HORSE SENSE を 往く ≫≫

 この道は いつかきたみち

  このみちを また駈ける

   このみちは 心は遠い ・ ・ ・ ・ に

Riding Record 287

2010年07月31日 | Horse

7月30日 ハクコウグレート号 (現役名 グレートハクコウ)

アングロアラブ 騸 鹿毛 平成13年6月1日生 9歳
父 ニホンカイユーノス
母 ハクコウツバサ (母の父 トライバルセンプー)
地方44戦 6-5-7-26  収得賞金 181.7万円
旧馬主 鴻江勇氏
生産者 ビックリ牧場 (北海道勇払郡)
イムラッド 25.00% 3x3  エルシド 18.75% 3x4
アラブ血量不明 耳袋で見えないが星有り

ハクコウは平成20年1月以来2年半ぶりの騎乗
晴 良馬場 炎天下 蒸し暑く人馬とも汗だく
耳袋着装 前肢に肢巻 拍車使用 皮膚薄く敏感 悍強し
静止時は心臓の鼓動と合わせるようにドキゞと身体が揺動す
原因は不明なり 単なる癖かあるいは心臓の欠陥?

小型馬で背が小さく1完歩短し ピッチ速く最初は合わせるのに苦労す
自らハミを取つてよく進むが 無用に拍車が触れると過剰反応する
2度引つ掛かかり気味に奔馬しそうになつたが 落馬はなんとか免る

抑え気味に柔軟に当たることが求められる その域にはまだゞだが心がけたい
普段は茶目つ気もあり憎めず

Riding Record 286

2010年07月27日 | Horse

7月23日 ミュージック号 (現役名 トシザミュージック)

サラ 騸 黒鹿毛 平成12年3月23日生 10歳 大型馬
父 ハウスバスター
母 サツマリーベ (母の父 カコイーシーズ)
中央8戦 0-1-0-7  収得賞金 260.7万円
旧馬主 上村叶氏
生産者 浦河小林牧場
平成18年3月まで現役(佐賀)

晴 良馬場 ミュージックは4月以来の騎乗
拍車は使用不可 前肢に肢巻 蹄カバー装着
今日からサマータイムのためレッスン時間短縮

経路運動まつたく動かず ミュージックは当たりが本当に難しい
人をよく見ており このため的確な扶助が要求されるが まだ対応できず
終了間じかになると動きだす 憎たらしいが今はどうすることもならず

『1本の鉄の棒が歴史を変えた・・・』

2010年07月24日 | Horse
7月22日 ≪馬 アジアを駆けた二千年 九州国立博物館 開館5周年記念 特別展≫を観る

馬の起源から江戸時代までの馬と人のかかわりと 日本とアジアの馬具を中心とした展示である
いちばんよかつたのは 体高138センチの全身馬骨(鎌倉時代 14世紀 神奈川由比ケ浜南遺跡出土 新田義貞の馬とされる) また黄金の馬具とその細工も素晴らしい

標題タイトルは 展示エントランス天井に達するくらい ひと際大きく掲げられているCatch Copyである
これが何であるかすぐ分かるだろうか また分かる人は相当の馬者 (答は末尾に)
もしこれが生れなかつたら人類生活の発展も近代化もなかつた
あるいは戦争も起きなかつた またその形 結果も相当ちがつたものになつていた――と言えるくらい

予測どおり(と言うか予測以上であつたが)鑑賞者が少ない(いない) いたのは若者男女数人
1展示エリア 自分を含めて1~2人である 係員と警備員の姿が目立つ
おかげでゆつくり鑑賞できたが しかし情けない
日本に馬文化はなく(昭和30年で廃つてしまつた) 当然と言えば当然か

ちようど1年前「阿修羅展」があつた 立錐の余地もなかつたあの狂騒は何だつたのか
あのオジサン オバサンたちは何処へ行つたのか
オグリキャプの献花記帳に1日3000人 ハルウララに何千人も群がつたあの人たちはどうしているか
畢竟これは馬が好きなのではなく 馬には何の興味もなく ただゞ自己陶酔のためだつたのだろう

阿修羅展同様 9月5日まで2ケ月のロングラン 九博5周年記念 大丈夫か?

余談 平日午後 炎天下の大宰府参道は 例のしり上がりの甲高い言語集団で席捲されていた
    その傍ら 我は静かに歩んだ・・・ 
 

           【答え】 銜 (はみ Bit 画像は水勒銜)

小旅行 Vol.2

2010年07月20日 | その他
<南阿蘇~雲仙ルート> google mapより

 行程 約 110km 4時間(フェリー含む)

7/18 宿の予約が完了 10/18 南阿蘇 4室12名
                10/19 雲仙   同上
    人数 W5 (KN ME NY MN NM ー)
         M6 (NM MI KM SM NS UH)

<雲仙~長崎ルート>google mapより  行程 約 60km 100分




Riding Record 284-285

2010年07月19日 | Horse
7月16日 梅雨明け前の晴れ間 やや重馬場 スコールは初めての騎乗


スコール号 (現役名 クリノテイオー)

サラ 騸 栗毛 星 左前1白 平成14年5月20日生 8歳
父 エアジハード
母 スイートベルン (母の父 パーソロン)
Hyperionの6.25% 5x5
生産者 中田浩美氏  旧馬主 栗本八江氏
地方17戦 0-3-3-11  収得賞金 26.4万円

艶のあるきれいな栗毛で 脚が長くスマートな体型 身体も柔らかい
ここでは年齢も若いグループに入る
癖がまつたくなく扶助に素直に反応し気持ちよい
TrotもCanterも無理なく動いてくれた

耳袋と前肢にプロテクター着装 拍車は使用せず
レッスン後自身も気分よかつたのか バケツ一杯の水をぺろりと飲み
腹が空いたかのように前掻きしだした

<洗い場で前掻きし 帰厩を催促するしぐさのスコール>

原節子

2010年07月18日 | 映画




<東名建設工事のため取り壊し中の東宝砧オープンセット 昭和42年12月>
「七人の侍」 「用心棒」 「赤ひげ」などのセットもここに作られた
左端の大きな松と右端奥の大ケヤキは背景によく出てくる

月おくれになつてしまつたが 6月17日は 原節子さん卒寿の日
マスコミで報じられることはほとんどなかつたようだ
映画全盛時代に見たファンにとつては喜ばしく 感慨である
自分たち年代からすると母親というより長姉世代に近い

「永遠の処女」あるいは「伝説の女優」などと 全盛を見たことのない(知らない)後のマスコミが
勝手に神秘化 偶像化してしまつたが 現役時の彼女はそのようなタイプではなかつた
美人であつたが高慢なところはなく 思つていることをはつきり言い 明るく 気さくで行動的な
「頼りになるお姉さん」という感じであつた 平凡明星などのインタビューや対談記事でもそんな印象をもつた

引退表明後 鎌倉に隠棲するまえだつたが
住まいが世田谷区喜多見町(砧の東宝撮影所も近く)にあつた
職場が同じ喜多見町内にあつたので仕事の往き帰りに家の前を何度か通つた
喜多見の奥まつたところで
二階建ての(木造かRCだつたか忘れたが)大女優の家とは見えない簡素なたたずまいだつた
周りの垣根も低く首をちよつと伸ばせば居室が見わたせるくらいで
「会田」か「熊谷」だつたか表札がかかつていた
この辺りでは ここが原節子の住まいであつたことはよく知られていた

映画「山の音」で舅役だつた山村聡(当時44歳)の原節子評――
『普段は冗談言つたりして ものの言い方もがらつぱち それがああいう風情を作るのでしよう
嫁役を作るのも良いけども あそこまで初々しくやることはないんだ』
(ぴあ「成瀬巳喜男と映画の中の女優たち」発行平成17年8月27日より)

これから全盛期のスター女優陣が続々と米寿 卒寿を迎える
そのいちばん手は 日本映画史上最高の女優「デコちやん」こと高峰秀子さん
再来年米寿 「泣きみそ先生」も2014年卒寿――

追記 平成22年8月9日 「原節子 あるがままに生きて」(貴田庄著 2010年6月30日 朝日文庫)を読む
    そこにつぎのようにある 少し長いが引用したい

≪ 33章 狛江に家を買う
その一方で一九四八年は 原にとつて私生活の面でとても重要な年でした
それはこの年の初春 横浜市保土ケ谷から東京都北多摩郡狛江村岩戸(最寄り駅は喜多見)に引つ越したからです 横浜市保土ケ谷の土地は借地だつたようなので 原は狛江村岩戸に土地を買い 気兼ねなく住める我が家を持ちました 原が狛江の自宅で 楽しそうに大きな犬と戯れている写真や掃除をしている写真が残つています
原節子が高峰三枝子と対談したことがあります それは「魅力対談」と題するもので 一九四八年の『映画ファン』に載つています 対談の初めに 狛江に買つた家について高峰が 「お庭が広くて素敵じやあないの」というと
原はつぎのように答えています
  原   田舎なので・・・・・・ あれが街の中にあるといいんですけど
  高峰  ぜい沢 ぜい沢 喜多見なら東宝にも近いし 田舎つて言つたて たいしたことないわ
  原   とにかく 自分の家に落ちつけてほつとしたわ ≫

狛江と喜多見は隣り合わせにある

必死剣 鳥刺し

2010年07月16日 | 映画
7月15日 東映映画 『必死剣 鳥刺し』 を観る
「必死剣」とはなにか 「必殺剣」のまちがいではないか?
と思つていたがその疑問はラストシーンで解けた

藤沢周平短編小説≪隠し剣シリーズ≫の映画化 例によつて海坂藩の内情物
スクリーンで見たことのある俳優は皆無 タイガースの岸部一徳はテレビで見ている
全体的に色調を抑えた画面 衣装 美術 アップを多用しないカメラ そして抑制気味の台詞には好感をもつた
少し形式張り過ぎの指導された武家所作も無難

オープニングタイトル後に主役キャストの名前がでてこないのは
「さあこれから始まるぞ!」という高揚感が湧いてこない
もつとも画面に「バーン」と単独で名前を張れるだけのスターはもういないが
しかしいま風のエンディングで延々と流されるのもラストの興ざめ

藩主右京太夫・村上淳を差し置き藩政を壟断する側室連子・関めぐみを
兼見三左エ門・豊川悦司が能舞の後一突きで刺殺するシーンから始まる
刺殺までの回想と今とを同時進行で描いて行く
中老津田民部・岸部一徳はずつと静かな面持ちで最後までこのままか?
と思つていたが ラストにやはりというかどんでん返しがあつた
それが 『必死剣 鳥刺し』

藩主と分家帯屋隼人正・吉川晃司との確執
側室を殺めた三左エ門の幽閉処分と解除 藩役職への再登用
三左エ門とその身の回りの世話をしながらも慕う亡妻の姪里尾・池脇千鶴との交情
これらを絡めながら進む ただ三左エ門と姪里尾との一夜シーンは余計と思うが・・・
池脇千鶴はひかえめな慈しみと美しさをよく表現していた 地味作りは素敵
村祭りの鳥居前で乳飲み子をかかえ三左エ門との約束を待つ――ところでエンド

殺陣をはじめ調子が何となく昔の東宝映画の雰囲気を感じ調べてみると
殺陣指導久世浩とあつた 久世竜の二代目ならさもありなん
最近の時代劇は画面が何となく地味というか輝きに欠けショボクレている感じをずつと抱いていたが
その原因の一端が分かつた
いまのスターは役の年齢より実年齢のほうがずつと高い
逆に昔のスターは役年齢より実年齢の方が若かつた それでその役の風格をだしていた

豊川悦司は48歳 48歳の三左エ門があのような必死剣は無理であろう
吉川晃司にしても45歳である 岸部一徳は63歳 63歳の中老なぞ存在しない時代である
最近の時代劇役者 佐藤浩市50歳(親父の三国連太郎は33歳で『夜の鼓』 39歳で『切腹』に出演)
             役所広司54歳
雷蔵が亡くなつたのは37歳 机龍之介31歳 眠狂四郎32歳だつた
勝新座頭市31歳 三船用心棒にしても41歳である

もつともその役年齢と実年齢が適応する俳優はいまは見当たらない
また適応させても様にならないだろう――

Riding Record 282-283

2010年07月10日 | Horse

<屋外馬場を望む>
久しぶりの青空 博多湾の風が心地よい
左後方は志賀島~博多渡船桟橋

7月9日 晴れの良馬場 タキオンは5月末以来
艶のあるきれいな鹿毛 サラらしいととのつたバランスのよい体型
前半Trot部班中に右後肢が落鉄 打ち直しで20分ほど下馬
これが原因か?後半はサボつてソラを決められ まつたく動かず
拍車は使用不可 腰脚での扶助がまだ十分できていない
前肢にプロテクター 口カゴ着装

タキオン号 (未出走 血統名 クリスマスリーツの1998)

サラ 騸 鹿毛 流星鼻梁白 後2白 平成10年2月15日生 12歳
父 ハートレイク
母 クリスマスリーツ (母の父 Woodman)
Raise a Nativeの12.5% 4x4
生産者 新冠橋本牧場

オグリキャプの死

2010年07月05日 | Horse
7月3日 オグリキャプが死んだ

25歳は競走馬種牡馬としては長寿の部類に入るが
35歳まで生きたシンザンやカネケヤキに比べると早過ぎる気がする
昭和の終わりと平成の初めのバブルを駈け抜け 中央20戦12勝 生涯獲得賞金9億円余
有馬を2勝したのだから 立派に名馬の仲間入りを果たした

「牧場で放牧中に脚部を骨折し 搬送先で息を引き取つた」とあつた
骨折そのもので死ぬことは余りないので 予後不良として殺処分されたのだろう?
芦毛馬は齢を重ねるごとに白さが増してくる
最期は皮膚が透きとおつて見えるくらい 鬼気迫る―そんな感じだつたろう

新聞報道見出しでは「・・・逝く」としている
アイドルホースで「怪物」と呼ばれ 第三次競馬ブームを盛り上げ貢献した
しかし ウマはウマであつて人ではない あまり擬人化ドラマ化するのもどうか
ハイセイコー・フィーバーを見てきた者にとつては 遅れてきた「サクセスストーリー」
二番煎じの感もあつて どこか醒めて眺めていた
冥福を祈りたい

合掌 ―― おつと これも擬人化になるか・・・

Riding Record 280-281

2010年07月04日 | Horse

<屋外馬場 博多湾はすぐ目の前 左に志賀島渡船場>
梅雨の曇天 はるかに博多ポートタワーが霞んでいる

7月2日 メインブラック号 (現役名 グローキング)
サラ 騸 黒鹿毛 作 4白 平成5年4月28日生 16歳
父 ダイワゲーリック
母 ハザマスワロー (母の父 マイスワロー)
5代目までに生じたクロスなし
1戦 0-0-0-1
収得賞金 0万円

黒鹿毛に4白 派手な「作」が特徴 蹄は大きく堅固
馬体は黒光りし艶よく精悍 目が鋭い

馬場 稍重 メインは5月以来2ケ月振りの騎乗
全般的によく動いてくれたが Canterでの巻乗りがスムーズに円を描けない
つい腕で手綱を操作するくせが出てしまう 要注意
拍車使用 前肢にプロテクター 曳き馬時は口カゴ装着
<メインブラック号>

秋の小旅行 Vol.1

2010年07月03日 | その他

<菊川~阿蘇ルート google mapより>
秋の小旅行 ≪阿蘇雲仙長崎行≫

○想定参加人数  12名(6名+6名)
○日程  平成22年10月18日(月)~20日(水) 2泊3日
○行程  1日目 菊川~熊本IC~大津~ミルクロード~大観峰~草千里~
         阿蘇山上~南阿蘇(泊り)
     2日目 南阿蘇~熊本新港----熊本フェリー----島原外港~雲仙(泊り)
     3日目 雲仙~長崎市内~長崎多良見IC~大宰府IC~下関IC
 全行程走行距離 大よそ700~800km
○宿   1日目 休暇村南阿蘇  2日目 休暇村雲仙  部屋数 4室×3名

○概算費用  宿泊代  10,000円(1泊2食)×12名×2泊  =240,000円
       高速料金 小月~熊本 4,750円×3台     = 14,250円
            長崎多良見~下関 5,100円×3台  = 15,300円
       フェリー 車 3,530円(運転手1名含む)×3台= 10,590円
            旅客 800円×9名         = 7,200円
       燃料代  800km÷10×140円/㍑×3台     = 33,600円
 合計 320,940円  1人当り 約 27,000円
○含まれていない費用  会食時の飲み物代 昼食代 観光施設入場料

<長崎~下関ルート google mapより>