意外な場面や状態の時に、今まで知りえていた人の別の部分を新たに知ることがある。今回のお出かけがまさにその通りだった。
季節はゴールデンウィークの真っ最中。しかも5月3日となれば、いつもの年なら連休中のど真ん中で、どこへ行くにも人・・・、車・・・の波のはず。けれど今年は緊急事態宣言下で、ちょっと事情は違うようだ。
わが家も世間さまの大方の人たちと同じように毎日ほとんど不要不急の外出は控えている。好きなドライブをあきらめの自粛中なのだが、市内のすぐ近くならと散歩気分で車を走らせる。
しょっちゅう通る国道沿いにその寺はある。参道から境内、花園と、あちこちに石楠花の花が見事に咲いているので、私はシャッターを何度も切る。牡丹はほぼ終わりかけてはいるが、まだいくらか遅咲きのその花にも出会えてラッキー。石楠花と牡丹の違いなどを見比べながら、寺内の5、6種類あるさまざまな案内板に目を通す。そして思わぬことに気がついた。
だいぶ前に、ある年配の人と知り合った。きっかけは当時私が勤務していた旅行会社に客として電話が入った。責任者を当時していたので、何度か話をしたことを今でも覚えている。
そして、それからというもの、ご本人も奥さまもすっかり当社が気に入られ、私どものお得意様になられた。その後は年に何度も旅行をされたが、数年後に新聞でご主人の訃報を知った。それまではお寺の住職をされているとはかねてより聞いてはいたものの、話がとても小さく、私はその頃は少しも気にはとめずにお客様というだけの間柄の関係をずっと保っていたのである。
そして月日は流れた。
今日近くのお寺に行き、石楠花を心ゆくまで観賞させていただいた。牡丹の見事な花も見せていただいた。
寺の案内板には創建が843年とあり、その寺の格式や敷地の大きさ、風格は見ごたえがある。別名を花の寺といい、桜、紅葉、紫陽花なども季節になると咲き、特に牡丹の5000株、他に石楠花が見事だ。今日は季節外れの紅葉にも出会えて感激の一言。
お寺の住職さんというのには私はどちらかというと無知な方で、興味が薄い。でも何気に石碑に記された前住職の名を見ると、以前お世話になったお得意様の名ではないか。奥様の名もしっかり覚えていたので、連名で書かれた石碑は間違いなくあの時のお得意様だという記憶がよみがえった。
わが市を代表するお寺のご住職をされていたことに気づかなかった当時の自分の情けなさを思う。商売的な角度からではなく、人としての見解からもう少し話を聞いておければという念が絶えない。
そして、真の人物というのはこういう人を指すのだなという見本のようなことが現実となり、火花が出るほど目頭が熱くなった。
「つれづれ(13)そのお寺で知った意外な事実」