日本人の日序章 第15回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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二〇五四年 一〇月 パリ シャンゼリゼ/カフェテラス
花田は中国人のコスチュームを着て、ブキャナンの前に現われた。
ブキャナンもフランスへ旅行に来たアメリカ人の観光客を装おっている。
テーブルにすわる。二人は眼であいさつをかわす。
テーブルの下でブキャナンの手に花田からマイクロチップが渡さ
れた。日本の国宝の一部を隠してある場所が入力されている。
「さて、大変な事を聞かせてもらおうか、ブキャナンくん」花田の
眼にはパリの風景も眼にはいっていない。
「中国服がよくおにあいですね、花田さん。さて大切な事です。A
プランからBプランへ移行する事が計画されているようです」
花田は声を発する事ができなかった。
日本抹殺最終プランがBプランである。
「ついに来るべきものが来たか。具体的にはどんな方法だ」
「日本本土に対するミサイル攻撃ですよ」
「何だって」
「ミサイル数発が日本本土を直撃します」
「しかし、そんな事が許されるのか」
「許すも許さないも、今や。ラインハルトは地球を支配しているの
と同じですよ。確実にミサイルは日本を直撃します」
「しかし、各国の日本占領部隊もいるはずだぞ」
ブキャナンは軽く、花田の杞憂を受け流す。
「彼らは日本抹殺のための人柱となるわけですよ。彼らがどんな固
い意志を持っているか充分わかっていただけるでしょう」
「わかった。具体的な日時を教えてくれ」
「それに対する対策を考えるというわけですか」
二人はおだやかなパリ、シャンゼリゼ通りの夜景を背景に恐ろし
い事実を話しあっていた。
カフェに大男が飛び込んできた。もう人影はない。
「花田はどこだ」
「そんな方はこられておりませんが」
ウエイターが言う。
「うそをつくな。先刻まで花田がいたはずだ」
店の者の姿をじっくり見る。
「貴様、情報サイボーグだな。ins情報マフィアめ。ジャップとも手を
くもうとするわけか」
「あなたこそ、我々、ins情報ネットワークサービスにケチをつけるわ
けですか。悪いうわさ、特に我々に対する悪いうわさを消さなけれ
ばなりません、クーラーの人」
「おもしろい、お前たちと戦えというわけか。そうすれば花田を渡
すというわけか」
「先刻も言ったように、そんな人は知りません。ただ我々、INS
は理不尽な汚名には対抗するだけですよ」
大男は、腕をひとふりする。両手の指がすべてハイチタンのレザ
ーメスに変化していた。
「ほう、あなたもクーラーの戦闘用サイボーグというわけですね。
それともあの有名な切りさきジャックかな」
「だまれ」
大男はあたりを一閃する。
椅子とテーブルがバラバラになって飛び散った。切り口は鋭い。
情報サイボーグはたくみに体をかわし。大男の指のナイフから逃
がれる。が、建物の壁ぎわに追いこまれる。
「覚悟しな。お前も、あのテーブルの様にバラバラにしてやる」
が、情報サイボーグはにやりと笑っている。
「その笑顔もここまでだ」
大男の両手がI旋する。
瞬間、大男の方が黒焦げで倒れていた。
少し離れた店の中から、二人の男がその光景を見ていた。
「花田さん、どうですか。我々がクライアントに対して忠誠を尽す
ことを充分に理解していただいたでしょうか」
「情報サイボーグは放電したわけだな」
「そういう事です」
「すてきな茶番劇を見せてくれてありがとう、ブキャナン」
「お手助けできる事があれば言って下さい」
花田は、店から出て、パリの露地の闇に消えていった。
■二〇五四年 十二月 アフリカ奥地 ビザゴス共和国 アコンカ
グワ山近く
火が燃えていた。
その炎を囲んで原地人達が昔から続く戦いの踊
りを舞っている。しかしその踊りには若者はいず、年寄りばかりだ
った。アシュア族の戦いの舞いだ。
「酋長、ありがとう」
日にまっ黒に焼けたアジア人が踊りを見ながら言う。
「いやいや、ブアナ角田お前は戦士だ。日本人一の戦士かもしれ
ん。我々は勇者には勇者の血を持って答えなければならない」
酋長ワナガはしわくちゃの顔で言う。
「酋長、我々のロケットを発射したあと、すぐさま、ここから逃げ
てくれ」
「わかっておるよ、勇者角田よ。お前達はこれから大空のもっと遠
くで戦かうじゃな。それは神々の戦いかもしれん」
「本当に協力をありがとう、ワナガ」
二人はだきあった。
「いやいや、我々アシュア族ビサゴス人は昔、日本人の技術者から大変世話になった。我
々の国の農地が増えたのも日本人のおかげじゃ。この恩返しをしな
ければな。我々は文明人じゃなくなる」
「ありがとう、ワナガ」
角田は涙ぐんでいた。
恐らく、ビザゴス共和国 アシュア村の側に設置されたロケ
ットランチャーからロケットが発射されたことはすぐ発見されるだ
ろう。
そうすれば、この村はJVOから攻撃され、皆殺しになるだろう。
しかし俺達日本人は彼らにしてやれる事は何もない。なぜ彼らは
我々日本人にやさしいのだ。
角田の目がしらはそれであつくなるのだ。
「そうじゃ、ブワナ角田。わしのかたみをやろう。わしもその宇宙
ステーションとやらへ行って戦いたいところじゃが、何せこの年で
はな、体が動かんからな」
酋長ワナガから角田は短剣を受けとる。
「でも、酋長、これはあなたの種族に古くから伝わる王者の剣では
……」
「いや、いいんじゃ、もう我々には狩るべき動物など、残ってはお
らん。地球連邦から受けとる年金だけで暮していける。それが我々
から勇者の血をぬきとってしまった。若い奴らも都市へ出ていって
しまい、もう本当の狩人などおらん。その血を感じるのはお前たち
日本人だけじゃ。ああ、そうじゃ、一つだけ頼みがある」
酋長ワナガは思い出したように言った。
「何でしょう。私か役に立つ事でしたら」
6歳くらいの子供が、側にやってきた。
「これは私の孫ソンガじゃ、一緒に連れていってくれんか」
「でも、酋長、我々は……」
「わかっている。だがこの地にいても死の運命からは逃がれられん
じゃろう。この子ソンガは、わしらアシュア族の狩人の血を受けつ
いでいる数少ない子供の一人だ。
あとの奴らは観光事業とかやらで、
家畜化されておる。このアシュア族、ビザゴスの国も、もう終りじゃろうて。な
あ、東の勇者よ。頼む。この子を連れていってくれ。王者の剣とと
もに」
日本人の日序章 第15回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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