月の都 太陽の檻

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『月の都 太陽の檻』
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新作『ミモザとアップルティー』・壱・

2022-03-07 19:46:51 | ss:novelー継国巌勝―

明日は『ミモザの日』。

ミモザが好きなので、継国兄弟を絡めましたw サイトにはホワイトデー前後にUPします。

短い話なので、ブログにて先にUP。良かったら息抜きにどうぞ~。連載します(思いがけず新作UPすることになったので、scheduleを後日修正します~;;; 申し訳m(*_ _)m)。

 

***

『継国さん。』番外編

ミモザとアップルティー

・壱・

 

 

 彼女を見かけたのは、放課後。丈が倍ほどもあろうかという、黄色いアカシアの樹――ミモザの花霞の中だった。

 俯いていた。

 左手は胸元に、右手は目尻を拭っていたように思う。

 肩まである髪と揃えられた前髪が顔に色濃い影を落として、暫くその場から動かなかった。

 ミモザが風に揺れて芳醇な色香を漂わせる度、彼女のそれかと紛うほどだった。両手の力が抜けて、焼却炉にゴミ出しに来ていたはずの荷物が、

 ガタン。

 地に当たり、大きな音を立てた。

 はっとしたように彼女が振り返った。耳朶まで真っ赤になって走り去る彼女に、「あ」と声が漏れた。

 だが、追い駆けることもなければ、呼び止めることもできない。

 名を知らなかったのだ。

 微かに見えた胸元のネームプレートの色から、学年が二つ下だと言うことが分かったのみだった。

「継国(つぎくに)~!」

 途方に暮れて、どんどん小さくなる彼女の背中をただ見送った。

 その、自分の背の方に、声が届く。

「おい! ――ったら!」

 二度目は多少怒りが混ざっていた。

 仕方なく振り返り、

「…神々廻(ししば)」

 落ちたゴミ箱を抱え直す。

「何やってんだよ、部活始まるぞ!」

「あ。ん」

 返事は漫ろになった。

 親友が焼却炉の扉を開いてくれ、持ち上げたゴミ箱の中身を放る。へばりついた底のゴミをも手を伸ばして取ると炎に投げ入れ、小さな溜息が出た。

「…大丈夫か?」

「え? あ。大丈夫。これ戻したらすぐ行くよ、道場」

「分かった! 早く来いよ! 今日こそ決着を付けたる!」

「ははっ!」

 笑顔で駆けていく友を見送って、ゴミ箱を抱えた。

 意識せず、彼女が走り去った方をもう一度見た。当然、姿はもうない。風が吹いて、ミモザの花がまた、豊かな香りを散らした。

 

「今週も、また…来るかな」

 

 髪をギャツボーでぎちぎちに固める。オールバックだった。

 白い着物に水色の袴を履くと、帯を締めた。衣擦れの音が軽快に響き、顔が綻ぶ。全体が引き締まるこの瞬間が、とても好きだった。

 この様で社務所に向かうと、入ったばかりのアルバイトの巫女達は目をひん剥く。

 とは言え、どうせ一月もすれば、この姿にも皆、見慣れるのだ。

『いいんだよ、烏帽子被るんだからさ』

 面倒くさくて、いつからか、そんな言い訳もしなくなった。

 あれからどれだけの月日が経ったろう。

 彼女が、自分ら一族(継国家)が護るお社に熱心に通ってくる一人だったとは、それまで気付かなかった。

 境内を清々しい顔で歩く彼女。人混みをすり抜ける様はとても優雅で、まるで麗しい小鳥のようだ。捕まえられない。すぐに、飛び立ってしまう。

 拝殿や渡殿から見る自分とは、目が合うこともない。ただ、週末の楽しみができて、それが何より嬉しかった。

『あの日は確か、バレンタインの翌日だったんだよな…』

 だが、折に触れて放課後あの場所へ行ってみれば、果たして。

 彼女はよく、そこへ来ていたのだった。

『またあそこで、本読んでる…。好きなのかな、あの花』

 道場へ行く前に、ミモザの庭を覗くのも、日課になっていた。

 

「!!」

 拝殿へ向かう足取りが、急に止まった。

 

 彼女は確かに、今日も来ていた。

 だが隣には、見知らぬ男性がいた。

 彼女より、頭一つ分以上背の高い、端整な顔立ちの大人びた男。

「…」

 見上げては見下ろして、二人の視線が噛み合う。

 腕を組み時に肩を揺らして、微笑み合う。

 綺麗だった。彼女は。とても。今までの、どの表情の彼女よりも。

 目映くて、そして。痛かった。胸奥が一気に、砂漠化してはひび割れた。

 

 

 

 

『次は~ 白亜の堂前~ 白亜の堂前~』

 巌勝(みちかつ)ははっとして、座席窓枠にあるボタンを押した。

 軽快な機械音が車内に響く。

 ぼんやりと外を眺めていた瞳には確かな光が戻った。スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出すと、電子マネーを起動させる。

 バス停の名は、今度は運転手の口から発せられた。

 緩やかに停車した車体の揺れが収まりきらないうちに、巌勝は席を立つと、最前へと大股で闊歩していった。

 もう片手首には、傘の柄が引っかかっている。

 女物だろうか。

 白い傘はパラソルのようだ。縁にはフリルが付いており、スーツを着た大柄な男と小柄な傘が、通り過ぎる席に座す者の視線を奪った。

 決済音が響くと同時に、

「どうも」

 運転手に礼を言い、返礼を受け、ステップを降りる。

 扉の閉まる音とエンジン音を背後に聞きながら、巌勝は、白いレースの傘を差した。

 途端、踊る雨だれが耳に入ってくる。

 割と大仰に弾ける音に、巌勝の顔が綻んだ。

 通りには誰もいない。石畳の続く街路は、家並みも基本白磁のそれだ。まるでここだけ西洋に紛れ込んだかのように、アパートメントが左右に軒を連ね、窓には所々、鉢植えの花が彩りを添えているのが見えた。

 巌勝の靴音だけが、雨だれと連弾し始めた。

 白亜通りにしばらく、控え目な音が響く。

 やがて通りは、登り坂になった。

 少し登ったところで、巌勝の足が止まる。

 左手に、花屋があった。

 傘を畳み雫を払うと、複雑に入り交じった香りの花屋に身を滑らせた。色とりどりの花が、どれもバケツ一杯に生けられ所狭しと飾られている。溢れる花々の姿は、まるでカラフルなブロッコリーのようだ。手作りのポップも見た目に楽しく、ついつい、目移りするようだった。

「あ! 継国さん! いらっしゃい~」

 奥からエプロン姿の女性が出てきた。店主だ。

 リボンや剪定鋏など、必要な物が大きなポケットに詰め込まれている。無造作に束ねられた髪は少し乱暴な気がしたが、笑顔と傷だらけの手指が、どれだけ熱心に花たちを愛しているのか、教えてくれるようだった。

「予定より少し早くなった」

「大丈夫ですよ。できてます。…栞ちゃ~ん!」

「はいは~い!」

 二つ返事のそれも、明るい声だ。

 奥からもう一人――栞は彼女の愛娘だった――高校生と思しき少女が出てくる。きめ細やかな黄色い花が、栞の両腕から零れるように咲き乱れていた。

 ミモザのブーケだ。

「…だいぶ量が多いようだが」

『頼んだのは、その半分ほどだったと思ったが…』

 呆気に取られて見つめていると、店主が笑った。

「今年は例年より、多くがとても綺麗に咲いたみたいで。単価がね。安くなったのよ~」

 おまけ。

 と言わない辺りが、彼女らしいと思った。それなら気兼ねなく、受け取れる。

「そうか。…きっと喜ぶ」

「良かった!」

 受け取ると、所々、かすみ草の白い花が、控え目程度に顔を覗かせているのが分かった。彩りよく葉も添えてくれて、気遣いに、ミモザの花の喩えが心に宿るようだ。

「ありがとう」

 胸に広がる温もりを言葉に添えて、巌勝は微笑んだ。

「お母様によろしく」

「ああ。来年も。また頼む」

「はい!」

 軽く頷き返して店を後にすると、巌勝は、鼻を擽るミモザの香りに少し瞼を伏せてのち、抱えて白い傘を差した。

 

 

 白亜通りの坂を登り切ったところは、ロータリーになっている。

 それより先に道はなく、元来た道を下るしかないからだ。

 ロータリーを囲むように丘の頂を彩るのは、個性的な店や建物ばかりだ。ドールハウスや教会、チョコレートの専門店。

 巌勝は、迷うことなく時計と反対回りに歩を進め、二件目の喫茶店に向かった。

 軒下で傘を畳み、扉を開く。

 カランコロン。

 出迎えの音はどこか懐かしく、傍の傘立てを一瞥しては、

「いらっしゃい」

 声を掛けてくれたオーナーに目配せした。

 カウンターでグラスを磨いていた髭面の紳士は、優しい笑みを浮かべて頷いてくれる。

 ほっと一息漏らすと、巌勝は、概ね焦げ茶色の店内を、静かに歩んでいった。

「ありがとう、巌勝くん」

「いえ」

 ミモザのブーケを渡すと、彼は一層穏やかな顔になった。

 低く甘い声が、多くを語ることはない。カウンターに白いパラソルを掛けると、

「…」

 オーナーの手が止まった。

『ん?』

 つい、と視線をそちらに戻すと、彼の目が窓の方を見ている。誘われるようにそちらを見遣って、

「…縁壱」

 二人用の小さな卓の一方に座した相手に、心底驚いた。

 

 

 続く。

 



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