(最低気温25.2℃ 最高気温35.2℃)
ま~ぁ しっかり、寝坊よ~
午前中は、こんな具合で、薄い霞んだ雲が広がり、
時々、飛行機雲が、やはり薄く霞んで見えていました。
夕方、「まだ、35℃有るよ‥」 と、言うダンちゃんに、
草取りサボろうかな~と思いつつも、着替えて外に出たら、
何とまぁ‥環天頂・アーク が、薄く、見えているではありませんか。
ピーク時で、こんな感じ~
一通り撮影してから、草取り開始。
幻 日 も薄く現れました。
夕焼け、オレンジの空に、
上部タンジェント・アーク が、見えました。
日が沈み、茜に焼けるのを期待したのですが、
かわりに、薄明光線 が、V 字状に、長く伸びて見られました。
石 斛 の中には、矢(軸)から、新しい芽が出て、成長する物が有ります。
本来、花芽になるはずの芽が、何らかの要因で、葉芽に変化した物で、
「高 芽」 と、呼ばれています。
「高 芽」 になりやすい、品種や、成長の早い物、遅い物、色々有りますが。
この「熊(くんま)産 ピンク」 は、随分、成長が早くてビックリしました。
普通に伸びた新芽と、変わらない成長ぶりです。
黄色で囲った部分で、カットして、ミズゴケに、植え込みました。
こちらは、「伊豆産 薄ピンク」 それぞれ、一本づつ、高芽が有ります。
親の古矢を、少し付けて、切り取り、植え込みました。
これだけ、成長していれば、上手くすれば、来春に、花が咲くかも??
(最低気温26.1℃ 最高気温31.4℃)
終戦記念日ですね。
私の大叔父は、ガダルカナルで、戦死しています。
実家には、出征前に撮影された、写真が、額装して、飾ってあります。
小さな頃から、祖父や父に、耳にタコができるほど、
戦時中の話を聞かされて、育ちました。
中には、とても、不思議な話も、有りました。
有る朝、祖々母が、祖父(長男)に、
「昨夜、博(二男)が、枕元に立った、あれは戦死したで、
知らせが有っても、聞きたくないでな‥」 と、つぶやいたそうな。
しばらくして、戦死の知らせと、遺骨の変わりに、
大叔父の壊れた腕時計が入った、桐の箱が届いたそうな。
仏壇の正面に、置いて、葬儀の準備をしている時、
父、(昭和6年生まれ)が、妙な、音に気が付いた、
『チッチッチッチッ‥』 と、規則正しく鳴る、まるで、時計の秒針の動く音‥
時計は、壊れて止まっているし、腕時計の秒針の音など、
離れていては、耳に届くはずもないのだが、たしかに聞こえる。
「博叔父さんの、時計の音がする!」
最初は、皆、「ま さ か」 と言う、顔を突き合わせたが、
耳を澄ますと、確かに聞こえてくる。
祖々母が、「博の霊が、もどってきとるんだは‥」と、言うと、
「おい、お前(父)が、悪戯しとるだにゃあか!」 と、祖父の従兄が言ったとたん、
突然、仏壇中央から聞こえていた、その音が、
別の場所に、移動して聞こえはじめたそうで、
祖父の従兄も、ビックリして、
「うわあぁぁっ! 疑ってすまん、わしが悪かった、」 と、仏壇の前に平伏。
それ以降、空襲が有るたび、30分前になると、
その、「チッチッチッ‥」 と、鳴る秒針の音が、する様になった。
祖々母が、「重子(大叔父には妹)の所にも、知らせてやってくれ」 と、
言うと、嫁いだ先の家の仏間からも、その音が、響いたそうである。
大叔父の守りのお陰か、実家も、大叔母の嫁ぎ先も、
戦時中には、長さ、3mも有る、爆弾の直撃を受けたが、
実家では、一発が、裏の柿の木に引っ掛かり、
二発目が、表庭に、家具を梯子にくくって、置いてあった上に落ちて、
不発‥
真下には、防空壕に避難が遅れた、祖母たちが身を伏せていた。
大叔母の嫁ぎ先は、屋根を突き破って、梁に引っ掛かり、やはり不発。
こんな話は、実際に経験した人から聞きでもしないかぎり、
作り話にしか思われないだろうな‥
会った事さえ無い、大叔父だが、妙に身近で、良く知っている気になるのも、
祖父や、父が、何かにつけて、「我が家の歴史」と、
称して、話して聞かせてくれたからかも知れない。
霧で、霞んでおりました。
斑雲が、広がる。
お昼と、夕方に、にわか雨が降りました。
虹は、見られず、残念~。
太 陽 柱 が、短いながらも上下に伸びて、ダルマさん状態。
夕焼けも、真っ赤にそまりました。
オ マ ケ
カリンの抱っこ
普通に、両腕に、抱っこさせてくれない、
片腕を、腹の下へ回し、すくい上げる様に、抱え上げる、
手足を、ダラ~ンと、している、この格好、『 辛くないかしら?』 と思うのですが、
このスタイルだと、何故か、暴れもしなくて、
長時間、吊るされてても、割に、大人しいのです。
でも、片腕で、4kg は、少々重い~