すぐに店長を呼べ。クビだ!」ユニクロ柳井正がブチギレた緊迫現場「抜き打ちチェック」がしんど過ぎて涙目になる
配信様記事抜粋< ユニクロを運営するファーストリテイリングは、2024年9〜11月期の連結決算で純利益を前年同期比22%伸ばし、2年連続で過去最高益を記録した。会長兼社長の柳井正氏が確立した「抜き打ちチェック」の体制とは? 「監視」が労働にもたらす2つの影響について紐解いてみよう。(イトモス研究所所長 小倉健一氏)ユニクロ柳井氏が大声でブチギレ 「すぐに店長を呼べ。クビだ!」と大きな声を張り上げて激怒したのが、ユニクロを運営するファーストリテイリングの代表取締役会長兼社長の柳井正氏だ。 怒りの現場の模様は、横田増生著『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋社、2011年)に詳しい。同書では、他にもユニクロの内部監査の厳しさが事細かに描かれており、柳井氏がいかにユニクロ店舗のクオリティーのチェックを念入りにしていたかがよくわかる。 アナリスト、エコノミストといった職業と、実際の経営の一番の違いは、こうした内部チェックに表れるのではないだろうか。 マスコミが政府や企業を評価する際には、売り上げ、利益、成長率など数字にばかり目がいくものだ。どんなに無能な経営者であっても、例えば資源高によって運よく莫大な利益を得れば賞賛されるのがマスコミの現実であり、過酷な環境下(例えば今の紙の雑誌業界)で部数を微減にとどめるという奇跡を起こしても賞賛を受けないものだ。
同様に、営業成績が上がっているだけでは、その人物が仕事をきちんとしているのかはわからない。日頃の業務をチェックする必要があろう。 今回は、どうすれば業務の正当な評価をすることができるのかについて述べたい。個人的な経験から話をしてみよう。
● マイクロマネジメントの向き・不向き 私は3年ほど前まで雑誌プレジデントの編集長を務めていた。部下の人事評価については色々と考えることも多かった。編集部員の仕事ぶりは誌面に反映されるため、10年以上プレジデントを制作してきた経験から、その人物の実力や取材内容は完成品を見れば理解できると考えていた。 プロセスにはあまり口を出さず、結果を重視する姿勢をとっていた。雑誌の売れ行きは特集テーマとタイトルでほぼ決まるため、誌面の完成度に多少のばらつきがあっても目をつぶる方針を取った。方向性を共有する程度で十分と考え、詳細な指示を控えていた。
編集部員の評価は、主に提案される企画と誌面での実績に基づいて行われた。インタビューやスクープなどの成果物が誌面を飾れば、それに応じて仕事量が増える仕組みであった。 マイクロマネジメントは避け、こなしたページ数を確認することで仕事の質を測る方法を採用していた。評価基準を明確にすることで、編集部員のモチベーションを保ちながら業務を進めていたわけだ。 他方、かつて高収益であったプレジデントの強みは広告収入にあった。プレジデントの広告営業は出版業界で積極的かつアグレッシブな姿勢で知られていた。広告営業の強みが雑誌全体の成功を支える重要な要素となっていたのだ。職種特有の困難があり、編集部の取材活動とは性質が異なっていた。 編集部の取材は喜ばれる場面(批判記事であっても、それを喜ぶ人は一定いる)が多い一方で、広告営業は迅速な収益化が求められ、厳しい環境であった。広告主との交渉や提案、値引き要請など細やかな対応が必要であり、調整能力が求められる職務であった。
営業部では上司と現場が一体となって動き、細部まで徹底的に管理されていたようだ。日報の提出が求められるなど、編集部とは異なる文化が存在していた(編集部では誰が何をしているのかさっぱりわからない。ホワイトボードには嘘ばかりが書いてあった)
「監視」がもたらす2つの重要な効果 営業部の業務は緻密さを要し、時間的にも精神的にも厳しい負担がかかるものであっただろう。編集部の自由度の高い働き方とは対照的な環境であり、両部門の文化の違いが際立っていた。 編集部と営業部はそれぞれの役割を果たしながら、雑誌全体の成功を目指して活動していた。異なる文化を持つ部門が協力することで、プレジデントは独自の強みを発揮してきたわけである。 今や雑誌不況が吹き荒れていて、同社の厳しい状況も漏れ伝わってくるが、かつてのプレジデントは雑誌制作において編集と営業が補完関係にあることを実感しながら、黄金期をつくりあげていたわけだ。 仕事の仕方、評価の仕方において、業務内容によって全く違うということがよくわかる。では、全ての職種に通じるような、評価の仕方、仕事の仕方はないのだろうか。 少し古い研究なのだが、後の経営学に多大なる影響を与え、数多(あまた)の引用をされたチューリッヒ大学の論文に『モニタリングは労働努力を高めるか? 信頼と忠誠心のライバル関係』(1993年)がある。 論文の前提となっているのが「プリンシパル・エージェント理論」。管理する側と働く側の関係について説明した理論だ。働く側は、自分の利益を優先することが多いため、できるだけ少ない労力で仕事を終わらせようとする傾向がある。 働く側が本気で働くようにするために、管理側は監視や罰則、報酬を利用することが多い。しかし、これらの方法がいつも上手くいくわけではない。 「監視」には2つの重要な効果があるという。 1つ目は規律効果である。規律効果とは、監視を厳しくすることで働かないことによる罰則が強くなり、結果として働く側がもっと努力するようになることである。この効果は、管理する側と働く側の関係があまり個人的ではなく、お互いの感情が影響しない場合に特に強くなる。
監視で「やる気」が奪われるケースも もう1つは抑制効果である。抑制効果は、監視が強まることで働く側が「自分は信頼されていない」と感じ、やる気が下がってしまうことである。 こちらは、信頼を重視する関係や、働く側が自分の意見や判断を大事にしている場合に発生しやすい。監視によって働く側が「自分の評価が下がった」と思ったり、「自分の自由が奪われた」と感じたりすると、やる気がさらに失われることがある。 管理する側が効果的に働く側をサポートするには、状況に合わせて監視の方法を変える必要がある。働く側の気持ちや関係の特徴を理解しないと、かえって悪い影響を与える場合がある。 同理論をもとに、1985年にオランダで行われた調査では、中規模企業の管理職116人が対象となった。従業員数が数百人から3万人を超える企業が含まれ、さまざまな業界が対象となっている。研究は、監視(チェック)と労働努力の関係を明らかにすることを目的として行われた。 研究では、親会社が子会社の管理職をチェックするケース、子会社の経営者が管理職をチェックするケースで効果がはっきりと分かれた。 モニタリングを行う人が誰であるかによって効果が変わることが分かった。 親会社がチェックを行う場合は、親会社と働く人の間には個人的な感情が関わりにくい。このような状況では、チェックを強化すると労働努力が増える規律効果が強く現れる。チェックが強化されると、労働時間が増える傾向が統計的に確認された。 最高経営責任者(CEO)が管理職に対してチェックを行う場合は、個人的な関係が強いと考えられる。管理職とCEOの間には信頼関係が重要になるため、チェックが強化されると抑制効果が働いた。これにより、労働努力が減る傾向が見られた。統計的にも、負の影響がはっきり示された。 研究では、働く人の努力にチェックが与える影響は、状況によって大きく変わることが明らかになった。
ユニクロ柳井氏が激怒したワケ 抽象的な関係ではモニタリングが効果的であるが、個人的な関係では信頼が損なわれることで逆効果になる場合が多い。部下の働きぶりをチェックする際には、働く人との関係性や状況に合わせた適切な方法を選ぶことが重要である。特に、信頼が大切な関係では慎重に対応する必要がある。 論文を踏まえて、冒頭の横田氏の著作に戻ろう。冒頭に引用した部分を少しだけ詳しく引用してみる(詳細は同書を読んでほしい。ユニクロ経営の実際が非常によくわかる良書である)。 《店舗数が増えれば、柳井自身が、全店舗を見てまわることはできなくなる。そこで生み出されたのが、〈内部監査〉というチェックシステムだ。本社からの監査員が毎週、抜き打ちで店舗をまわり、店舗の写真や金銭管理の帳面などをつぶさに写真に撮って本社に送ることを指す》 《数年前までは、柳井がこの内部監査の会議に立ち会い、棚の陳列が荒れていたり、掃除が行き届いていなかったりすると、「すぐに店長を呼べ。クビだ!」と大声を上げることも少なくなかったという》
柳井氏のチェックは、先ほどの論文で効果をあげている「個人的な感情が関わりにくい」ものであることがわかる。現場はしんどい思いをしながらも、監査の効果を上げていることが推察される。 上司が部下の働きぶりを評価する際は、個人的な感情や信頼関係が入り、かえって生産性を下げてしまう可能性がある。何らかの数値目標や外部の客観的な視点を評価に取り入れる必要がありそう