(最低気温24.7℃ 最高気温31.4℃)
だだ今、自己嫌悪の、臨界点突破に、メルトダウンと、
複数の竜巻と同時に、ダウンバースト、ビッグバーンにブラックホールと、
関係のない、過去の事まで、巻きこんで、大型化した台風の様な、
感情を、制御できない状態です。
落ち着くまで、ブログの更新を、御休みする事にしました。
(最低気温24.7℃ 最高気温31.4℃)
だだ今、自己嫌悪の、臨界点突破に、メルトダウンと、
複数の竜巻と同時に、ダウンバースト、ビッグバーンにブラックホールと、
関係のない、過去の事まで、巻きこんで、大型化した台風の様な、
感情を、制御できない状態です。
落ち着くまで、ブログの更新を、御休みする事にしました。
人が聞いたら、くだらない悩み事ですが、私にとっては、命に係わる悩みかも‥て大袈裟?
ご近所の奥様達との、お楽しみ会‥ 3月に、日帰り旅行に、行く事になった。
一緒に行く、奥様方は、60~50才代と、私より、うんと、年長だが、丈夫な方ばかり‥
せっかくのお誘いなので、参加すると、返事をしたのは良かったが‥
京都 ~梅園を見て、日が暮れてから、東山で町並み散策 と、旅行の内容を聞いて
‥ど‥どうしょう~ 3月の京都、絶対、寒いぞ!!
梅園散歩や、日の落ちてからの、外歩きなんぞした日にゃ‥私など、
風邪引いて、寝込むくらいで済めば、良い方です。
まず、荷物は、当然、軽くしたい、
それから、服は、何を着て行こう?‥
現地までは、新幹線‥市内観光は、「ツアーの貸切バス」 だと言うから、
どちらも車内は、初夏の陽気でしょう‥
しかし、外へ出たら、冬と一緒‥昼間の梅園と言えど、風が有れば冷えるし、
日が暮れてからの、2時間弱の、町並み散策は、絶対、寒いだろうな‥
暖かいのは、良いけれど、寒いのは、とにかくダメ、体に負担が、かかり過ぎる、
もともと、弱い心臓にも良くない、自分で、分かり切ってる。
以前、婦人会の役員の打ち上げで、3月の夜に、
地元のレストランに、食事会に出かけた事があったけど、
裏地に、ムートンの毛皮付きコートで、丁度よかったくらいに、寒かったっけ‥
だいたい、京都の3月の気候気温が、想像できない~と、
ネット検索‥したら、2月現在、の京都の気温はかなり低い‥(悲鳴)
服装は、脱ぎ着出来る、Tシャツと、セーターを、重ね着して、
ズボンで、毛皮のコートって、変かしら?
" 妹が、買って送ってくれた、ダウンのハーフ・コート‥
せっかく送ってくれたのに、サイズが‥
肩幅がちょっと、小さかった‥‥ くっすん "
妹には、「あんた、服、着過ぎじゃないか?私は、下着1枚+上着1枚に、コートだぞ!」
と、言われ‥
家族に話したら、「まだ一ヶ月も、先の話じゃないか」 と、大笑いされた、
見た目には、一見、健康そうに見えても、人並みの体力が無いから、困ってるのに‥
たとえば、一緒に出かける皆さんが、妹の言う、程度の服装で、1日平気な寒さでも、
私の体力では、その服装で1時間も、外にいたら、風邪を引くのは、間違いない‥
当分は、世間の皆様から見たら、極めて下らない、平和な?悩みが、続く予定です。
(最低気温24.6℃ 最高気温31.1℃)
朝靄が深い‥肌にミストが触れると気持ちいい。日が昇ると、太陽柱が、見られた。
昨日からの、痛みが治まらない。朝の支度も洗濯を干すのも出来なかったが、
お昼近くなって、やっと少し落ち着いたので、今の内にと、昼の支度をしに、起きだした。
「痛くないなら、やってもらわにゃ年寄りには、豪くてかなわん、」
‥はいはい、さようですね‥
午後、実家に電話する。
昨日、電話したのだが、父が畑に出かけていたので、母にしか話せず、
「わしじゃ、上手くお父さんに説明できんといかんで、又、お父さんに電話して」 と言うのだ。
電話して、結果を説明すると、父は、いきなり、「病院の方角は、どっちだ?」 と、言う。
「??東だけど南‥南と言うよりは、東‥かなぁ?‥」 と、答えると、
「そんなに、深刻に、落ち込む事は無い、お前は、今年の9月の月と、南東の方角は、
最高の運気だで、絶対大丈夫だでな。」 と、言うのだ。
「うん、日和も最高の仏滅だよ。何事にも、穏やかな吉日だってさ‥」(笑)
「其処は、お祖父さんが、夢で見た、お告げの場所だで、悪い事ばかりのはずは無いでな」
そう、私の結婚が中々決まらなかった頃、祖父が、有る 「夢」 を見た。
何処かは、もちろん、分からない。
その家の、表に出ると、すぐ、足元にキラキラと水面が見えた、振り向くと、
家の背後には、小高い山が、連なっていたのだと言う。
そんな、場所でないと、私は、「片付かない(嫁に行けない)」、と言うのだ。
ある夏の日、セールスにやって来た、銀行員を、父が、良い縁談は無いかと、からかった。
その、銀行員は、なんと、ダンちゃんの従兄弟に、ダンちゃんの縁談を、頼まれてたのだ。
それが元で、ダンちゃんと、お見合いする事になり、初めて、この家に来た時、
私は、祖父のこの 「 夢 」 の話を、すぐ思い出して、内心、驚いたものである。
そのまま、仲人のその銀行員に、押し切られ‥話が決まってしまったのだ‥。
( 一方、ダンちゃんは、この仲人に、「騙された~ぁ!!」‥と、主張している‥笑 )
だから、「お祖父さんの加護を信じて、そんなに、悲観するな‥」 と、言うのだ。
どんなに、心配していても、自分では、どうする事もできない父親が、
精一杯、私を安心させたいと、思う気持ちに、
つい、ポロリ、涙声になるのを、こらえるのが精一杯。
手術の日程も決まってしまったのだ、後は、手術して下さる、医師の方々に頼るしかない、
今は、手術への、自分の、体力維持を、一番に考えようと思う。
夜になっても、ベソ泣きの私に、ダンちゃんが‥
「カメなら、また捕まるから‥」 と言う。
『違が~うぅ!そう言う問題じゃない~っ!!』 と、しゃくり上げながら、首を振る。
なんで、涙が止まらないんだろう、後悔?自責?カメ達が、可愛かったから?
ベットに、横になってからも、『 なんで?』 の疑問を繰り返す。
私は、日々、魚や、鳥、牛ブタと、様々な、動物の肉を食事と称して、調理するが、
その、魚や、動物、野菜(植物)に対して、
『ごめんね、痛かったね、苦しかったね‥』 などと、泣いた事はない、(と思う‥‥)
結局、自分が関与して、命を奪ったと言う、責任から逃れるために、
『 私は、悲しんでいるのだ 』 と言う、エ ゴ なのでは無いのだろうか??とも‥
様々な、命を喰らい、地球と言う母なる惑星さえも、日々貪り喰らう、
私はそんな、人間と言う、害獣の一匹にしか過ぎないのだ。
(飛躍しすぎ?でも、事実だは‥)
そんな私だが、せめて、今しばらくは、
可愛い仕草で、私を楽しませ、和ませてくれた、カメ達に、
感謝の涙を送ろう‥