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ずっと昔、1980年代の半ば頃、
テレビのプロ野球中継を熱心に観ていた。
乱歩賞の応募作を書いていた頃で、暇はたっぷりあるけど
お金がないから、おしゃれもできない、どこへも行けない、という日々。
プロ野球中継を観るのが、唯一の娯楽だったのだ。
夕飯の支度を調え、「さあ、始まるよ!」と、
わくわくしながらテレビをつける。
夫も私も、なんとなく巨人ファンだった。
中畑、松本、篠塚などが活躍していた頃だ。
そこに時々、「ぺっぺ」が登場した。
私と夫が勝手につけた渾名なのだが、本名を忘れてしまった。
その選手が巨人軍だったか他のチームだったかさえ
思い出せないのだが、まあ、私は巨人戦を観ていたのだから、
セ・リーグの選手であったことは確かだろう。
彼は代打専門だった。
その名前がアナウンスされると、私も夫も大喜びで
「ぺっぺが出るよ!」と言い合ったものだ。
なぜ「ぺっぺ」なのかというと、彼はバッターボックスに
立つとき、必ず「ぺっ」と唾を吐く癖があったから。
帽子の下のどんぐり眼を光らせながら、
のっそりと、「ぺっぺ」は登場する。
その姿は、時代劇の「用心棒」を思わせた。
ヤクザの出入りなんかで、下っ端がさんざん殺された後、
「先生! お願いします!」と請われ、
奥から思わせぶりに出てくる雇われ素浪人。
代打はレギュラーではない。
なのに、勝敗を決めるような状況で登場する。
いや、登場させられる。
彼のチャンスはその一打席だけ。
失敗したら次の打席で挽回…は、絶対にできない。
そういう存在だからこそ、「ぺっぺ」が登場するたびに
私も夫も興奮したのだろう。
澤宮優さんの「代打の神様」は、そんな「代打」達の
心の内を、愛と敬意をこめた取材で描いた好著である。
もう野球中継を観なくなった私だが、人間ドラマとして
巻を措く能わずのおもしろさだった。
いまちょうど人生の節目を迎えてるんだけど……
という方には、とくにお勧めである。
ちなみに、「ぺっぺ」はこの本に登場していない
人だという気がするのだが、どうしても名前を思い出すことができない。
あの人の代打人生は、どうだったのだろう。