中国にわびるのか」などと書き込まれ、国民も高い関心を示している。   (2010/08/11-11:48)
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(勝利の記録 2)
 
「人々はいそがしくなると阿Qを思い出したが、その思い出すのは仕事をさせること」
  阿Qには家がなかった。未荘の地蔵堂のなかに住んでいた。一定の職業もなかった。目傭に雇われて廻り、麦を刈れといわれれば麦を刈るし、米をつけといわれれば米をつくし、舟をこげといわれれば舟をこいだ。仕事が長びくときは、その時々の主人の家に寝泊りすることもあったが、終れぼすぐ帰された。それゆえ、人々はいそがしくなると阿Qを思い出したが、その思い出すのは仕事をさせることで、「行状」のことではなかった。ひまになると、阿Qそのものさえ忘れてしまうから、まして「行状」どころではない。たった一度、ある老人が「阿Qはよく働く」とほめた事とがあった。そのとき阿Qは、上半身裸で、のっそりと、その人の前につっ立っていた。この言葉が本気で言われたものか、それとも皮肉なのか、ほかのものには見当がつかなかった。しかし、阿Qは、大満足であった。 
                 「阿Q正伝」(P101~P102)   
(注)
  ”働く”たびにチンピラから「よく働く」とい褒められた。本気で言われたものか、それとも皮肉なのか、ほかのものには見当がつかなかった。しかし、愚弱な阿Q(=最近の日本政府)は、大満足した。
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日韓併合100年:菅談話の立役者・李相得氏
 日本側に「村山談話より実質的な謝罪」を繰り返し要請 菅直人首相は、韓国併合100周年談話で、植民地支配が強制であったことを認めるなど、従来の談話より一歩踏み込んだ。これに関して8月11日付の日本メディアは、韓日議員連盟の会長を務める李相得議員が大きな役割を果たした、と報じている。政府レベルで談話の内容を事前協議できない状況で、李議員が中心的役割を果たしたという。 

  11日付の朝日新聞は、「李議員が今年7月末、訪韓した渡部恒三・日韓議員連盟会長に対し、『転向的な首相談話が出た場合、弟(李明博大統領)には歴史認識問題に終止符を打つ考えがある』という意向を伝えた」と報じた。続けて同紙は、「民主党政権になったことで日韓の政治家同士のパイプが細くなり、最終的に韓国側が(今回の談話について)主導権を握ったのは、『発表の時期』程度だった」「韓国政府の高官が、談話の発表時期を光復節(8月15日)以前にして、李明博大統領の演説に反映させられるようにすべきだと促したことで、談話の発表は10日に決まった」と伝えた。
 
 これについて、韓日議員連盟に所属する金泰煥議員(ハンナラ党)は、「渡部会長が韓国に来た時、李議員が『首相談話は、発表だけで終わってはだめだ。一歩踏み出す実質的な内容を盛り込むべきだ』という話をしたようだ」と語った。李議員に近いハンナラ党の申志鎬議員は、「以前も、李議員は日本側と接触し、1995年の村山首相談話よりもっと発展的なものにすべきだという意向を日本の首相に伝えようとした」と語った。

 韓日議員連盟メンバーの田麗玉議員(ハンナラ党)は、「渡部会長だけでなく、(首相候補とされる)前原誠司国土交通大臣とも、談話について話し合った。今回、日本が誠意を示さなければ、これから100年の韓日関係がどうなるか分からない。両国間のしこりを解くには、タイミングが重要だ。8・15以前に談話を出すのが重要だ、という点を強調した」と語った。
                    朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 
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(勝利の記録 3 )
 (菅首相の「お詫び」は韓国の要望を反映した)
  「倅にやられたようなものだ。いまの世の中はさかさまだ……」
  相手は、それで止めずに、なおもからんできた。とうとう殴り合いになった。阿Qは、形式的には負けた。赤毛の辮髪(ベンパツ)をつかまえられて、壁ヘコツンコツンと頭をぶっけられた。相手はそれでやっと満足して、意気揚々と引きあげる。阿Qは、しばらく立って考えていた。「倅にやられたようなものだ。いまの世の中はさかさまだ……」と彼はひそかに思った。そこで彼は満足して、意気揚々と引きあげた。    「阿Q正伝」P104
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(注)
  35年間に及ぶ日本の朝鮮統治には、(“親”として)反省すべき点もあるが、鉄道・港湾・ダム建設やハングルの普及など日本が遅れた朝鮮の近代化に果たした役割は大きい。朝鮮名を日本式の姓名に変える創氏改名や日本語教育も行ったが、それらは強制したものではない。(朝鮮は)育てた恩を忘れて親父(日本に)反抗する不肖の息子だ。親父は、「いまの世の中はさかさまだ……」と密かに思った。「お詫び」
も”倅”にせがまれ、”倅”が納得するように作った。馬鹿な親父は、倅もたいしたもんだと悦になり”意気揚々”と引き受けた。

【櫻井よしこ 菅首相に申す】36回…なぜ謝罪続ける  
 歴史に関して日本国政府がどれほど謝罪を重ねてきたかを調べてみると、その夥(おびただ)しさに愕然とする。ざっと見て、日中国交正常化当時の田中角栄以来、菅直人首相の談話まで、実に36回に上る。

 歴代の首相、官房長官、昭和天皇および今上天皇の発言の一覧表を前にして、なにゆえにわが国はこれほど心からの反省を誓い続けるのかと暗澹(あんたん)たる思いである。         (2010.8.11 23:51 産経)
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(勝利の記録 4)
 「これでいいだろう。おいら、虫けらさーもう赦してくれ」
 阿Qは、心に考えていることを、後にはいつも口に出して言ってしまう。そこで、阿Qをからかう連中の全部に、彼のこの精神的勝利法の存在が知られてしまった。それからは、彼の赤毛の辮髪を引っぱるときは、あらかじめこう宣告するようになった。「阿Q、これは伜が親を殴るんじゃないぞ。人問様が畜生を殴るんだぞ。自分で言ってみろ、人問様が畜生を殴るんだと」阿Qは、両手で辮髪の根元をおさえて、頭をゆがめて言った。「虫けらを殴るんさ。これでいいだろう。おいら、虫けらさーもう赦してくれ」たとえ虫けらであろうと、相手は容易に放してはくれない。今まで通り、近所に場所を見つけてコツンコツン五、六回食らわせて、こんどこそ阿Qも参ったろうと思って、はじめて満足して、意気揚々と引きあげる。ところが阿Qの方でもものの十秒もたたずに、やはり満足して、意気揚々と引きあげる。
                          「阿Q正伝」P104~P105
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(注)
 人問様(=韓国)が畜生(=日本)を殴るんだぞ。阿Q(=日本)は、両手で辮髪の根元をおさえて、頭をゆがめて言った。「虫けらを殴るんさ。これでもだめかー。おいら、虫けらさーもう赦してくれ」。たとえ虫けらであろうと、悪がきは容易に放してはくれない。日本は虫けらだ。赦すもんか。ソフトバンクのCMは、犬が主人公である。“日本人は畜生以下の下等動物”であるという、朝鮮人・孫正義の日本人観がよく出ている。   

日韓併合首相談話、仙谷・鳩山氏が筋書き 
  談話の作成に直接かかわったのは、首相、仙谷氏、福山哲郎、古川元久両官房副長官の4人。村山首相談話などを踏まえて外務省が作成した「原文」に「自分たちの言葉で語る」とそれぞれが手を入れて作成した。推進役となったのは、仙谷氏だった。
 弁護士出身の仙谷氏は、在日韓国人の権利保護などを手がけた経験があり「日韓間の歴史認識問題にこだわりがある」(首相周辺)とされる。野党時代、仙谷氏が国会で何度も取り上げた「在サハリン韓国人支援」問題は、今回の首相談話にも政府が実施する人道支援として盛り込まれた。 

  もう一人、強いこだわりを見せたのは鳩山前首相だ。「『韓国の皆さんの意に沿わない形で』という文言を入れたらどうか」鳩山氏は10日午後、国会内で記者団に、首相や仙谷氏から談話の文面について数日前に相談を受け、植民地支配をめぐる記述について助言したことを明らかにした。鳩山氏は、朝鮮王朝ゆかりの「朝鮮王朝儀軌(ぎき)」の譲渡についても「私が首相の時からの懸案だった」と述べ、談話への明記を後押ししたことをうかがわせた。仙谷、鳩山両氏に比べると、首相が奔走した形跡はうかがえない。    
                                             (2010年8月11日10時50分 読売新聞)
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(勝利の記録 5)
 「われこそ自分を軽蔑できる第一人者なり」、「自分を軽蔑できる」というこを省けば、残るのは、「第一者」だ 
  今まで通り、近所に場所を見つけてコツンコツン五、六回食らわせて、こんどこそ阿Qも参ったろうと思って、はじめて満足して、意気揚々と引きあげる。ところが阿Qの方でもものの十秒もたたずに、やはり満足して、意気揚々と引きあげる。彼は、われこそ自分を軽蔑できる第一人者なりと考えるのである。「自分を軽蔑できる」というこを省けば、残るのは、「第一者」だ。状元だって「第一人者」じゃないか。「おめえなんか、何だい」だ。 阿Qはかくも種々の妙計によって怨敵を征服した後、朗らかになって居酒屋へ飛び込み、二、三杯ひっかけ、そこでまたふざけたり言いあったりして、またも意気揚々となって、朗らかに地蔵堂へ戻ると、ごろっと大の字になって寝てしまうのである。 
                                                          「阿Q正伝」P105 
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(注)
 村山よりも、
小泉よりも踏み込んだ「お詫び」を作った。仙谷も鳩山も「わしは第一人者だ」と満足げである。われこそ自分を軽蔑できる第一人者である。「自分を軽蔑できる」というこを省けば、残るのは、「第一者」だ。何たる屈辱、ばか者!

村山談話、日韓共同声明、戦後60年談話 
  今年も「お詫び」・・・・・これからも、永遠に?
 

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(勝利の記録 6)
 「彼は右手を挙げて、力一杯自分の横面を二つ三つ続けざまに殴り続けた。他人を殴ったと同じような、気持になった。満足して、意気揚々と彼は横になった。ぐっすり眠った」  
 (阿Q 博打をやった。彼は勝ちつづけた。) 銅貨が小銀貨に変り、小銀貨が大銀貨に変り、大銀貨の山ができた、彼は有頂天であった。誰と誰が、何のために喧嘩をはじめたのか、彼にはわからなかった。どなる声、殴る音、足を踏みならす音、無茶苦茶な混乱がしばらくつづいた。ようやく彼が起きあがって見たときには、賭場もなければ、人もいなかった。体じゅうが痛むようだ。どうやら殴られたり蹴られたりしたらしい。数人のものが、不思議そうに彼の方を見ている。魂が抜げたようになって、彼は地蔵堂へ戻った。
  心が落ち着くと、彼の銀貨の山が失われたことに気がついた。祭礼あてこみの賭場は、よそものが多い。まっ白い、キラキラ光る銀貨の山、しかも彼のものである銀貨の山・・・・・それが失われた。伜に持って行かれたのだ、と考えてみても面白くない。自分は虫けらなんだ、と言ってみても、やはり面白くない。こんどばかりは、彼も失敗の苦痛を嘗めなければならたかった。だが、彼はたちまち、敗北を変じて勝利となすことができた。彼は右手を挙げて、力一杯自分の横面を二つ三つ続けざまに殴り続けた。飛び上がるように痛かった。殴った後は、心が落ち着いて、殴ったのは自分であり、殴られたのは別の自分のような気がしてきた。まもなく、他人を殴ったと同じような、痛いことはまだ痛かったが、気持になった。満足して、意気揚々と彼は横になった。彼はぐっすり眠った。  
                         「阿Q正伝」(P106~P107)。  
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(注)
  村山も小渕も、小泉も、力いっぱい自分の顔面をひっぱ叩いた。菅や仙谷、鳩山の3馬鹿は、それより強い力を込めて、横面を二つ三つ続けざまに殴り続けた。飛び上がるように痛かった。殴った後は、心が落ち着いて、殴ったのは自分であり、殴られたのは別の自分のような気がしてきた。まもなく、他人を殴ったと同じような、痛いことはまだ痛かったが、気持になった。満足して、意気揚々となった。 アホくささに気付かない国辱者、恥を知れ! 

 「阿Q正伝」の文章は、1978年6月20日発行、
岩波文庫の魯迅作「阿Q正伝・狂人日記」(竹内 好訳)によった。

 


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