源義経黄金伝説■第50回★
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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「磯禅尼殿、失礼いたす」
西行がつづいて、京都五条に住む磯禅尼を訪ねていた。
「おお、これは西行様ではございませぬか。おひさしゅうございます」
「禅尼殿、和子をどうなされた」
「和子ですと、急になにをいわれます、どなたの和子でございますか」
「お隠しあるな、静殿と義経殿の和子だ」
「静ですと、そのような者、私の子供ではありません。何を申されますので
す。それに義経様の和子様、男子ゆえに、すでに稲村ヶ崎で海中に投げ入れ
られてございます」白々と泣く。
「禅尼殿、そなた、鎌倉の大江殿とは取引せなんだか」
西行は眼光鋭く、厳しく追及する。禅尼は思わず袖で顔を覆い隠す。
「何を恐れ多い、鎌倉の政庁長官と取引ですと」
が、じんわりと磯禅尼は冷汗滲んでいる。
「禅尼殿、すべてわかっておる。もうお隠しあるな。私も和子を悪いよ
うにはせぬ。せめて、静殿のお手に返していただけぬか」
西行は急にやさしく言う。
西行は、若き白拍子の折の、禅尼の晴れ姿を思い起こし、ふうと笑った。
「といいましても、静の行方、ようとしてしれませぬ」
「静殿は、私と一緒ら平泉に向う。今は義経様と一緒のはずだ」
「義経さまのところ、が、すでに、何人かの暗殺者が、義経殿が屋敷に」
「心配するな、東大寺の闇法師を、義経殿が元に遣わしてある。さて、禅尼
殿、私と一緒に来ていただこうか」
「いずこへ」
「いわずとしれたこと、鎌倉の、大江広元殿の所だ。和子を取り戻しにの
う」
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「はてさて、どうしたものか」
この時期最大の歌人、藤原定家は悩んでいるのである。
藤原定家は、特大寺家の親戚であり、西行は若かかりし頃、この家特大寺家の家
人であった。
紀州田仲庄の荘園は特大寺家の預かり所であえる。
「そうやは、慈円さんとこに相談にまいりましょうか」
藤原定家はひとりごちた。
慈円は関白藤原兼実の弟でもあり、いわゆる文学仲間であ
った。慈円は今、西行から頼まれている伊勢神宮あての歌集を清書している。
歌集は奥州に出かける前に仕上げていたが、この清書書きを慈円にたのんでい
た。
西行のたくらみ、歌によって日本を守る「しきしま道」は、一歩、完成に近づいていた。
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「これはこれは、西行殿。鎌倉に庵など持つお考えを改められたか。これから
は鎌倉が日本の中心ぞ」
数日後、鎌倉の大江屋敷に西行はいる。
この時期、宿敵の文覚は鎌倉にいない。弟子の夢見も文覚と同道している。
「いやいや、私ももう年でございます。ただ大江広元殿だからこそ、お願いしたい
儀がございます」
西行のへりくだった様子に、大江広元は、かえって不信の念を抱いた。
「はてさて、この私に一体何をせよと」
「義経殿の和子、お渡しいただきたい」
「何を仰せられる。血迷われたか。静が生んだ和子は、すでに稲村ヵ崎に打ち
捨てられた」
その答えに西行は、にやりとして、
「大江広元殿、このこと頼朝殿にもお隠しか。が、私の耳には入っており申す。よろしいか、大江広元殿。私の後には山伏が聞き耳、知識糸を、日本全国に張り 巡らしてござる。大江広元殿のこの子細、頼朝殿の耳に入れば、今は鎌倉政庁の長官といえども、どうなるかわかりませんぞ。
御射山の祭のこと、お忘れではござりますまい。頼朝殿の勘気に触れれば、その人物に用なくば、すぐ打ち捨てられましょう。このこと、唐の歴史に詳しい大江広元殿なら、おわかりのことでございましょう」
西行の恐ろしさが、大江広元の体の中に広がって行く。
ここは西行におれて、味方に加えるは一策か。
大江広元は、真っ青になり、おこりのようにぶるぶる震えた。
いそぐ、大江広元は書状をしたためた。
「ええい、西行殿、和子を早々に連れていけ。預け先は、この書状に記してあ
る」
「ありがとうございます」
西行に笑みが浮かんでいる。
「が、よいか西行殿。この和子、決して世の中に出すではないぞ。源頼朝殿の元
に、すでにこの日本は統一されるのだ」
投げ捨てるように言う、大江広元。
西行に対して、逆に凄んでいるのだが、いかんせん迫力が違った。
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多賀城国府にある吉次屋敷で、京都から到着した西行と吉次が言い争って
いた。
「吉次殿、恩をお忘れか」
顔を真っ赤にして、西行が喋っている。
「恩ですと、何をおっしゃいます」
「いや、お主が金商人として有名になれたのは、誰のお陰だと聞いておる」
畳み掛けるように、西行は喚いた。が、吉次の答えは冷たい。
「それは、私は備前のたたら師の息子として育ち、その関係から姫路へ、岡
山へそして、回船鋳物師の船に乗り、この多賀城にたどり着き、商売を始めた
からでございます」
「吉次殿、再度申し上げる。お主が、藤原秀衡様にお目もじできたのは、誰の
お陰と聞いておる。また、平相国清盛に照会され、宋のあきうどと、取引で
きたのは、、誰のおかげとお思いか」
西行の目には、怒りが込み上げてきている。
「それは、、、それは、、、西行様のお陰でございます」
「そうだろう。私が、京でお主を助けたこと、忘れたのではあるまいな。ま
してや、我が書状を持って、秀衡様に会いに行ったのを忘れたのではあるまい」
「……」
吉次は、具合の悪いことを思い出し、黙っている。
「一時期、京都の平泉第(平泉の大使館)の頭目となれたのは、誰のお陰だと
思っている。それが時代が変わりましただと。私はもう昔の金売り吉次ではございませんだと。お前は常ならば、備前あたりの鋳物師で終わったとしても、詮無いことだった。私がお前の出雲で覚えた、そのたたらの技術を知っていたからこそ、秀衡殿に推挙したのだ」
西行の怒りは、頂点に達している。
二人は、お互いを無言で見つめあっている。
とうとう吉次がおれた。
「わかりました、西行様。それで、この私に何を」
「よいか、平泉におられる源義経殿をお助けるするのだ」
西行の息が荒い。
「えっ、義経様を……」
驚きの表情が、吉次の顔に広がって行く。
2012(続く)
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