聖水紀 ーウオーター・ナイツー 第2回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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(1)
彼らは遠くに存在する宇宙溝から飛来してきた。
ここへ到着するまで、かなりの距離だった。
時間の概念は彼らにはあまり重要ではない。
その間、星の生物への接触方法については、彼らの間で、議論されていた。
宇宙の闇は深く、彼らの心の中にもまた深い悩みがあった。今回の任務は特殊だった。使命感だけが彼らをつき動かしているのかもしれない。
彼らの体はまた飛行体そのものであった。金属、非金属でもない特殊な物体。それゆえ、いかなる星の探知装置にも発見されなかった。
この生物の取り扱いについては注意を要する。彼らのとりあえずの結論だった。太陽系で停止して、まわりを観察する。
飛行物体中に含まれる、意識体同士が会話をしていた。彼らは多くの意識体の結合体である。
『このあたりかね』『指令書によると、そのようです』
目の前を、極めて幼稚な飛行体が動いていた。
『何か、飛行体が通過します』
『かなり、原始的なものだねえ』
『ひょっとして、あの飛行体は、目的星の所属物かもしれませんね』『一度、調査してみよう。生物体が存在するかもしれん』
彼らはその飛行体に乗り移った。
タンツが緩やかな眠りから目覚める。もう、到着したのか、いつもながら、冬眠からの目覚めはけだるかった。あたりがはっきりと見えな
い。変にゆがんで見える。長い宇宙航行で、私の視覚がおかしくなったのか。
タンツは、おかしなことにきずく。
私は、ここはカプセルの中ではない。おまけに、ここはどうなっているんだ。
たしかにウェーゲナー・タンツ、
宇宙連邦軍大佐はウァルハラ号の中にいた。この船は恒星間飛行中のはずだ。
が、タンツの体のまわりは水だった。
おまけに、水の上にいるのではない。
水の中にいるのだ。
なぜ、私は呼吸ができるのだ。
タンツは不思議に思った。とりあえず、その事実を受け入れざるを得ない。ともかく、息をしている。
それに、このウァルハラ号はどうなっているのだ。
タンツは航行装置のチェックをしょうと思い、コックピットに向かう。
ウァルハラ号の中は、どこもかしこも水で万杯のようだった。空気がまったくない。
タンツはようやくのことであ、コックピットへたどり着く。行く先の方位座標は地球となっている。
地球だと」タンツはうめく。さらに地球暦の日付をチェックする。2020年8月15日。
タンツがニュー・シャンハイの宇宙空港から飛び立った日が2020年3月10日。冬眠状態のまま、恒星
タンホイザー・ゲイトにむかうはずだった。タンホイザー・ゲイトにつく時期まで、タンツは目覚めることはないはずだった。が、今タンツは目覚めていて、ウァルハラ号は再び、地球へ向かっている。
ロケット一杯の水をつめこんで。
「くそっ、一体どうなっているんだ」
タンツは毒づいて、地球司令室へ連絡しょうとした。
タンツの肩をその時、誰かがつかむ。ギョッとしてタンツは後ろを振り向く。誰もいない。当たり前だ。この船の生命体はタンツだけなのだから。 しかし、何かがいる。タンツ
は心の中でだれだ、と叫んでいた。『タンツ、我々の存在にようやく気がついたようだね』タンツの耳に、声が響いてきた。
「誰だ。何者だ」
『姿をあらわしてほしいかね、タンツ』
タンツはトラブルを望んでいなかった。彼はこの恒星間飛行を人類初めての飛行を、ともかく、成功させたかった。名誉を得たかったのだ。が、タンツの前の水中に、不透明な何者かが、複数、姿を取り始めた。
「おまえ達は、いったい」
『聖なる水』彼らはそう言った。
その瞬間コックピットにある通信機器がつぶれるのがタンツの目にはいった。地球本部との連絡は不可能になった。自分で解決せざるを得ない。
『マザー、どうすれば』タンツは心の奥でさけんでいた。
「聖なる水、聞いたことがない」タンツはひとりごちる。
『タンツ、今、君に説明してもわかりはしまい。時間がかかるだろう。ただ、言えることは、君たち地球人類をカイホウしに来たのだ』
「我々をカイホウする。何からカイホウするというのだ」
『タンツ、怒るな。我々に協力してもらえないかね』
「協力しろだと。笑わせるな。俺は宇宙連邦軍大佐ウェーゲナー・タンツだ。君達、侵略生物になぜ、協力しなければならんのだ」
『我々は、いわば宇宙意識なのだ。その宇宙意識で、ひとつになろうという提案だ』
「それゆえ、私のロケットを占領したのか」
『ちょうどいいところに、君の船がとうりかかったのだ。中を透視すると、地球人の君がカプセル内で冬眠していたのだ。我々は、君さらにこの船のコンピューターから、地球の知識を読み取った』
「私は宇宙連邦軍のウェーゲナー・タンツだ。侵略者である君たちのいうことを聞くわけにはいかん」
『我々は侵略者ではない』
「使節というつもりか。それなら、正式の手続きを踏め」
『どうやら、聞き分けのない個体をえらんだようですね』水人のひとりが言った。
タンツは壁のボックスに装着してある銃をとりあげ、水人をめがけ撃った。が、熱線はむなしく水中に消える。
『我々にはそんなものは通じない』
『しかたがない』
『我々の命令を、しばらく黙って聞いてもらおうか』
「何だと、お前たちのいうとうりにはならん」タンツは自殺しょうとした。このままでは、自分の知識が悪用されると思ったからだ。
が、この生命体の反応の方が早かった。タンツは気を失った。
(つづく)
聖水紀 ーウオーター・ナイツー 第2回
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