しだいに強くなってくる雨音を聞きながら、10時に床に入り明日はどうなることやらと隣で寝ている雨男を睨んだ。
バケツをひっくり返すような土砂降りも、翌朝5時にはすっかり上がり、まだ明けやらぬ空にはプラネタリウムでしかお目にかかったことがないような北斗七星がくっきり見えた。
スタート4時間前に、5年前と同じようにモチを焼いて食べる。
腹は減っているわけではないが2個詰め込み、ストレッチなどして時間をつぶす。
7時半にポニーを呼び(天草のタクシーばい🐴)本渡運動公園へ向かった。
晴れて風もなく陽射しは暖かいが、このまま気温が上昇するといささかシンドイかも。
受付と荷物預かりの体育館は新しく快適になり、スタッフはみなサンタ帽をかぶっていて、いつの間にか天草はサンタクロースの聖地になったんだとさ🎅
どうりで気前よく、参加賞のTシャツの他にも天草の特産品を選べたり(野郎どもは迷わず焼酎)、県外からの参加者にはくじ引きで宿泊券やら商品が当たったりと盛りだくさん。(みんな残念賞のボールペン👎)
着替えの荷物を預け、天草太鼓が打ち鳴らされる中をスタート地点へ。
第10回の記念大会の参加者は過去最多の4105人、5年前に師匠とふたりで走った時には1000人に満たなかったことを思うと盛大になったものだ。
だけど道路がランナーで埋まり、渋滞は必至だ。
ゲストランナーは、親猫が天草出身だというカンボジア人「猫ひろし」だニャ~😸
1、2、3、ニヤ~‼️
の掛け声で午前9時、フルとハーフの同時スタート。
大渋滞でスタートゲートを通過するまでおよそ2分、最初の橋を上ると遠くまでランナーの列が続いていて、天草でこんなに大勢の人を見るのは初めてだとつぶやくと、
「お祭りの時でもこんなに人はおらんばい」
と、隣で走るかあちゃんが応じる。
師匠は肉離れが癒えていない足にテーピングをぐるぐる巻きにし、もし少しでも異常が出たら棄権すると宣言、かあちゃんのペースで走るというので、3㎞手前で「ホリちゃん」と共に前へ出る。
そして4㎞手前、最初の難関「本渡海水浴場」の急坂で「ホリちゃん」が先頭に立ち、ぐんぐん引き離しその差200m。
そのままヒマワリの咲き乱れる五和町を抜け、10.5㎞のハーフの折り返し地点を過ぎるととたんに人数が減り、前方視界がよくなり「ホリちゃん」の背中がはっきり見えるようになる。
そして鬼池港を回り込む15㎞の手前で、ようやく彼に追いつき並んだ。
今回はGPSウォッチのメインの画面をペース表示にしてあり、時おりそれを確かめ自分のペース6分20秒から6分30秒を守って走った。
10月中旬の陽気で陽射しは路面に照りつけ、給水所の水とスポーツドリンクを交互に口に含み、イルカウォッチングの海岸線の向こうに島原半島が見えるコースを苓北の折り返しを目指していると、向こうから😸がやって来た。
「ホリちゃん」と一緒にせーので、ニャ~‼️とやると、もうさんざんやり疲れたよという表情ながらもニャ~を返す😸だった。
その後も😸と因縁があるとは、この時は思いもしなかった・・・。
苓北町を折り返して、おっぱい岩を過ぎた23㎞の給水所付近で、かあちゃんとすれ違う。
師匠は?と聞くと、脚がダメになったからリタイアしたかも、と言う。
そうかぁ・・・、ところが少し行くと脚を引きづりながら師匠がやって来た。
全身に塩を噴きながら、限界な感じですれちがう。
給水所に飛び込み、エアーサロンパスを肩と首筋と両膝と腿にたっぷり吹き付けている間に、またもや「ホリちゃん」に差をつけられる。
左膝が痛み出し、それをこらえていたら右の内腿も痛くなり、肩と首筋はガチガチに凝っていたのだ。
走りながら両手を振ったり伸ばしたりしてだましだまし、それでもペースを守りながら26㎞の給水所で再びエアーサロンパス。
この辺りまで来ると、多くのランナーが路肩を一列に歩くようになって、センターライン寄りを走るオヤジを遮るものは何もなく、痛む足を堪えてペースが上がった。
今回は意地でも歩かないと誓ったので、次々と歩く人たちを抜いてゆく快感が痛みに勝った。
海岸線のカーブでまったく姿が見えなかった「ホリちゃん」の後ろ姿を、行きに捉えた鬼池港の橋の上に認め、歯を食いしばって坂を上る。
30㎞、いつの間にか膝の痛みが引き、32㎞の給水所で「ホリちゃん」に追いついたがエアーサロンパスを吹き付けている間に先に行かれ、さらに1㎞、佐伊津の漁港でペースダウンした彼を抜き去った。
そして5年前の悪夢、35㎞地点の給水所へ。
5年前、初のフルマラソンでここまで来た途端、両足が見事につって一歩も動けなくなった。
そのまま3、4分、棒立ちのままなすすべもなく、ようやく動けるようになって歩いて最後の山場「本渡海水浴場」への急坂に向かったのだった。
だが今回はその悪夢を断ち切り、最後のエアーサロンパスを吹き付けて一気に急坂に向かう。
ここまで来ると周囲のランナーの8割がウォーキング大会で、まばらな沿道の応援・拍手は走っている者のみに向けられる。
大きく腕を振って坂を駆け上がると、海水浴場を見ながら下り坂を町へ。
5年前は4時間を過ぎると道路封鎖が解けて歩道を走ったものだが、今回は片側は封鎖されたままの道路を40㎞地点へ走った。
ここまで来ればゴールの本渡運動公園陸上競技場までは目と鼻の先、歩いてでも楽々ゴールできるという弱気な誘惑をねじ伏せ、たまたま同じペースで走っていた女の子のポニーテールとお尻に見とれながら走る。
そしていよいよ最後の橋を駆け上がり、陸上競技場までダッシュ、サングラスを外しゴールテープを笑顔で切った。
記録、4時間29分2秒、ネットタイムは4時間27分22秒、5年前の初マラソンより2分遅れたが、まあ良しとしよう。
一度も歩かず、脚もつらず、入院・手術以来2年ぶりに4時間半を切れたことを素直に喜ぼう😊
原点復帰、有言実行、喉カラカラ。
ゴール付近で座って待っていると、4分ほど遅れて「ホリちゃん」がゴールした。
彼もマラソンをして初めての4時間半台の記録だ、よくやった👏
着替えてから師匠とかあちゃんを迎えるべく再びゴール前に陣取ると、師匠が脚を引きづりながらコースの外から現れた。
12㎞辺りで脚がダメになり、それでも32㎞まで行ったところで眩暈がしてヤバイと判断して収容車に乗ったとのこと。
残念、長いマラソン歴でそんなこともあるさ、その辛さは身を持って体験しているからよく分かる。
体のためを思って、今夜はお酒を飲まないでというと、それだけは勘弁してくださいばってんたい・・・などと情けない顔をする。
そうこうしているうちに、かあちゃんがやって来た。
おっ、元気じゃないかい‼️
かあちゃんも予定通り5時間半台でゴール👏
まあまあみんななんとか無事で、よく走った。
お疲れ~!!
完走証をもらって、行き帰りと走った道をタクシーで日帰り温泉へ向かう。
さすがに道路封鎖も解けて、歩道を走る人、ウォーキング大会の人がまだまだ通る、みんな最後まで頑張れ !!
温泉で汗を流し、露天風呂でホッとしていると、😸がやって来た。
😸ちっちゃい・・・どこが⁉️・・・芸人だぜぃみたいな色をだしていたらメチャメチャ突っ込んでやったが、付き人も取り巻きもいないのでプライベートかもしれないと、変なツッコミを入れずに放っておいた。
そして風呂から上がると、なんとΣ(・□・;)😸のロッカーはオヤジのロッカーの下で、オヤジの着替えは😸待ちだ😥
そうとも知らず😸ゆっくりとしゃがみこんで着替えて、ワイシャツにネクタイ、帽子までかぶってお洒落して立ち上がったら😸ちっちゃい・・・どこが⁉️
その間涼むふりをして観察していたのだけれど、もし芸人だぜぃみたいな色をだしていたらメチャメチャ突っ込んで😸邪魔だニャ~とかなんとか言ってやったけれど、今日は気分がいいし寛大なのだ。
😸待ちですっかり喉がカラカラになってしまい、食事処で一週間ぶりの生ビールで乾杯🍻
かけつけ3杯飲んで5時になったので、天草へ来たらお約束の居酒屋「ひらはた」へ向かう。
で、これさ😆
刺身に馬刺し、タチウオの塩焼き、天草大王のたたきに焼きに、ガラカブの唐揚げ、🍻に焼酎、幸せばい‼️
いつもイヤというほど料理の写メを送りつけられている「ホリちゃん」も、今夜ばかりはその鬱憤を晴らさんばかりに食いかつ飲む。
すっかりいい気持ちちゃんの一週間ぶりの酔っ払いたい‼️
翌朝、ばあちゃんをデイサービスに送り出してから車を出し、せっかく天草に来たのだからと「キリシタン館」へ見学に。
天草の歴史をお勉強して物産館でお土産を買い、風光明美な5橋を渡って行きとは反対の三角周りで熊本市内へ向かった。
空港の近くの日帰り温泉でまったりして、ちょっと早めにレンタカーを返し、空港の飲食店で熊本最後の🍻を。
すると、雨男の帰りを惜しんでいるように雨が降り出した。
明日から熊本はしばらく雨になるという予報、この雨を東京にまで連れてこないでくれと言ったのだが、結局羽田に着いたら☔️
雨男よさらば、次のフルは来年の3月の鹿児島だ。
なんだか興奮冷めやらずな感じで、家に着いたらまた飲みたくなって、ワインを飲んでから寝た。
第10回天草マラソン、久々に気持ち良く走れた。
次回は15回か? そんときゃもう還暦過ぎとるばい😅どうなっちまうだろう⁉️
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