おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

「ここでは起こりえない」ことがいま、ここで起こりうる-私たちが直面していることについて考えるⅡ⑧-

2024-03-06 06:35:04 | 日記
シンクレア・ルイスの小説『ここでは起こりえない』(1935年)は、2016年以来、まさに今再び読むと特に恐ろしい本である、と思うのは私だけであろうか。

やり手のカリスマ扇動政治家バズ・ウィンドリップが、驚異的な経済的利益の獲得、という大げさな約束を掲げ、有権者の怒りと恐怖を煽り、
さらに愛国心や、伝統的なアメリカの価値観、ユダヤ人や外国人に対する嫌悪の念に訴えかけることによって、
アメリカ大統領に当選する。

......うん??......シンクレア・ルイスの小説だよね??
......なにかにどこかしら似てないかなあ??
......。

その後、ウインドリップは、ヒトラーの親衛隊にも似た民兵の後ろ盾を得て、独裁的な権力を振るう。
......。

ルイスは、ヒューイ・ロングの人格と野望をもとに、ウィンドリップを描いたのかもしれないが、私にはトランプに見えてしまう。

ヒューイ・ロングは、大恐慌時代のルイジアナ州で活動した大衆的な扇動政治家ともいえる現象で人物であり、(私には、)アメリカのの歴史上、最もトランプを彷彿とさせる人物である。

自らを「キングフィッシュ」と名乗っていたロングは、「誰もが王様」というスローガンを掲げていた。

ロングは、ルイジアナ州知事としてほぼ独裁的といっても過言ではない権力を振るっていたが、上院議員に選出されてからも長くその姿勢を維持し、1935年に暗殺されるまで、ルーズベルトに最も嫌われ、大統領選のライバルと恐れられていた。

ただ、ロングの支持基盤はトランプの場合よりもずっと組織化され、その分だけ規模も大きかった。

750万人の「富の共有」クラブ会員、2500万人のラジオ聴取者を従えており、支持者からは1週間に6万通の手紙を受け取っていた。

トランプと同様に、ロングもまた、選挙集会での聴衆からの追従と、盛り上がった集会の雰囲気を堪能していた。
また、どちらもアメリカ国民の味方を巧みに演じた。

シンクレア・ルイスは、ヒューイ・ロングが暗殺されず、1936年の大統領選でルーズベルトに勝利した場合に、アメリカで起きることを想像してフィクションを描いたのである。

ちなみに、フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』も同種の物語だが、その設定は1940年のアメリカ大統領選でリンドバーグがルーズベルトに勝利するというものである。

ルイスは扇動的に大衆の気を引くロングの振る舞い、と、当時(1935年ごろ)のドイツやイタリア、スペインで権力を握ったファシスト政府とを重ね合わせることで、アメリカが架空のファシストに支配されてしまうことを、想像したのである。

恐ろしいことだが、
芸術が人生を模倣するように、人生が実際に芸術を模倣すること、はある。

ルイスの小説『ここでは起こりえない』の出版から約90年が経って、トランプが暴走し、バズ・ウィンドリップの生き写しにならないよう日本で祈るだけの私からすると、
『ここでは起こりえない』がヒューイ・ロングを模倣したように、トランプが実際に『ここでは起こりえない』を模倣するような、ロングの再来になるような、ことがないように強く願うだけである。

ところで、一時的ともいえるような「冷戦の終焉」によって、アメリカの正しさが証明されたという考えが根底にあるような例外主義者たちは、世界を
「私たち対彼/彼女ら」
「善対悪」
と見なしているようである。
また、その素朴な二元論は、さまざまな時代、政権、政党にわたり、アメリカの外交政策の失敗を重ねてきたようである。

第二次世界大戦後の調査で、アメリカは、評判のよい国のランキングトップであり、最下位はドイツであった。

その順位は今は逆転しており、2020年ごろBBCが33カ国で2万4000人を対象に行った調査では、アメリカが世界で2番目に評判が悪い国となってしまった。
最下位はイランであったが、ウクライナ侵攻前の調査であったからではあるが、ロシアよりも評価が低いというときもあったのである。

また、同じ頃のギャラップ調査では、65カ国の6万6000人以上に「今日、世界平和に最大の脅威をもたらしている国」を尋ねた。
その結果は、アメリカが24%でトップであり、次にパキスタンが8%、中国が6%と続いた。
アメリカの悪評の一部は、アメリカが世界唯一の超大国であるがゆえの避けがたい結果であるのだろう。

確かに、大国は当然敵を持つものだし、友好的な相手にさえ嫉妬の念を抱かせると思う。

しかし、アメリカに向けられている怒りは、他国の内政の干渉、民主的に選ばれた指導者の追放、反乱の支援、愚かで破壊的な戦争の開始、偽情報の拡散、他国の資源の搾取など、アメリカが約70年に渡って行ったことに対して向けられている怒りでもある。

個人あるいは国の自己愛は、ある程度であれば受け入れられるが、大きすぎると悲惨な結果を招く。

国の適度な自己愛は、国民に自信を与え、他国からの信頼、自国の明確な意思決定と精力的な行動を促す。

しかし、過度であれば、大きな躓きになることは、個人においても国においても同様である。

何に対してであれ、卑屈な忠誠心は、現実に目を向けた建設的な批判よりも、その対象を愛する度合いは、ずっと、低い。

何の過ちであれ、過ちを見抜いて正せないとき、その過ちはずっと続き、さらに対象を悪化させることになってしまうのではないだろうか。

ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。

「ここでは起こりえない」ようなことが、今、再び、アメリカ大統領選を中心とし、世界で起きそうですね^_^;

これからも結果を注視していきたいなあ、と思います( ^_^)

今日は、寒いですね。
体調に気をつけたいですね。

今日も、頑張り過ぎず、頑張りたいですね。

では、また、次回。


最新の画像もっと見る