ジャパニーズ・ウイスキー転売で「ロレックス」を買う 年間1000万円を稼ぐ会社員の話様記事抜粋<
推しグッズに限定品、発売前から人気の新商品――需要が供給を上回ると見れば、品目を問わず大量に買い占めては高額で売り飛ばす。それが「転売ヤー」だ。現代社会の新たな病理となりつつある彼らは、いったいどれぐらいの利益を得ているのか。 【写真を見る】「ロレックス入手のために必死すぎ!」 ジャパニーズ・ウイスキーの驚愕の入手経路
酒類販売業免許を持たずに、希少で高価な酒の転売を繰り返す一人の男性。彼が最終的に手に入れたかったものとは――奥窪優木氏が転売ヤーたちに密着した『転売ヤー 闇の経済学』は、その巧妙な手口を追っている。(引用はすべて同書より)【前後編の後編/前編を読む】
コロナ禍で裾野の広がった外商顧客
ちなみにネット上には、外商顧客に関する記事がいくつもある。「一般人が1万円を使う感覚で100万円を使う」とか、「値段を聞かずに購入を決める」などと、「知られざる世界」として描いているものも多い。 田中はタワマン住まいとはいえ、年収は1000万円程度の会社員だ。共働きの妻の年収も加算すれば十分に「勝ち組世帯」の水準ではあるが、超富裕層と呼べる程ではないことは確かである。 では、百貨店Aはなぜ田中を外商顧客として受け入れたのだろうか。背景には、百貨店業界が抱える事情があった。 業界用語では、外商顧客は「帳場客」と呼ばれる。 かつて、百貨店Aでは原則として、年間100万円以上の購入実績が3年以上続いている顧客を帳場客候補として招待状を送付していた。そのハードルが2021年に見直され、購買力の伸び代がある45歳以下の顧客に限り、年間の購入額が50万前後であっても、インビテーションの対象とすることとなったのだ。 きっかけは2020年に始まったパンデミックだ。緊急事態宣言などによる人流の制限、時短営業や休業、爆買い中国人をはじめ外国人観光客の入国がストップしたことなどが響き、2020年における全国の百貨店の売上は、前年比25.7%減にまで急激に落ち込んだ。その後は回復基調にあるものの、2023年の時点でもコロナ禍以前の状況にまでは戻っていない。 そうしたなか百貨店Aでは、外商顧客からの売上を向上させることで、この難局を乗り越えようという経営方針が打ち出された。
田中は、百貨店発行のクレジットカードに登録した年齢や利用履歴から、インビテーションの対象になったものと思われる
売上ノルマに貢献する転売ヤー
全国の百貨店が抱える外商顧客は、一説によると250万世帯。そして彼らが、百貨店売上の2割前後を占めているともいわれている。しかし百貨店Aは、外商部門の売上は全体の15%ほどにとどまっており、その強化が長らく課題とされてきた。 外商顧客の対象拡大と同時に、百貨店Aが取り組んだのは、帳場客1人当たりの購入額の増加だ。外商部員たちには月800万円の「努力目標」という名の売上ノルマが課せられた。一方で、月1000万円を上回った部分に対しては、4%を乗じた金額がインセンティブとして支払われる。 一口に外商顧客と言ってもその購入金額はピンキリだ。石田が勤務する店舗の外商顧客は約6万人。しかし、その半数は1年以上にわたってほとんど取引のない「幽霊顧客」だ。一方で、購入金額上位10%の顧客は、外商売上の8割を占めている。 入会したばかりの顧客に「ご挨拶」として電話をかけ、先方の好みに合致する商品をさりげなく紹介する。対面営業が控えられていたコロナ禍には、これが石田の基本業務だった。 自ら積極的に連絡を寄越してくる田中のような顧客は、売上に貢献してくれそうな「有望株」だった。酒類の仕入れ担当者に連絡を密に取り、限定販売品や入手困難品の入荷があれば外商に回してもらえるよう、依頼した。酒類売り場側も、希少酒は抽選販売などを行うことで集客につなげたいという思惑があるため、そのすべてを譲ってくれるわけではない。また、同じく希少酒を所望する顧客を持つ別の外商部員が先に在庫を押さえてしまうこともあるため、情報力と交渉力がカギとなる。 石田は、毎月1~2回のペースで、確保した希少酒について田中にメールで知らせるようになった。 石田からみると、田中が選ぶ商品にはパターンがあった。まず、実勢価格が定価の3割増し程度の銘柄にはほとんど手をつけない。また、定価によらず、実勢価格が1万円以下のような商品にも興味を示さない。 一方で、実勢価格が数万円で、定価の2倍以上に跳ね上がっているような銘柄は、ウイスキー、ワイン、焼酎、日本酒とジャンルを問わず、即決する。1人当たりの販売本数に制限がない商品については、4~5本購入するということもあった。 「転売目的だな」
田中との取引を数ヶ月続けた時点で、石田はそう直感していた。しかし、売上ノルマに貢献してくれるのであれば、相手の購入目的などどうでもいい。 2022年春、都内でも最後のまん延防止等重点措置が解除された直後に、石田は田中と初めて面会した。平時において、担当者が自宅にまで御用聞きに来る外商顧客は、ごく一部の最上位客だ。田中の毎月の消費額は酒類を中心に10万円前後だったが、コロナ禍という状況を踏まえると、石田にとって上客のひとりであり、誠意を見せる必要があると考えたのだ。また、それまでの田中とのコンスタントな取引が石田の実績となり、さらに希少性が高い国産ウイスキーの在庫についても裁量を与えられたため、商品をぜひ対面で紹介したいという思いもあった。
三つのデパートを“仕入れ先”に
一方の田中は、転売用の希少酒の入手ルートを石田以外にも広げていた。都内にある別の百貨店BとCでも、外商顧客となっていたのだ。いずれも、それまで継続した取引はなかった。しかし、自宅のマンションのラウンジで知りあった会社経営者の藤井(仮名)がその二つの百貨店の外商顧客であり、彼の担当外商員をそれぞれ紹介してもらったのだ。田中は彼らに百貨店Aの外商顧客であることを告げた上で、利用履歴をメールで送付したところ、ともにインビテーションを送付してきた。それぞれの審査を経て、両百貨店での外商顧客となることができたのだ。 これにより田中の希少酒転売ビジネスはますます拍車がかかった。実勢価格が高騰している希少酒の多くは、決まって「1人1本まで」という購入制限が設けられていた。 一方で、三つの百貨店の全てに在庫がある場合は、家族である妻の名義も使って、最大で6本を購入することができるようになった。 田中には、三人の外商担当者と付き合う上で、心がけていることがある。それは、数ヶ月に一度、彼らに贈り物をすることだ。贈り物の中身は、渡す相手とは違う外商担当者から購入した酒と決めている。例えば、百貨店Bの外商担当者から購入した実勢価格2万円前後の希少日本酒を、石田に手渡したこともあった。これを受け取った外商担当者は、田中の心遣いを好意的に受け止めると同時に、自分と同じく彼に希少酒を提供しているライバルの存在を意識し、優先的に商品を回してくれるようになる。それが田中の目論見だ。
2022年4月からの1年間、田中は希少酒の転売で900万円以上の利益を手にした。実は希少酒を売却する場合、フリマアプリやネットオークションのほうが高値で取引できる場合が多い。しかし、反復的に継続して酒類を売却すると、「業」としてみなされ、酒販免許の取得が必要となるだけでなく、売却益が所得税の課税対象となる可能性もあるため、もっぱら買取店で売却するようにしている。田中は年間1000万円ほどになる転売収益について、所得税を納めていない
利益は高級時計に
2023年夏、田中は百貨店Bの都内の店舗に自ら足を運んだ。この日、彼はある品を受け取りに来たのだ。高層階にある「外商ラウンジ」の受付カウンターで名前を告げると、馴染みの外商担当者の男性がやって来て、さらに奥にある個室へと通された。 「大変お待たせいたしました。ようやくお渡しできます」 田中が腰掛けた革張りのハイバックソファの横に立つ担当者がしたり顔で言うのと同時に、個室のドアをノックする音が聞こえた。 男性が駆け寄ってドアを開けると、そこには白い手袋を着用し、胸の辺りの位置で銀色のトレイを抱えたスーツ姿の中年女性が立っていた。トレイの上には白い小箱が乗せられている。早歩きで戻って来た男性は、田中の正面のテーブルに白いクロスを広げた。 中年女性は、その上に小箱を置いた。小箱には王冠のようなマークが記されている。ロレックスのロゴだ。 田中が4ヶ月ほど前、三つの百貨店のそれぞれの担当者にロレックス・コスモグラフ・デイトナの注文を出していた。いずれの担当者も「入荷時期についてはお約束できない」ということだったが、結果的に最も早く用意できたのが、百貨店Bだったのだ。 そしてこの中年女性は、百貨店Bに出店するロレックスから、田中に商品を渡すために派遣された店員なのだ。 この時点でのコスモグラフ・デイトナの定価は約180万円。しかし中古品市場では、300万円以上で取引されるほど高騰していた。パンデミック下でダブついたマネーが時計や宝飾品などの高級品市場に流入したが、なかでも限られた職人による手作業で作られるために製造量を増やすことができないロレックスの価格は顕著に上昇し、新品価格と中古品価格が逆転する異常事態となっていた。とはいえ新品を定価で購入するのは至難の業で、目当てのモデルが買えるまでロレックスの正規店に通い続けるという、通称「ロレックスマラソン」を続けるファンや転売ヤーもいたほどだ。 酒類の受け取りだったら、この後、受け取り伝票にサインして取引終了だ。しかし今回はもう少し手間がかかるようだ。 《内容確認書》 中年女性は文頭にそう書かれた書面を田中に差し出した。そこには「転売目的の購入ではないこと」を宣誓させる一文があり、購入者の名前や住所、電話番号を記入する欄が続く。ロレックスは転売対策として、デイトナを含む人気モデルの購入者に、同一モデルの5年以内の再購入不可といった制約を課していた。 「中古市場への売却も5年間はお控えください」 書面に筆を走らせる田中に、外商担当の男性が釘を刺す。
その禁を破ってフリマサイトなどで転売すれば、間違いなく100万円以上の儲けが出るはずだ。しかし、田中にはそのつもりはない。ロレックスの転売は必ずバレるからだ。 ロレックスの時計は、モデルにもよるがおおむね3~4年ごとに正規店にオーバーホール(時計のメンテナンス)に出す必要があるとされている。これを怠ると故障の原因になるほか、価値も下がってしまうのだ。正規店にオーバーホールに出せば、シリアルナンバーから登録されている購入者の名前が確認される。購入者とオーバーホールに持ち込んだ人物が異なれば、当然その時計は転売品ということになる。 そうなれば、ロレックスの再購入は難しくなり、在庫を確保してくれた外商担当者の顔も潰すこととなる。希少酒転売の収益のほぼ全てを今後、ロレックスにつぎ込もうとしている田中にとって、それは得策ではないのだ。外商担当との口約束である5年間は利率のいい定期預金に預けているつもりで待つ考えだった
この記事の前編【「収益は1000万円」 転売ヤーが「有名デパート外商」から受け取った“紙袋の中身”とは【驚愕の手法】】では、希少酒を定価で手に入れられる「外商顧客」となった理由とその顛末について報じている
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます