物語にもならない

へたくそな物語を書く主の部屋

空の人(karanohito) ②神様の課題

2018-11-09 10:15:27 | 物語
 神様はやることがなくなってしまっていた。
帰ってきた空の人たちの心の中を見ることもなければ、アカシックレコードも見ることもなく数年が過ぎていた。
しかし遣いの者はどんどん冥土の土産であるアカシックレコードや空の人たちの心を神様宅に送り続けた。
とうとう8000もの心とアカシックレコードが溜まってしまったため、部屋がゴミ屋敷のようになり、きれい好きの神様にとってどうにも許しがたい状態になってしまった。
「観るしかないか。」
神様はしぶしぶ立ち上がって仕事を再開することにした。

神様は誰かから仕事を貰ってやっているわけではない。
自分で自分のやるべきことを決めてやり、それを一生しなければならない。神様に寿命はないから、一生とはつまり永遠にということである。自分で決めた課題から逃げた神様は、実は沢山いるが、そういった神様たちはどうなったかは定かではない。ただの人間として再び修業へ出たかもしれないし、二度と生まれない選択をしたかもしれないが、誰もどうなったかを知らない。なぜなら、結局のところその後の己の身をどうするかも、神様たちは自分で決めるからだ。
唯一、神様たちが太刀打ちできないのは時間の流れだけである。時間は前に進む。神もまた前に進むしかできない。過去に戻ったり今を止めたりする事はたとえ神でもできないのだ。
だから課題はどんどん山積みになるし、我が子である人間たちが暴走するのを止めることもできない。時間の流れは究極の自然であり、神様さえ逆らえない掟なのだ。

神様は最初に、以前の続きである3000番目に他界した2801番の心の中から見はじめた。
遣いの者が心にメスを入れる。
この空の人は、デンマーク人で寿命は87歳であった。心からは、汚いヘドロと臭いにおいが立ち込めた。やっぱりかと思った矢先に、ふと小さなダイヤモンドのような石が1つ出てきた。
その後も沢山の空の人の心にメスを入れたが、ほとんどはヘドロやゴミや凍てついたサボテンが出くるだけだったが、約100人に一人の割合で小さなダイヤモンドが出てきた。
そのダイヤモンドの意味を知るために、その人たちのアカシックレコードからまとめて見てみることにした。
中でも、2801番の人生の概要はこうだった。
彼は広い土地を所有する農家に生まれ善き両親に育てられた。豚や鶏や犬を飼って家族仲むつまじく日々を過ごした。
円満そうに見える家族であったが、実は母親は彼が純粋過ぎて戸惑うこともあり、時には専門家に相談したりもした。しかしどの専門家の言うことも平均的人間の心理に長けている人物の書いた教科書の通りに彼を見るだけであり、2801番の本当の人間像とは少しズレれいて何か大事なところが違っていると母親は感じた。
やがて、専門家に委ねることはやめ、母親は自分の感覚を信じることにし、なるべく彼を自由に自然に生きられるようにしてやった。
2801番が小学校に上がると友達ができるが、その純粋さゆえにいじめられたり仲間外れにされたりした。(神様は純粋だからいじめるという感覚が理解できなかったが、人間はなぜかそうだった。)
両親は、彼が不登校になっても頭ごなしに怒ったりせず、また理由を彼自身が自発的に話そうとしなければ根掘り葉掘り聞くようなこともしなかった。とにかく一緒に遊んだ。かまどでパンを焼いている時間でも、洗濯板で洗濯しなければならない時間でも、いつも見守っていたし合間合間に必ず戻って遊びの続きをした。
学校へ行かないなら家で勉強する時間を作り自分で計画的にやるよう伝え、土曜日と日曜日は勉強をしなくていい日にして、農家の仕事を手伝わせた。
2801番は、両親と自然か天気の変化やと土の色と成分、動物の体調や農作物の育ち方を学んだ。
両親は子供の為ならと、沢山の時間とその場その場の工夫と愛情を注ぎ、両親は自分たちで考えながら2801番を大事に育てた。
時には夫婦の意見不一致により不和があったとしても、絶対に子供の前で喧嘩をしないと二人で決めていた。晩年は本当の意味で夫婦ひとつになり仲良く暮らしたようである。

2081番にはたった一人幼馴染の親友が居た。その存在が心の支えとなり、人間の汚さと向き合うことができた上に、冷たい他人の心だけではなく、良き友の暖かい心に触れることもできた。そのため徐々に不登校をやめ、中学からは同じ過ちを繰り返さないようどんなに嫌なことがあろうとも、とにかく親友のいる学校へ行き続けた。学校の先生も配慮して、毎年親友と同じクラスになるようにしてくれた。
高校は農業学校へ行き、卒業して親の後を継ぐと、順調に人生が進んでいったようだ。順調に進んでいった理由はちゃんとある。彼の吸収力と学習能力で人の心を察知するようになり、磨かれた用意周到な危険察知能力で不幸を招かない努力をしたからにすぎない。
2801番は、善き妻に恵まれ、子供を授かり、やがて大勢の孫やひ孫に恵まれ囲まれて多くの冠婚葬祭を経験してきた。
そのうち両親は他界し、親友も亡くなり、愛する妻を亡くしたが、沢山の子供たちに囲まれた人生はけして悪いものではなかったようだ。

人生の後半は言わば人生の達人の如く人の気持ちを察したり未来にどんなことが起こるか経験から想像がつくようになっていたようだ。農家だったため、食料にも困ることはなく健康を維持できた。
これが何度も生まれ変わった自我の強い人間なら、たった1回生きただけではここまで学習できなかったであろう。
2801番の亡くなる間際はまるで仙人(神様候補)のようであったが、残念なことに人間ではない空の人は仙人にも神様にもなることはなかった。

空の人にとって、日々人間に交わってする一つ一つの体験は、最初から1つの体だった普通の人間たちとは比べものにならない程衝撃的であると同時に一つ一つを確実に感受する。言わば、全く知らない国の全く知らない家族の中で下宿人として生きるようなものなのだ。
そのため、学習の速さは人間より優れ、もしもの時の非常時の想像も人間より素早い。1度起こったことのある悲劇を覚えるだけでなく、もくもくと原因と結果を色眼鏡のかからない純粋な心で追求する。
よって、不幸に見舞われる前に直観の如く(本当は経験によるもので直観ではないが)察知する能力がどんどん身についていくのだ。
人間の嫉妬する原因がわかれば、その原因になる事象をひた隠したし、沢山のニュースを大いに感受するので、普段から自然災害のキケンに備えたりもできていた。
また、人の死という悲しみは悲しみである事実は変わらないが、人はいつか死ぬという至極自然な悲劇を受け入れる心が両親の他界の時に身に着いた。勿論、子供たちや孫が生まれる喜びもそれと同じくらい感じることができたわけだ。
汚い人間の憎悪やつまらない”からかい”や、いわれのない嫉妬にひどく傷ついても、それを糧にすることができたのは、それまで培われた両親の愛情と親友からもらった勇気がいつまでも心の中に生きていた。
そうやって、その場その場で自分で学習し、磨いてきた結果があのヘドロの中の小さなダイヤモンドになったようなのである。
神様は、自分がモニターとして作った”道具”である空の人の今現在をリアルタイムで知りたくなった。というよりそうするべきだと思った。
そこで思いついた。まだ地球に残っている空の人たちに通信機能を付けることにしようと。言わば、今でいうクラウドと同期してアップロードする機能と同じである。

 その夜、ソラは久しぶりに飛ぶ夢を見た。
身体が宙に浮くと、見る見るうちに昇天し雲にたどり着いた。雲はソラを優しく迎え入れ、一体感と不思議なほどの懐かしさを感じることができた。雲を通り抜けると、爽快な天空の世界へ入っていく--。
そのほか地上の116人の空の人たちもその夜、同じ夢を見ていた。
孤独な風の音を耳にしながら夜空を抜け、「ばふっ」と少し湿気のある少し暖かい雲を抜け一体感となつかしさを感じ、ひとつの空という空間へ突入すると自由な爽快感があった。空気のベールがない紺碧の夜空には、ハッキリと天の川銀河の帯が見られた。

 神様は今地上で生きている117人の空の人のモニターを本当の意味でのリアルタイムで同時に見ることは流石に無理だったが、200倍速で観ることはできるのでたった1日で全員の1日分を見ることができた。
大抵の空の人達の人生は、人間から厳しい嫉妬と汚い憎悪を浴びせられていたようだ。しかし中には、スポーツ界の大スターになっている者もいた。その素直さ故、コーチの言う事をきちんと守り、真っ新で自由な想像力を働かせて多いに努力を楽しみ、そのようになれたのであろう。しかしそれは、奇跡に近い出会いが重なったからこそであり、そのような空の人はほとんど居ない。中には悲しいかな、通信機を埋め込んだその日に自死した者もあった。
神様は、空の人達をなるべく苦労しないように善人の下で生まれるようにしたはずだったが、人間の心の変化は著しく、また想像以上に酷い方向へ向かっていた。
外面はよくてもいくら金を持っていても、子供を虐待する親はいたし、親である自分の我儘を子供に押し付ける者や全く子育てをしようとしない親もいた。外でも多くの危険があり、事件に巻き込まれて殺された空の人も中にはいた。

紀元前0年までは人間の人数も少なくて観察できていたが、紀元1年からは人間が成長したこともあり見ていなかった。その間にずいぶん人間の心は濁ってしまった。いろんな色が混ざればヘドロ色や真っ黒になるのと同じように。
神から見た人間は、人数が増えれば増えるほど、退化していると言った方が早いようだった。確かに道具類は素晴らしく発展したが、人間の心身はどんどん疲弊し退化している。中でも、昔持ち合わせていた超能力がなくなってしまって、殆どの人間が予知能力や直観力、テレパシーを失っている。人数が増えたことによって、人間が人間一人一人を大事にしなくなっていて、かつて一体だったはずの自分たち人間同士の気持ちすらもつながらなくなっているようであった。
初期に分かれた者同士は肌の色が違ったりしたが、なぜかただそれだけで別の生き物のように扱っているのに、飼っている犬の方が家族扱いしていて、それはそれは不思議なことをしていた。
空の人たちだったなら、人間ではないのだから仲間外れにされたり戸惑うのは分かるが、人間として生まれた人でもいじめられたり差別を受けたり変人扱いされている者が存在するほどになっていた。
時には、数少ない者の私利私欲のために多数の人間を利用するケースもあった。恐ろしいことに、組織ぐるみで他の人間の命をも犠牲にしているケースもあったし、人の不安感を煽って巧に嘘の情報を流し大勢の人間を操ろうと考える人間もいた。


 神もまた、かつては人間だった。
何度も生まれることによって、己を磨き身も心も研ぎ澄ます。そして仙人になり、やがては神様になったのだ。それまで数えられないくらい転生した。しかし神は今地球にいる人間たちのように活きれば活きるほど狡さと色眼鏡でものを見るという現象はおこらなかった。
それなのに人間は、まるで自然界の上を見ることが正しい欲であることを忘れてしまったかのように、全くあらぬ方向へと進んでいる。嘘をわざとばらまき、無知なものを利用し、我が身可愛さに弱い者を犠牲にすることにさして悪びれることすらもなくなっている。
いや、もしかしたら数少ない人間はそのことに違和感を覚えていても、そこから抜け出せないでいるのかもしれないが。

神様は正直、自分の課題を葬り去りたいくらい困惑していた。
人間がまだ幼く数少なかった頃は、試練という課題を送りそれを達成させてあげていた。そうすることによって徐々に進化し、文明ができあがっていった。そして紀元1年からは人数も増え成長したからと自由に放任していた。あれから2000年。たった2000年しか目を離していなかったのに、こんなに何度も大戦争を起こし、その後平和になっても傷つけあうことになろうとは、思ってもみなかった。
中でもどういうわけか、世界でいちばん平和で四季があって過ごしやすい国が、いつもいつでも暗いオーラでおおわれている。それはとてもジメジメした色で、無知からくる嫉妬や誤解に溢れ、無駄な仕事を強要させられる空しさ・怒りと悲しみ。そしてわずかな人間たちの私利私欲と、忙しすぎて考える余地もない弱き者の閉塞感と息苦しさでいっぱいだった。
その国に住んでいるソラという女性の空の人が、次に自死するような気がしてならない。今はまだそんな気持ちはないようだが、将来を想像するとどうしてもそう思ってしまう。神様は、ソラを可哀相に思い、せめて他の国の人にさせてあげようと考えた。他にも、心が疲弊してきた空の人々を救うべく新たな手段を考えるつもりだ。いつしか神には、間違った欲にかられ傷つけあう人間よりも、素直で素晴らしい性質を持った空の人の方が孫のように可愛く思えてきていたのだった。

つづく