スピリチュアリズム・ブログ

東京スピリチュアリズム・ラボラトリー会員によるブログ

【「幽霊」とは何ぞや】⑤霊姿現象の意義

2012-03-30 00:15:16 | 高森光季>スピリチュアリズム霊学

 ぐだぐだと書いてきましたが、一口に「幽霊」と言っても、実に様々な現象があるし、その仕組みも起こる事情も多様で、なかなか簡単なものではないということです。要するに謎だらけ。事実は小説より奇なり、現実は理論や知性よりはるかに多様・複雑。
 (幽霊現象を始め超常現象というのは、実に多彩で、いろいろと推理してみたりして面白いものですけれども、どうしても頭打ちというか袋小路というか、それ以上の情報が出て来ないので、そういう意味ではつまらないように思えます。霊界の方でも、現行の世界観を一気に破壊するような知識を暴露することは、禁止されているようですし。まあ、今のところは「こんなことが起こるんだ」と面白がるしかないようです。)

【物質と想念の間に】
 現象面から整理すると、「霊的な存在との遭遇現象」は、物質的なものから想念的なものまで幅があります。

  準物質化(誰でも見える)→半物質化(一部に見える)→強い想念(イメージ)のみ

 多くの現象は、霊の方から強い想念(思念、イメージ)が送られて、それを半ば現実のように感知することによるものでしょう(同時に複数人が感知することもある)。そして中には、「半物質化」が起こされ、霊的感受性のある人(ないしはその時のみそれを開いた人)に感知される場合もあるでしょう(エクトプラズムのように物質性の強いものではなく、ホログラムのようなものが一時的に形成されるのかもしれません)。準物質化(全員が同じものを見、写真に写り、直接触れることで物体に影響を及ぼす)はかなり稀な現象のように思われます。

 ここで面白いことは、通常の人間はほぼ物質しか認知できないわけですが、それが霊からの働きかけによって、瞬間的に、エーテル質の「半物質」を感知したり、想念やイメージを物質と同等に感知する能力を付与されるということです。霊媒体質の人は、頻繁にこういう知覚を働かせていますが、一般人もその時だけは通常ではない知覚を持つということです。スピリチュアリズムでは「人間は誰もが霊媒の資質を持っている」と言われますが、それがこうした形で明らかになるわけです。「超感覚的知覚をいかに開花させるか」という命題に、このことは何かしらヒントを与えるもののように思われます。

 もう一つ面白いのは、この「物質-半物質-想念」というのは、レベルとしては断絶しているわけですが、そこにかすかな連続性があるということです。エーテル質やエクトプラズムは、想念に敏感に反応して「形態」を形作ります。霊界はこうした「より物質性の希薄な物質」で構成されていると言われています。だとすればこの「半物質」は霊的世界を考える上で非常に重要なものだということになります。
 エーテル質が物質そのものの形成に重要な役割を果たしているという可能性も考えられます(特に生体)。この「半物質」の働きに注目すれば、「想念(思念)が物質に直接的に働きかける」というプロセスも少し理解可能になるように思われます。「イデアがエイドス(形相)を生む」ということが、この場面で鮮やかに実現しているわけです。
 たとえば生物進化においても、想念が生体を変化させる可能性を考えれば、「偶然」とはまったく異なる進化プロセスがあることになるでしょう。個体の想念はそれほどまでの力はなくとも、集団の、種の想念が働けば、それに沿った進化が起こるかもしれないわけです。もっともこれは検証不能でしょうけれども。
 さらにこの考え方を極端に進めていくと、物質を含めたすべての存在は、実は「想念」が元になっているということにもなっていくかもしれません。「想念は物質である」「物質は想念である」という霊的神秘主義の極地が、そこにあるのかもしれません。

【幽霊は恐い?】
 幽霊というものは恐いものだと相場が決まっています。これも考えてみると奇妙な話です。
 幽霊現象の中には、死んだ父母祖父母など、愛情関係にあった人霊が出現するものもあります。そしてそれは、励ましとか忠告とか、「自分は生きているよ」というメッセージだったりします。このブログの「2ちゃんねるのスピリチュアリズム」ではこの手の話をずいぶん紹介しました。こういうものは「よい霊現象」でしょう。で、それを「幽霊」とは言わない。
 もっぱら幽霊というと、脅かされたり呪われたり。

 これには一理あるわけで、この世に執着を残したり、いたずら心や悪意から介入をしようとしたりするのは、「霊的には低い」霊です。特に満たされなかった欲望を憑霊して満たそうとしたり、自分が味わった悲惨を人にも味わわそうとしたりするのは、未浄化霊、邪霊と見なさざるを得ません。
 こういう存在と交渉を持つのは剣呑なことです。
 けれども、中にはわざわざ「心霊スポット」に行って、関わりになったりする人がいる。
 そういうところには、いたずら心や悪意からちょっかいを出そうとしている霊がいるし、行く方もわざわざそれを求めて行く。いろんなことが起こって当然です。
 札束や金のアクセサリーをちゃらちゃらさせて大都会の危険地区に出かけるようなもので、自業自得ということになるでしょう。

 難しいのは霊媒体質の人で、余分なエーテル質を撒き散らしている、その光に引き寄せられるように問題のある霊が寄ってきてしまう(本当にその人だけ光って見えるそうです)。これは自分でコントロールする能力をつけるか、守護霊に守ってもらうしか手はないわけです。
 ただ、悪意はなくただ迷っているだけの霊は、説得によって“成仏”する(自己の状況を自覚し、しかるべき霊的プロセスへ向かう)こともあり、それはそれで一種の「救済事業」にもなるので、大変でしょうけれども頑張ってもらうしかない。

 「心霊スポットへ行ってとんでもないことになる人もいるけれども、それで霊の実在を体得できたのならあながち悲劇でもないだろう」という見解もありますけれども、ちょっとそれは授業料が高すぎるのではないでしょうか。
 あるいは、「そういうネガティブなものでも、この世の外があるということを知らせる意義はある、そういうものがなくなったらますます“見えるものだけ”の世界になってしまう」という見解もあります。まあそうなのかもしれませんが、「よい霊との交渉」がある程度供給されていたら、わざわざ危険地帯に入る人も少なくなり、また何かがあっても適正な対応ができるようになるのではないでしょうか。そんなことは理想論ですが。

 もう一つ、「幽霊は恐い」ということの原因になっているのは、「超常現象や霊的現象に対する心理的な抵抗」があるからだと思われます。
 これは、人間の――少なくとも「今主流になってきている形態の文明」にいる人間の――多くになぜか埋め込まれているとおぼしき心の働きです。(「今主流になっている」というのは、特に近代がそうですけれども、それ以前からあるわけで、私はこれを「人間主義文明」と言ってもいいかもしれないと思っています。洋の東西を問わず、人間の現世性、独立性に立脚するものだからです。)
 なぜかはわかりません。①既存の秩序(自分の世界観)が破壊されるから、②文明(共同想念)による排除(一種の“洗脳”)が働いているから、③人間は自身が霊的存在である(そういう超常的な能力を持っている)と認めることに「禁止」(笠原敏雄氏が言う「幸福否定」)が働くから、といった説明仮説がありますが、はっきりとしたことはわかりません。
 よっぽど馴れている人でない限り、目の前で超常的な現象が起こると、恐怖、パニック、認知拒否といった心理的反応が起こるものです。小生も、目の前に突然幽霊が現われたらやはり恐怖するでしょう。頭で理解していてもそうなるものだと思います。
 こういう仕組みがあるがゆえに、「幽霊現象」は、恐ろしく、また怪しげで捉えどころがないものとして起こらざるを得ないのかもしれません。

 スピリチュアリズム的に言えば、能力的にも人格的にも優秀な霊媒が輩出して、正常で穏当な「霊との交渉」が豊かに提供されれば、事態はまったく変わってくるのでしょう。幽霊現象を有り難がったり恐怖したりすることも、わざわざ変な所に行って危険な目に遭ったりすることも、なくなるのではないでしょうか。そのためには、人類の「霊的な進歩」、少なくとも「霊的知識の進歩」が必要なわけで、何百年先のことになるのか、それともそれは来ないのか、とりとめもなく夢想するのみです。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ムーンストーン様へ (高森光季)
2012-03-30 15:46:19
コメありがとうございます。とても面白い、不思議な話ですね。

一番単純な説明は、Aさんが「分身」を飛ばしたということでしょうか。
「分身」というのは、生きている人が、いるはずのない場所で目撃されるというもので、
「ドッペルゲンガー」とか、時には「分霊」「生き霊」とか呼ばれたりします。
奇妙なことに当人は自覚がないことが多いようです。
「お前、あそこで見たぞ」「知らねーよ」という感じです。
19世紀以来の心霊研究でもかなりの報告例がありますし、2ちゃんねるにも見た限り5、6個、
そういう書き込みがあった記憶があります(このブログは「いい話」を重点的に拾ってますので
スルーしてしまいました。一つだけ、保存したものがありましたので、後で別にアップします)。
いい例ではないですが、『源氏物語』の六条御息所の「呪い殺す生き霊」もありますね(笑い)。

だとすると、Aさんがそういう体質なのか。ムーンストーンさんの「一緒に来てもらえばよかった」
という思いが引き寄せたのか。Aさんにこれまでそういうことを誰かから言われたことがないか
聞いてみるのも、面白いかもしれません。
でも、ムーンストーンさんが見ていず、社長さんとBさんだけが見ているというのも、不思議ですね。このあたり、よくわかりません。

別の説明仮説もあるかもしれません。社長さんたちが「予知」知覚を起こしたとか、
ムーンストーンさんの「思い」が「テレパシー」で社長さんたちに伝わったとか、
そのほかにもいろいろ考えられるかもしれません。
どれも断定は不可能でしょうけれども、いろいろ考えてみると面白いかもしれません。

世の中には不思議なことがけっこうありますね。ありがとうございました。
返信する
幽霊はみたことないのですが (ムーンストーン)
2012-03-30 13:55:24
高森さま

だいぶ前の事です。
私は骨董小物を知り合いの店で飾りつける事になり、タクシーで向かいました。
他の展示会の疲れだったのか、あぁやっぱりアシスタントのAさんに今日も手伝ってもらえば良かったなぁ~と思っておりました。
店に着いて奥の事務所のドアをノックすると、社長と経理等を担当しているBさんがいらしたので御挨拶してからディスプレーにとりかかりました。
二時間も過ぎて何とか形になったので、事務所の方にもう一度声をかけて
それでは来週の撤収までお預けいたしますので、よろしくお願いしま~す!
と私。すると、
あれっ!!もう一人の方は??
と社長が聞くので
最初から私ひとりですが。。と言うと
だって、ねぇ?Bさんも見たでしょ?
と社長。
Bさんが、ハイと返事。。
勘違いですよ!では来週まで、何か売れると嬉しいです。よろしくお願いしま~す。
私はそう言ってホッと一段落、ヤレヤレと思い家に帰りました。
翌週、数点売れたようなのでアシスタントのAさんを連れて撤収作業に行きました。
事務所のドアをノックして
こんにちわ~!お世話になりました。
こちらは最近お手伝いいただいているAさんです。
と、私。Aさんも
よろしくお願いいたしますと御挨拶。
社長は、
先週いらした方ですよね?Bさんも会ったでしょう?
Bさんが又、ハイそうです。

何の事ですか?
とAさんが作業しながら私に聞くので先週の話をすると、きゃあ気持ち悪いと本人が怖がってしまいました。

私は何度か不思議な体験をしておりますが、この体験は何だったのかしら??と今でも思います。高森さまはこんな話聞いた事ありますか?
返信する

コメントを投稿