その腕もて闇を払え第5回
(1980年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
■2071年、10月、アメリカ合衆国、ニューヨーク
コーヘン・タワーで、リチャード・コーヘンがボデイガードに言う。
「いい、いいのだ。殺すな。サム。この男しか、この世の中でこの男しか頼れる男はおらんのだ。
私をなぐった事で気がすんだかね、クロス・クライストくん。孫を娘を助けてくれ」
「そう、この俺しかいまいな」
クロス・クライストは思った。
「クライストくん、頼む。私の手の内はこれですべてさらした」
「カレンはジャネットに似ている」クロス・クライストはつぶやく。
「そう、ジャネットにそっくりだ」
カレンは母親ジャネット似だ。金髪。あの青い瞳……。クロスは思い起こす。
■2047年。 24年前、南アフリカ。ヨハネスバーグ近郊。
「ギャグ、クロス・クライスト、助けて、私を助けなさいよ」
ブッシュから現われたのは、しかし小さなアルマジロだった。ジャネットコーヘンもこわがって
いない。クロス・クライストに抱き付きたいだけなのだ。
クロス・クライストはその頃、ジャネットの守護者となりつつあった。
クロス・クライストがカレンの母、ジャネット・コーヘンと出合っだのは.クロスの生まれ故郷アフリカでだった。
クロス・クライストの祖父母はアフリカへ移住してきたイギリス人で、父は動物監視員として糧を得ていた。
クロス・クライストは幼ない頃から、見よう見まねで銃の扱い方に習熟していた。
クロスが18才の時だった。
コーヘン財閥の頭目、リチャードコーヘンが、家族ぐるみのバカンスで、わずかに
生存している動物のビッグサファリツアーを楽しんでいた。
そのためにクロスの親父がかりだされた。人手が足りなかったのでクロスも父親にいやいや連れていかれた。
その中に男ばかりのキャンプの中で、16才のジャネットが文字通り咲いていた。
5人の兄妹の末娘ジャネットははねっかえりだった。4人の兄にもまして、プライド、
富豪のプライドを顔に現わしている娘だった。身長は175mくらい。髪はブロンド。瞳はすい
こまれそうなブルーだ・つた。
プロポーションといえは、フション雑誌「ヴォーグ」や 「エル」のモデルもかなわないだろう。
彼女は最初.クロスを、まるで奴隷かなにかを見るような眼で見ていた。
クロス・クライストにとっても、こんな種類の上級市民意識の女と同じ空気を吸う事さえ鼻持ちならなかった。
ある事件が二人を急速に近づけた。
父親他、全員が象のハンティングに出かけていた時の事だった。
偶然、テント近くにはクロス・クライストとジ″ネットと家庭教師、メイドが2人しか残っていなかった。
悲鳴が聞えた。クロスはジャネットの悲鳴だと気づき、テントに走った。
ライオンだった。手負いの雄のライオンが目の前数mでにらんでいる。
クロス・クライストの心も凍りついた。こんなに真近で、素手でライオンと面とむかった事はなかった‥遠距離では何度もライオンをライフルで射ち殺してきたクロスだったが。
近くにライフルがない。
あった。
ジャネットがにぎっている
が驚きのために発射できないでいる。メイドは気を失ないかけている。
クロス・クライストはジャネットに体ごとぶつかりころがった。一フイフルをジャネットの肩ごしにつか ライフルのトリッガーに指をつっこみ発射した。それはクイオンがこちらへ向かいジャンプするのと同時だった。ライオンの息づかいをクロス・クライストは感じた。
2人の体の上にライオンの死体がおおいかぶさっているのが発見された。最後のあがき
の爪痕がクロス・クライストの体のあちこちに残っていた。
クロスは血だらけの体だった。
気絶から目ざめたジャネットはそれを見て、再び気絶してしまった、
結果として。ジャネットはそれ以後ず1つ とクロス・クライストにくっついてくる。
ふりかえって。ジャネットの新しい眼で見れば.クロス・クライストにはアフリカの原野で鍛えられた肉体と。母親ゆずりの 美貌があった。
一週間でジャネットはクロスの体と心の虜になっていた。
駆け落ちだった。
コーヘンはもちろん。若すぎるジャネットと、たかがアフリカの狩猟ハンターの息子
にすぎないクロス・クライストの結婚を認めるわけがなかった。
コーヘン財閥の金の力をパックにした追求の手は香港のスラムから、シャンハイ、ニューヨ
ーク郊外と執拗に続いた。
そして、地球を離れたジャネットとクロス・クライストの間には愛娘が生まれていた。名はカレyと言う。
地球からの外惑星開発公団が、火星のテラフオーメションのために、移民を募っていた。
移民として、クロスと3人で火星へ渡る。
火星であの事件がおこった。それ以来クロス・クライストはカレンと会っていない。
■再び2071年、10月、アメリカ合衆国、ニューヨーク郊外。
コーヘンの車がハイウエイを走る。
「ところで、この車はどこへ向かっているのかね」
「先刻言った通り、君に会わせたい男がいる」
車はかなり郊外に出たが、遠くにはまだコーヘン=タワーがその姿を見せている。
ハイウェイにはあまり他の車は通っていない。コーヘンの車の前と後に1台ずつだった。
両方の車は、コーヘンタワーの地下駐車場を出て来た時からずっと一緒なのだ。
「おかしいぞ」護衛のゴリラの一人が言った。
だしぬけに直前に前を走っていた車が急停車した。
後から付いて来た車は背後からスピードをあげて突き込んできた。
衝撃と共に車が地上に落ちた。両方の車から5人の男が降りてきた。手に手に小型HKマシンガンを手にしている。
コーヘソの渾は特別製だ。彼らのHKマシンガンの一連射でも車体にわずかにヒビが走った
だけだ。マシンガンがだめだとわかると、一人の男は車へとってかえし、小型バズーカRPGを
取り出してきた。
コーヘンのブデイガード、サムともう一人のガードは、車のサイドキャビネットから手榴弾を取り出し、左手に持っている。
右手にはすでにホルスターから抜いたマグナムスヘジャルガンを構えている。
コーヘンはシートの下に身をかがめている。 ガード達はドアの突出口から手榴弾をほお
り投げた。
外の男達は瞬間、物かげに隠れようとしたが間に合わない。
爆発がおこり、振動が車を襲った。2人の男が倒れている。
男の小型バズーカ弾がまともにフロントnガラスに命中した。が特別製のフロント=ガラス
はようやく持ちこたえてやる。
フロントは、ヒビで前はまるで見えない。クロスはサムの持ってい
た銃を瞬間うぱい取っていた。
ドアのロックを右手でねじさり、外へ飛び出す。
道路をころがる。火線が追ってくる。クロス・クライストは道路からころがり堕ちる。
火線は一時停止する。
外の男は2発目のバズーカをつめ込んでいる。
その男をねらって、クロス・クライストは2発銃を発射した
男は車の反対側に隠れてしまう。クロス・クライストの右肩を弾がかする。
後の車の男達がHKマシンガンを連射する。車の内のサム達も車の発射用銃口から応射した。
クロス・クライストは右手のガードーレールをひきちぎり。勢いをつけて、男達にむかい投げつけた。
ヤリのようにガードレールの切れっぱしは、飛んでいき。その切り口は2人の男の体をつらぬき、車体にめり込んでいた。
後の車の2人をかまっているうちに前の男一のバズーカが発射される。
コーヘンの車のフロントリガラスからバズーカ弾が飛び込み、車の天蓋が吹き飛んだ。
クロスは道のかげから突進し、男が次のバズーカ弾を装填する間に。右手で前の車を反対側のガードレールまで突き飛ばし、車かげに密んでいた男は、銃を持ちかえるひまもな
く、ガードレールと車にはさまれ、絶命した。
リチャード・コーヘンはかろうじて生きていた。
ガード達が折り重なり自分の身を持って盾となり、彼の命を助けたのだ。
クロス・クライストはコーヘンのガード、サムの死体をとり徐き、
コーヘンを道ばたへ横たにわらせた。コーヘンはやがて目を開けた。
「私は、皆からあまりよく思われていないようだな」苦しい息の下から言った。
「そりゃ、あんたの罪業だぜ。まだ死んでくれるなよ。まだ俺はカレンに関する完全な情報をもらっていないのだ」
その腕もて闇を払え第5回
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作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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