(1990年のツーリング日誌より)
09:10 062.8 YH 出発
インターフォン越しに
「行ってらっしゃい。」と言って貰って出発。
白米千枚田(段々畑ならぬ段々田んぼ)
揚げ浜塩田
曽々木海岸を 走りながら見た。
曇っているが 遠く水平線の方向は 晴れていてよい。
波が荒くて 岩にぶつかって 飛沫をあげている。
これを波の花と言うのだろうか。
国道なのに 車は殆ど走って居ない。
のんびり走りながら見る荒海は 私のイメージ通りだ。
太陽が 顔を覗かせないので 少し寒かったが(ジャケットの下はTシャツなので) 能登半島の先端の 禄剛埼(ろっこうさき)に近付くに連れて 晴れて来た。
10:10~11:00 111.4 禄剛埼 到着
快晴になった。
「日本列島ここが中心」と書かれている。
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車も通れる登山口の右側の店にバイクを停めて そこからは歩いて灯台へ。
往復15分と書いてある。
上は広くなっている。
最高の天気になり 白い灯台が とても美しい。
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佐渡も見えるそうなので あれがそうかなあ、と ひとりで思う。
三脚を下に置いて来たので 適当な場所にカメラを置いて 写真を撮った。
帰りは もうひとつのルート 階段道を降りた。
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バイクを停めさせて貰った店で 心太を食べた。
酢醤油の醤油が効いていて美味しい。
昨日 赤ちゃんが生まれたお祝いで貰った、という餡餅を貰って食べた。
この辺りでは 結婚などめでたいことが有ると 餅を配るそうだ。
その店の おばさんの話では この辺りは 昭和12年頃までは 冬は大雪だったそうだが 地球の温暖化で 今は 2月中に1回雪が降るかどうか位に 降らなくなったそうだ。
また 昭和38年までは 灯台守が居て 3~4世帯の官舎が上にあって(確かに上の空き地は広かった) そこの子供達は この店の前にあった小学校に通っていたそうだが 今は子供の数が減り 廃校になってしまったと言うことだ。
昔の映画「喜びも悲しみも幾年月」に 灯台守の大変さが よく出ていたが 実際そうだったろうと思う。
おばさんの息子さんも 名古屋で250ccのバイクに乗っているそうで バイクのことを よく知っていた。
外まで出て 見送ってくれた。
恋路海岸 九十九湾などを見ながら ずっと海岸線を走った。
海岸線が入り組んでいるので 面白い。
13:00 198.5 給油
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内浦は 海なのに 島が沢山あって 走っていて 水平線が全然見えない所がある。
09:10 062.8 YH 出発
インターフォン越しに
「行ってらっしゃい。」と言って貰って出発。
白米千枚田(段々畑ならぬ段々田んぼ)
揚げ浜塩田
曽々木海岸を 走りながら見た。
曇っているが 遠く水平線の方向は 晴れていてよい。
波が荒くて 岩にぶつかって 飛沫をあげている。
これを波の花と言うのだろうか。
国道なのに 車は殆ど走って居ない。
のんびり走りながら見る荒海は 私のイメージ通りだ。
太陽が 顔を覗かせないので 少し寒かったが(ジャケットの下はTシャツなので) 能登半島の先端の 禄剛埼(ろっこうさき)に近付くに連れて 晴れて来た。
10:10~11:00 111.4 禄剛埼 到着
快晴になった。
「日本列島ここが中心」と書かれている。
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車も通れる登山口の右側の店にバイクを停めて そこからは歩いて灯台へ。
往復15分と書いてある。
上は広くなっている。
最高の天気になり 白い灯台が とても美しい。
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佐渡も見えるそうなので あれがそうかなあ、と ひとりで思う。
三脚を下に置いて来たので 適当な場所にカメラを置いて 写真を撮った。
帰りは もうひとつのルート 階段道を降りた。
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バイクを停めさせて貰った店で 心太を食べた。
酢醤油の醤油が効いていて美味しい。
昨日 赤ちゃんが生まれたお祝いで貰った、という餡餅を貰って食べた。
この辺りでは 結婚などめでたいことが有ると 餅を配るそうだ。
その店の おばさんの話では この辺りは 昭和12年頃までは 冬は大雪だったそうだが 地球の温暖化で 今は 2月中に1回雪が降るかどうか位に 降らなくなったそうだ。
また 昭和38年までは 灯台守が居て 3~4世帯の官舎が上にあって(確かに上の空き地は広かった) そこの子供達は この店の前にあった小学校に通っていたそうだが 今は子供の数が減り 廃校になってしまったと言うことだ。
昔の映画「喜びも悲しみも幾年月」に 灯台守の大変さが よく出ていたが 実際そうだったろうと思う。
おばさんの息子さんも 名古屋で250ccのバイクに乗っているそうで バイクのことを よく知っていた。
外まで出て 見送ってくれた。
恋路海岸 九十九湾などを見ながら ずっと海岸線を走った。
海岸線が入り組んでいるので 面白い。
13:00 198.5 給油
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内浦は 海なのに 島が沢山あって 走っていて 水平線が全然見えない所がある。
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