その町に行ったら、ぜひ寄りたいというものがほとんどの人にはある。それが名所だったり、食事店だったり、風景だったり。
白水阿弥陀堂もその一つだ。
訪ねて、一番よかったのは11月の紅葉の時期だろう。けれど一番印象に残っているのは、最初に行った7月。
予備知識のないまま、地元の方に案内されて、その時はついて行った。どんな建物かどころか、その名前さえろくに知らなかった。初対面とはそんな感じがいつでもする。なにせ、いわきの町は初めてだから、車が今どのあたりを走っているかさえその時はつかめなかった。
駐車場から朱の橋を渡って、見る沼のような雰囲気のする池。一瞬、平泉の毛越寺が頭をよぎった。そして一面に、自然のままに蓮が見事に咲いていた。まさに極楽浄土である。
当時はこれだけの蓮の花をいっぺんに目にすることは今までなかったので、強い印象がまぶたに焼きついた。最近はかなりの人の手が加わってしまったのは惜しい気がする。
12ヶ月間いずれの月もこの阿弥陀堂を訪ねてはいるが、やはりこの時の、夏のはじまりのひと時は鮮明に覚えている。
900年近い建造物がそのままの姿で残っているのは、関東・東北広しといえど、そうは見当たらない。天井の模様は、まさに国宝と呼ぶのにふさわしい。
藤原清衡の娘が嫁いで来たとは、この阿弥陀堂を知るまではまったく思いもよらなかった。平や白水の文字から思えるように、日本語の地名や呼称には、人の知恵や思いがにじみこんでいる。だから旅っていいんだなと、この阿弥陀堂に来るたびに思う。
40年以上も前の話であるが、つれてきてくれた高萩さん、ほんとうにありがとう。藤原清衡の娘・徳姫と、案内してくれた彼に、しっかりと手を合わす。
そしてまた明日そのいわきの旅に出るので、白水阿弥陀堂にも寄ってみよう。
「心に残る旅(20)国宝白水阿弥陀堂」