優等生だったドイツがここまで「凋落」したなぜ それでも政府には危機感がない不思議
2024/12/25 06:20様記事抜粋<
ドイツの凋落は止まらないのかーー。12月20日午後7時頃、ドイツ東部でクリスマスマーケットを訪れた群衆に車が突っ込み、子どもを含む5人が死亡、230人以上が負傷するテロが起きた。クリスマス前の大悲劇にもかかわらず、いまだに事件の全容は解明されていない。
この混乱は今のドイツの衰退をそのまま表すものだ。GDP成長率の鈍化に加え、ロシアの天然ガス依存からの脱却や原発ゼロで不安定化したエネルギー供給、自動車産業のEV戦争での劣勢、加速化する少子高齢化、DXの遅れとハイテク人材不足、規制で新規ビジネスが育たない硬直化した環境……さらに、そこに連立政権崩壊が追い打ちをかけている状態にある。
30年前のフランスの状況にそっくり
この現象、30年前にフランスで聞いた現象とそっくりだ。当時、スタートアップ企業がアメリカ経済をけん引し、今ではそのスタートアップ企業だったGAFAMのビッグテックが世界経済を動かしている。
経済停滞が深刻化したフランスで論じられていたのは、ミッテラン左派政権で巨大化した政府による管理社会の硬直化をいかに脱するかだったが、今のドイツでは同様の議論が持ち上がっている。
フランスがその課題を克服したとは言えないまでも、ドイツの衰退に影響を与えていることは間違いない。ドイツの強みは強力な経済基盤、日本同様のものづくり大国としての技術力、優秀な人材と国際的信頼度だが、ショルツ首相の不人気は、これらの課題に対して極めて古い観念を維持していることだ。
その象徴が11月6日にリントナー財務相を解任したことだった。今回の混乱の主因となったのは、連立政権内の対立で来年度予算成立が見通せない状況に陥ったことにある。
そもそも3党連立の一角をなしていたリントナー氏の自由民主党(FDP)は、経済リベラルを推進する党で、ショルツ氏の社民党や環境政党の緑の党のような左派とは異なっていた。
連立政権が発足した後、彼らが実行したのは原発との完全離脱だったが、そのため、原発よりCO2排出の多い石炭発電を残す極めてイデオロギー的決断を実行したが、ウクライナ紛争で左派政権は追い詰められていった。同時にメルケル前政権の置き土産だった大量に受け入れた移民の同化政策で苦戦を強いられた
政府も今回のテロに当惑
連立政権崩壊の矢先、冒頭の通り、ドイツ東部ザクセン・アンハルト州の州都マグデブルクで悲劇が起きた。クリスマスマーケット襲撃テロは今回が始めてではないが、なぜマーケットへの車の乗り入れをできなくしていなかったのか当局への非難の声は高まっている
多くの人が犠牲になったクリスマスマーケットでは多くの人が花をたむけている(写真:ロイター/アフロ)
国民だけでなく連邦政府も、今回のテロに当惑している。車を運転していたサウジアラビア出身で同州在住の精神科医師の男(50)は単独犯と見られ、10月まで地元当局が危険人物として連絡を取っていたことがわかっている。ではなぜ、テロ行動を察知し阻止できなかったのかというと、男はイスラム教をやめ、無神論者となり、サウジ批判を繰り返していたからだった。
通常、規模の大きなテロでは背後に組織や集団の支援があるのが普通だが、無神論者の反イスラムの男は孤立していた。SNS上に発言を繰り返していた男は、イスラム聖戦主義者でも過激主義者でもなく、サウジや在独イスラム教徒を相手に過激な投稿を繰り返し、男は多くの名誉棄損の訴訟を抱えていた。つまり、国家に脅威を与える人物とは見なされていなかったために、特別監視対象ではなかった
それにクリスマスマーケットを襲うのは通常、イスラム聖戦主義者だが、男は反イスラムの無神論者だった。ヨーロッパではイスラム聖戦主義過激派や反ユダヤ主義過激派、極右過激派は当局が各国と連携し監視を続け、情報交換もしており、テロ計画の多くが事前に阻止されている。しかし、犯人はその対象外にいたということだが、政府は強く批判されている。
事件後、反移民のポピュリズム政党、ドイツのための選択肢(AfD)は事件の起きたマグデブルクで、事件を政治的に利用した反移民集会を開く一方、事件を追悼する市民集会も開かれた。
いずれにせよ、移民が招いたテロの悲劇に対して、キリスト教徒は異質の価値観を持ち込む移民の同化政策がうまくいっていないことへの政府への怒りは収まるどころを知らない
ドイツでテロを突き止めにくい理由
フランスであれば、同様なテロが発生すれば、政府の管轄は内務省で、同省傘下の国内治安総局(DGSI)が国家警察特別介入部隊(RAID)などを指揮しているが、連邦制をとっているドイツでは、連邦政府の内務・国土相のナンシー・フェーザー氏の責任論は浮上していない。同氏も男の危険性を把握していなかったことへの謝罪はない。
治安管理は各州政府が行うもので、連邦政府は国民の不安払しょくに努めることを第一義とは考えていない。しかし、テロ犯罪は州をまたいで行われる確率が高く、連邦政府の役割が大きいはずだが、村社会的体質の強いドイツでは各州政府の自治権が大きい。そのため、コロナ禍では保健政策が各州で異なり、対応の遅れと不一致が露呈した。
今回のテロ事件では、州と連邦が権限を分け合う競合的連邦制を採用しているため、責任の所在が不明確で州が独自の立法法や行政権を持つため、治安対策実行の効率性が妨げられていることが指摘されている。
実際に子どもの犠牲を含むテロが発生したにも関わらず、いまだ解明されていないことが多いのも国全体で問題を把握することが行政の連邦と州政府の二重構造によって困難が生じている側面も否定できない
ドイツはさらに東西ドイツ統一以来、最大の危機に直面している。それを実感しているのはドイツのビジネスマンたちだ。
ドイツ経済は停滞が5年も続き、新型コロナ禍前の成長トレンドが維持された場合と比べ、今や5%も縮小している。ロシア産の安価な化石燃料が得られず、フォルクスワーゲン(VW)とメルセデス・ベンツグループが中国勢との競争で悪戦苦闘している
与党議員には危機感は感じられない
ヨーロッパ版ブルームバーグはドイツの「国家の競争力低下は、全世帯が年間約2500ユーロ(約40万円)の損失を被ることを意味している」と指摘する。
ドイツ連邦議会(下院)で16日、ショルツ首相の信任投票で不信任が信任を上回った。首相の敗北に伴う解散・総選挙は国家再生の大きなチャンスと見られるが、ショルツ氏を含む与党議員の危機感はほとんど感じられない。
筆者は、危機感のなさはドイツの政治家の過信にあると見ている。それが証拠に来年2月の総選挙に向け、指導部選出は代わり映えがせず、国家が直面する衰退局面に対する懸念の声は政治家からは聞こえてこない。
肌で感じにくい、いわゆる「緩慢な衰退」が始まっているということだ。今回のテロは危機感を目覚めさせるものだったが、経済の重心は確実にアジアに移行
現在のドイツには、ベルリンの壁崩壊後の統一によるドイツの再生に取り組んだ時のような国民の結束はない。移民問題をめぐって分断され、ポピュリズム政党が確実に勢力を伸ばしている。世界的に評価の高かったメルケル前政権だが、彼女が進めたロシア、中国への東方政策は、今となっては大きな誤算だった。
危機感の薄さは日本も似ている?
来年2月で次期政権を担う最有力政党のキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首の打ち出す政策は、直面する危機的状況打開に向け、どこまで社会保障負担を減らし、小さな政府実現につながるか経済界は疑問視している。
それに対中国の経済対策で目に見えた政策が打ち出されておらず、「手遅れ」感もある。緩慢な衰退、平和ボケ、政治の停滞は敗戦国、日本にも類似性があり、危機感のなさまで似ている。
イデオロギーに固守する左派は自らの不人気について自覚症状がなく、さりとて中道右派もドラスティックな改革を行う手段を持っていない。誰がドイツを救い、ひいてはヨーロッパを救えるのか、いまだ答えは見えていない