冬桃ブログ

冤罪体質

 私は瞬間湯沸かし器タイプだ。
 理不尽なことがあるとその場で顔に出る。言葉に出ることもある。
 が、いかんせん、その理不尽と徹底的に闘う体力と根性がない。
 気の強い人間と思われがちだが、すぐに疲れて引いてしまうのだ。
 なにかの犯罪容疑で留置所にいれられでもしたら、おそらく二日目
くらいにはやってもいない罪を自白するだろう。

 そんな私に、先日、理不尽が降りかかった。犯罪ではないが
犯罪になりかねないことだった。

 その日、家に帰ると一冊の本が届いていた。
 資料本のたぐいにはいるのかもしれないが、写真を多用した
いわゆるムック本だ。私はその中の座談会に出ている。
 出来上がったものはあまり見直さない方だが、この時はなにげなく
めくり、自分のところにざっと目を通した。
 そして凍り付いた。

 なにこれ? 発言がでたらめだし、文章も日本語になってない。
 それどころか、人権侵害になりかねない内容まである。
 座談会をまとめた人がテープを流し聴きし、脈絡もなしに
適当な感じで言葉をつなげたとしか思えない。
 たとえば私が横浜の野毛という町に馴染んだきっかけは
「野毛で遊廓をテーマにした小芝居をやってると聞いて行きました」
 
 遊廓をテーマにした小芝居? おそらくは「私のデビュー作は
遊廓をテーマにしたものです」という発言と、野毛の大道芝居に
参加したくだりの「お芝居」(小芝居ではない)を、くっつけたものだろう。
 しかし二つの発言は座談会の中で時間も内容も距離がある。
 なぜこんな文脈になるのか。
 
 それでも自分自身のことだけなら目をつぶっただろう。
 なぜか私は大阪生まれだと発言したことになってるが、
それもいい。その調子ですべてがめちゃめちゃだが、それも我慢しよう。
 問題は、出してはいけない個人名がそのまま出てしまっていることだ。

 この座談会自体はもうかなり前のことだが、たしかゲラが二月頃に来た。
 自分の発言部分を大直しして、「もうちょっとちゃんとした編集を
していただかった」と苦情をつけて訂正稿を送った覚えがある。
 どこをどう直したのかもう覚えていないが、苦情を言うほど直した
はずなのに、これはどうしたことか。

 夜の11時近い時間になっていたが、この本を編集した人に電話した。
 しかし相手は「でもそれは、山崎さんから来た訂正ゲラの通りですよ」
と突っぱねる。
 私は確認をお願いし、その日はそれで終わった。

 翌日、相手から「確認したけど間違いない。こっちは訂正ゲラ
のついたメールが保存されてる。必要ならいつでもそれを送りますよ」
 と自信満々の電話があった。
 「だけど、私が発言してないことが出てます」
 そう言うと、しばらくしてまた電話があり、
「まとめをした女性に確かめました。テープにちゃんと山崎さんの
発言が残ってると言ってます。なんでしたらテープを送りましょうか」
 と、だんだん居丈高になる。

 そりゃ、発言は残っているだろう。しかしAブロックの話から
一行抜き出し、関係ないBブロックの話からも一行取り、その二行を
あわせてひとつにしたら、全然別の内容になる。
 それを捏造という。

 が、向こうは私の訂正ゲラに従って本にしたと言うし、
私の方はゲラなんか仕事が終わったらすべて破棄するから残っていない。
 紙の場合はシュレッダーにかけるし、メール添付のファイル
だった場合も、メールそのものを、せっせと捨てる。
(ボックスにたくさん溜まるのがいやなのだ)。
 座談会の音源を聞けば「まとめ役」の聞き違い、捏造はあきらかだが、
それをゲラにして私に見せ、チェック済みのものを本にした
となれば、あきらかに私の負けだ。

 しかも相手は行政までからんだ組織、私はなんのバックもない
零細物書き。力の差は歴然としている。
 すでに本は出てしまっているし……。

 その日、たまたま会った某雑誌の編集長にわけを話して相談した。
 相談というより泣き言だ。
 編集長は「メールやゲラはそう簡単に捨ててしまわないで、
トラブルが起きた時のためにとっておかないと
いけないんですよ」と言ってくれた。
 それしか言いようがないだろう。

 真っ暗な気持で家に帰り、一応メールボックスを開けた。
 ゴミ箱メールを見ると、しばらく削除しなかったのかだいぶ溜まっている。
 それでも二ヶ月も前のことだし、と期待はほとんどせずに
相手の名前で検索してみた。

 あった! 
 けどそれは「ゲラを見てチェックして下さい」というメールで
添付されてるのは元の原稿だ。
 これを直して相手に送ったことが証明されなければ意味がない。

 今度こそ無理だろうと思いながらも、祈るような気持で
送信メールを検索。

 あった! そこに添付されているのは、まぎれもなく
私がタイトルに「訂正版」と記したもの。
 両方のファイルを開いて確認した。
 本に掲載されているのは元のままの原稿だ。訂正版ではない。
 相手が間違えて、訂正前のファイルを印刷に出したのだ。

 すぐに電話をかけた。
 昼間は「訂正版は僕が見て赤を入れて書き直したんだから
間違いないですよ。メールはここにありますが、ちゃんと
訂正版のほうのファイルですよ」と言っていた相手だが、
いきなりトーンが変わった。
 「おかしいなあ。添付メールをそのまま印刷に転送したのに」
 「開いて自分で書き直した」が「そのまま転送」に変わっている。
 彼は「すぐ確認してみます」と浮かない声で言って電話を切った。

 翌日の午前中、私から電話を入れたが、向こうは出ない。
 返しの電話も来ない。
 このままにされたら絶対に困る。
 思いあまって、ついにその組織のトップに電話を入れ、
事情を話し、会っていただけることになった。
 相手からようやく、自分の非を認める電話があったのは
それから数時間後、私がトップと会って話をしている最中だった。

 トップはしっかりした誠実な方で、「これはまずいです」
と、すぐさま本の回収を命じてくださった。
 しかし私の方から証拠が出てこなかったら、相手は万が一、
自分の間違いに気づいたとしても、みずからそれを申し出て
くれることはなかっただろう。
 市中に出回ってしまった本の回収というのは、たいへんな
ことなのだ。

 ちなみに座談会をまとめた女性にも会ったが、若くて
こういう仕事の経験はまったくない人だった。
 座談会に立ち会って、話の内容を理解していたわけでもない。
 そういう人に仕事を丸投げするというのもいかがなものか。

 これまでさんざん冤罪のドキュメンタリーは読んできたが
自分がその立場に立ち、無実を証明する手立てもない(と
思い込んでたわけだが)となった時の苦しみを、今回は実感した。
 
 間違いは誰にでもあるし、私もじつに間違いの多い人間だ。
 もはやこの歳では直しようがないだろう。
 だから相手のミスも許すが、問題はその時の対応だ。
 私自身の問題として、非があった場合は清く認めるように
しようと自分に言い聞かせた。

 が、ゲラや文書などはおそらく、今後もとっておかないと思う。
 何事もなければ、それはゴミとして溜まっていくだけなのだから。
(懲りてないなあ、私も)
 

コメント一覧

冬桃
真面目に、ゆっくりがいいですね。
林さん

 私も「忙しい」は嫌いです。「お忙しそうです
ね」「お忙しくていらっしゃるから」「お忙しい
んでしょ?」と、社交辞令で言う人が多いのです
が、忙しくない私は困ってしまいます。
 嫌みに聞こえるときもあります。
 なんだか忙しくないと駄目みたいで、いやですよね。
 ゆっくり、そして誠実に生きていけたら、それが
一番だと思っています。
 
 
林(リン)
IT進化時代の欠落
お久しぶりです。Linです。
洋子さんの災難を見過ごすこと出来ないです。完璧に寸での処で陥れられるパターンでしたね。
僕は、昔から<忙しい>という語彙が大嫌いなのです。なぜなら、(ココロなくす)と著す単語ですから、どんな弁明があったとしても<忙しい>という言葉でやられてしまっては、【許す】しかありません。
想像するに、相手は「でもそれは、山崎さんから来た訂正ゲラの通りですよ」と返してきたそのテアイは、きっと、<忙しい>の連発をする癖が極まっているタイプのとんでもない上司を職場で演じているヒトだと思います。なぜなら、洋子さんがお会いになられたその部下の女性は誠実そうな方だから…。

IT進化時代、欠落しているのは、まさに人間のココロの問題なのかも知れません。不器用でいいから誠実に…なんていう人を上司に持ちたいですよ。しかし、なかなか。 僕の職場でも…

愚痴になりそうなので、控えます。でも、政府の原発対応しかり、消費税対策しかり、大阪しかり、名古屋しかり、花見のオザワさんとコシイシさんしかり。なかなか、好い上司にはめぐり合えないものです。残念ながら…。

でも、でも、まだまだ懲りない洋子さん。素敵です。明日からも、<元気印>の狼煙をあげてくださいね。
冬桃
怪我の功名
酔華さん

 私はたいてい紙でゲラをもらいます。ファイルだ
と直し方がよくわからないから。
 そして紙ゲラは、作業が終わったらシュレッダー
にかけて処分します。
 今回はたまたま添付ファイルできました。紙に
打ち出して直そうにも、横に書き込んで済む程度の
直しではなかったので、ファイル上で直しました。
 なにが幸いするかわからないものですねえ。
酔華
いやはや
大変でしたね。
でも、メールが残っていて良かったぁ。
これが昔みたいに紙だけの作業だったら助かりませんでしたね。

それにしてもひどい出版社だなぁ…
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