聖水紀ーウオーター・ナイツー第11回
作 飛鳥京香(1976年作品)(C)飛鳥京香・山田企画事務所http://www.yamada-kikaku.com/
第6章
聖水車のそばにいる内藤の耳に声がした。
『聖水をお飲み』
聖水だと聖水など飲めるわけがないではないか。聖水騎士団の一人である内藤は、心の中から聞こえてくる声に逆らおうとしていた。
聖水騎士団。
聖水を守るべきために作り出された組織。
聖なる水との契約によって騎士になる事はできる。
聖水以前はしがないキーパンチャーだった内藤広志は、この聖水騎士団のコスチュームがきにいっていた。
以前にモニターを通じて遊んでいたある種のコンピューターゲーム。そのゲームに登場するキャラクターの一人に自分を投影していた。
くずれさった既存社会よりも、この一種変容した社会、聖水紀にパソンコンゲーマーらしく親しさを感じている。
聖水を守るべき役割をもつ騎士が、聖なる水を口にするなど、とうてい考えられないことだった。
よりにもよって、聖水車を守っている俺が。
聖水車とは、すべて聖水の奇跡を信じない人にデモンストレーションをみせる車なのだ。人々に聖水騎士団の施しを与える役目がある。
それを守るのが内藤たち、選ばれし騎士団なのだ。
聖水人が、アマノ博士を選び、アマノ博士が内藤を選んだのだ。
「飲みなさい。内藤」
さらに強い声が内藤の心を包みこむ。
内藤の体がこわばる。何という大きな力か。あらがいようがなかった。
内藤の理性とは異なり、内藤の体は圧し曲げられていった。
内藤は助けを求めようとした。他の連中はどこだ。内藤は汗を流しながら、声の力にさからい、まわりを見ようとする。このハドルンの塔にもハドルンの街道にも人影が消えていた。
「聖水をお飲み。そうすれば、お前は生まれ変わる」
くそっ、レインツリーだな、この声は、呪術師どもめ。生まれ変わるだと、どんな風にだ。俺はプログラマーから、聖水騎士団になつた。これ以上何が必要だというんだ。
「聖水騎士団の地位にとどまる必要なぞありはしない。お前は新しい人になれるのだから。恐れることはない」
内藤の騎士装甲服がぬげおちていた。ハイチタンの装甲が太陽の光りを受けてキラリと光る。
内藤は思わず、聖水車の注水口の所にしゃがみこんでいた。蛇口をひねる。
その時、二人の騎士が内藤の方へ駆け寄った。
「内藤、何をする」
「狂ったか」
が、時すでに遅く、聖水の一滴が内藤の口に。
「内藤を殺せ」
大きな声が響いた。
聖水騎士団長アマノ博士が、塔のてっぺんから、叫びながら駆け降りてくる。
「早くしろ、たじろぐな」
が、二人の聖水騎士団員は同僚の体に手をかけることなどできない。
アマノ博士は、三階の回廊から飛び下り、落下中に剣を引き抜き、瞬間、内藤の首を切り抜けた。
内藤の首なし死体がころがる。
「危ないところだ」
アマノ博士は剣の血のりをひきとりながら言った。
「いったい、内藤はどうしたでしょう」
聖水騎士のひとりが言った。
「レインツリーのしわざだ」
「レインツリーがなぜ」
「恐らく、聖水を手にいれたいにちがいない」
「あっ、隊長」
コンノが叫ぶ。内藤の首なし死体が、自分の首を拾いあげ、駆け出そうとした。
「くそっ」
クルスが自分の剣を引き抜き、内藤の背中をめがけ、投げ付けた。
剣は内藤の体を貫く。が体は歩みをやめない。
「いかん、レインツリーが瓢衣している。走れ、つかまえろ」
団長アマノ博士が命令する。三人は内藤の体を追う。
この時、急に空が暗くなった。三人は走りながら、空を見上げる。巨大な鳥だ。
鳥は、急に方向を変え、アマノたちの方へ急降下してくる。
「あやつは」
「レインツリーの手先だ。気をつけろ」
三人は地に身をふせる。空圧が体を襲う。まわりに生えていた植物が軒並みはねたおされる。
「やってくるぞ。剣を抜け」
アマノたち聖水騎士団は立ち上がり、三人の剣を水鳥の方に向ける。
が、鳥はアマノたちの上を飛び過ぎる。鳥の背中には内藤の体がのっていた。
「逃すな。フォーメーションをとれ」
アマノが叫ぶが早いか、クルスとコンノは二人の体で台座を作り、アマノの体をほうりあげた。
アマノは空中で剣を抜きはなち、鳥の背中に乗ろうとする。
しかし、アマノの体は、鳥の体を突き抜ける。鳥は海水だ。アマノの体を受け止めない。
かろうじてアマノは、内藤の足をきりはなしていた。
内藤の体とアマノの体がからまって落ちてくる。かけつけた騎士がアマノの体をうけとめる。内藤の体は地面に激突する。いやな音がした。鳥は飛び去った。
「やったぞ」コンノが叫ぶ。
「くそつ」アマノが言う。
「どうしました。アマノ隊長」
「内藤の首がない」
「聖水でとけたのでは」
「違うな。レインツリーが、どうやら聖水を手にいれたのだ」
聖水騎士団の団長アマノは独りごちた。
聖水紀ーウオーター・ナイツー第11回
作 飛鳥京香(1976年作品)(C)飛鳥京香・山田企画事務所http://www.yamada-kikaku.com/