マルクスは
先日の忘年会で、私の笑顔があとから見たらなんだか幸せそうだったので(→隣に恩師、目の前にご飯だったからかも知れません^_^;)
「宗教は民衆のアヘンだ」
と言った。
マルクスは、宗教によって民衆が、世の中の問題に目を向けなくなり、受け身の姿勢をとって、受け入れ難い現状を受け入れるようになる
ことを指してこのように言ったようである。
今では、向精神薬が人々を、束の間良い気分にさせて、束の間社会を否認することを助長している。
1990年代や2020年代前半現在のように若者のオーバードーズが繰り返し社会的問題になりがちな日本のみならず、
アメリカでは成人のほぼ3分の1が、肉体的もしくは精神的苦痛を和らげる目的で、合法の、あるいは違法の薬物を摂取している。
また非常に多くの人々が様々な薬物を同時に摂取していて、統計の採り方次第では、薬物の過剰摂取が、主な死因のひとつとなっているほどである。
オルダス・ハクスリーは1932年に『素晴らしい新世界』というディストピア小説を書いている。
その中で、ハクスリーは、気分が良くなる万能薬を「ソーマ」と呼んだ。
この名前は2500年前にサンスクリット語で書かれた聖典から取られたものである。
ソーマは神の名であり、祭式で供される飲み物の名前でもあった。
行動を刺激し薬効や精神的効果の高いソーマは、聖典に在る数多くの賛歌で2500年前に讃えられている。
ソーマに含まれる刺激成分はおそらく麻黄であると推定されている。
ただし麻黄は今でも様々な薬品に使用されている化学物質であり、パフォーマンス向上薬として、またメタンフェタミンを作る原料として用いられている。
ハクスリーの向精神薬についての態度はかなりの幅があり明確ではなかったが、生きてゆく中で向精神薬によって自らの体験が広がったことを認識して、彼の考え方は大きく変化した。
1932年に出版された彼の『素晴らしい新世界』の中では、ソーマは人々を危険に導くものであり、人間の精神を麻痺させ、人間以下の存在に貶めるものだった。
しかし、26年後、ハクスリーは
『人間の精神を形成する薬物』(Drugs That Shape Men’s Minds)というエッセイの中で、
「薬物は人間が自らの魂を見出し、知覚を研ぎ澄ます一助となる有益な手段である」と述べている。
気持ちのよい幻覚状態を十分に体験した人は、それが恐ろしいことであると言うことを都合良く忘れ去り、ハクスリーのように薬物にきわめて懐疑的で自制していた人でも、時として、極めつきの信奉者に変わってしまうことを示している。
本当に、恐ろしいことである。
次回以降も、このテーマについてさらに掘り下げていこうと思う。
ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
今日から数回は、最近、一部の若者による市販薬のオーバードーズが問題となり、重症者や死者まで出てしまった問題を掘り下げたく、考えながら描いてみたいと思います。
いつもながら、試行錯誤しながらの文章ですが、読んで下さると嬉しいです。
また、不定期更新のときには、なるべく自分自身のみっともない過去に向き合おうとしはじめています。
まだまだはじめたばかりですが、そちらも読んで下さりありがとうございます。
病自体に苦しみ、病を治すはずの向精神薬の副作用に苦しみ、向精神薬の多剤処方への疑問と副作用のキツさからの脱出のための、大幅な減薬に伴う離脱症状にさらに苦しんだ私の視点(視座)から、いろいろなことを描いてみたいなあ、と、考えています。
どうか、これからも、よろしくお願いいたします。
今朝も寒いですね。
体調に気を付けたいですね。
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。
先日の忘年会で、私の笑顔があとから見たらなんだか幸せそうだったので(→隣に恩師、目の前にご飯だったからかも知れません^_^;)
寒さに負けずに気をつけてお過ごしください(^^)/
ありがとうございます!
嬉しいことを言ってもらえて、嬉しいです!!( ^_^)
笑顔は皆に優しさを分け与えてくれますよ
私は笑われてばかりで喜んでもらえていますが ^^
コメントありがとうございます( ^_^)
寒暖差がありますが、体調に気をつけて下さいね。