山之上もぐらの詩集

山之上もぐらの詩集

風に吹かれて

2025年01月14日 | 日記

風に吹かれて

風の中に 答えは無かった
道は遠く 海は広く
数えるものでもなく
歩いたり 白い鳩が飛んで渡れるものでもなかった
白い鳩は とっくに砂の中で骨になってる
男と呼ばれようが呼ばれまいが 知ったことではない
誰も 俺を呼びはしないのだ

飛び交う砲弾はまだまだ足りないし
爆弾もミサイルも足りない
山は街とともに海に流され 海はゴミの山に埋められる
俺に 友よなんぞと呼びかけるな
俺たちは とっくに自由だったし
これ以上自由にもなれないのだ

見ない振りをしないで
俺たちは 風の中に答えが無いのを見てきた
俺たちは 何度も空を見上げて
風の中に 答えが無いのを確かめてきた
子供の泣き声を聞くのに 幾つもの耳は要らない
片方の耳でさえ 聞くに耐えられぬ

飛び交う砲弾はまだまだ足りない
爆弾もミサイルも足りない
泣き声もまだまだ足りない
人の死もまだまだ足りない
風の中に 答えは無い


闇から闇に赴く者

2025年01月13日 | 日記

闇から闇に赴く者


光から光の世界に赴く者については 思いも及ばない
諸行無常であれば
闇から光の世界に赴く者など それから先を思うと恐ろしい
光の世界から闇の世界に赴く者が 自分が知るまさに諸行無常の在りようで
闇から闇の世界に赴く者が 
光の世界なんぞ知らぬ者が 幸せかも知れない

光の世界なんぞ信じぬ者が幸せ
闇の世界なんぞ信じぬ者が幸せ

闇からさらなる闇へが 諸行無常の在りよう
諸行無常なれば 光からさらなる光へも また諸行無常の在りよう
その在りようも また諸行無常

因果など信じぬが幸せ
応報など望まぬが幸せ
光の世界も闇の世界も胡蝶の夢

ただ父母の言葉を思うだけ
身体を大事にせいよ

ただ父母のためにだけ 
衆善奉行はならぬまでも
せめて諸悪莫作


友人は作らない

2025年01月12日 | 日記

    友人は作らない

もう長い間 友人は作らない
少なくなった友人の誘いに たまに一緒に昼飯を喰いに行っても
もう昔のように 夜に酒場に行くことはない
互いに世間の動向も愚痴も 口にはしない 
互いの身体の調子と病気が 話題になるだけだ
もう食事代をおごったり おごられたりもしない
互いに一円までも自前の払いだ
食事が終わっても もう喫茶店に寄ってコーヒーを飲みながら
続きの話をすることはない
友人のクルマで自宅まで送ってもらって
別れの挨拶は お互いに「またな」とは言わない
いつもお互いに 昔のように「また会おう」とは言わない
自分は「ありがとう」だけを言う
こんな付合いが 数年前から続いている
お互いに「これが最後なのかも知れない」と感じながら
いつものように 何気ない「さようなら」の挨拶を交わす
走り去るクルマに 自分は小さな声で もう一度「ありがとう」を呟く

時代は変わって 人はもうしんどさ比べもしない
足ることを知って その足ることのさらに知らなかったことを知る時代だ
禍福は糾える縄の如く その縄のさらに細くささくれ立ち
今まさに切れそうなことを知る時代だ
知識でしかなかった先人の言葉を 身でもって本当に体験する時代だ
父母の言葉を 身でもって本当に体験する時代だ
それは哲学でも宗教でも 真理の言葉でもない

もう長くはない寿命を
出来れば せめて悪いことをせずに終わりたい
もう長くはない寿命を
人を傷つけず 傷つけられずに終わりたい
もう長くはない寿命を
人を苦しめず 苦しまずに終わりたい
もう長くはない寿命に
思い出を作りたくないし 残したくもない
もう長くはない寿命を
鏡のように 互いに映る自分の姿を見る


宇宙の果ての記憶

2024年11月18日 | 日記

宇宙の果ての記憶

未来を指して 刻が流れているのではない
過去を遡って 刻は流れている

父は 時の流れは螺旋を描いていると言っていた
その時自分は 螺旋を描きながら上昇する軌跡を思い描いていた

ジェイムスウェッブは 宇宙の過去を遠望する
思い出のアルバムを繰るように 宇宙の記憶を蘇らせる
しかしその記憶は 果てしなく曖昧だ
その記憶は 到底解き得ない謎を さらに思い起こさせる

亡くなった父の歳を幾つも過ぎた今 
時間の流れは螺旋を描いていると 自分も思う
ただその軌跡は 上昇することもなく下降することもなく
同心の果てしない平面上の軌跡を 廻り始めたに過ぎないことに気付く
自分が宇宙と呼んでいる その同心の軌跡
その軌跡の旅の船出に 
我らが銀河宇宙は 今帆を上げたところに過ぎない

時計の針が同じ時刻を指しても それは決して同じ時間ではない
永遠の直線の軌跡の目盛の一つ
循環する一年の季節も 月の満ち欠けも 一日の昼と夜も
長い一本の直線の軌跡の目盛の一つ
螺旋を描いていようとその円弧は 限りなく直線に近い

人間は 愚かな歴史を繰り返しているように見える
生き物は 生まれて死んで転生を繰り返しているように見える
全てが 反復しているように見えるけれど 反復はないのだ
父や母は 今も自分の心にいてくれるけれど
もう永遠に 刻を共にすることはない

ジェイムスウェッブは 赤ん坊の自分の姿を発見するかも知れない
そして もしかしたら僕に それを見せてくれるかも知れない
けれど彼は 彼の父や母の顔を思い出せはしないだろう
そして僕も 彼の父や母の顔を知ることはないだろう

刻は 過去を遡って流れている
父や母の顔が 遙かで果てしない僕の宇宙の果ての記憶だ


母の遺言

2024年10月02日 | 日記

  母の遺言

母は 秋が来るの待たずに死んだ
病院の屋上で仰いだ雲は 低く灰色に湿っていた
弟が身の立つようにしてやってくれと言うのが 
母の言い遺した頼みだった
自分に言い残したのは それだけだった
俺の身はどうなのだと思った

病院の屋上でのあの夏の日から
自分の前を何十回も その後の夏が過ぎていった
何時までも続いた今年の暑い夏は
十月になっても まだ余熱を残している

母が案じていた弟には 今年の春 女の子の孫が出来た
秋に 遅ればせに挙げるという姪の結婚式の招待は 遠慮した
今年の自分の夏が終わり 秋が来るのかどうか分からない
病院の屋上の あの夏の日が終わらないように

母の言う弟の身が はたして立ったのか 立たなかったのか
自分には分からない
自分には 出来ることしか出来なかった
自分には 出来ることをしないことしか出来なかった

母が死に 父が死んで おそらく それで それだけで
弟の身も 立ったのだ
母が死に 父が死んで おそらく それで それだけで
俺の身も 立っていたのだ