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成功とは  IP細胞をつくって、ノーベル平和賞をとった、山中先生

2016-10-28 07:59:18 | キリスト教
ノーベル賞をとった、山中先生の話がテレビででていた。

IPS細胞を作ったときの話。
ES細胞が、万能細胞で、受精卵を壊さなくてはIPS細胞はできないと思っていた。しかし、ES細胞は、遺伝子が関わっていることがわかった。その遺伝子は、100個だった。その中で、もっともかかわりのある遺伝子を探したところ24個になった。
皮膚の細胞から、IPS細胞を作るとき、その細胞に24個全部いれてみると、変化が起こったようだ。ES細胞ににた細胞ができた。
本当は、100万個の研究が必要で、IPS細胞を作るのに、30年はかかると考えていた、山中先生は、大学を卒業したての研究員にその研究をしてくれとたのんだようだ。
もし、失敗しても、自分は医者になって、あなたを、受け付けにやとってあげるからとたのみこんだのです。
その、若い研究員は、24個の遺伝子を皮膚の細胞に最初は一個、次は2個、次は3個づつぶち込んで、その結果どうなるか調べていたのです。しかし、先生からいわれなかったけれど、24個の細胞を全部、皮膚の細胞にぶち込んでおいたのでした。
すると、その全部をぶち込んだ結果だけが、変化がおこったのです。
そこから、IPS細胞をつくる研究が一気にすすんで、1年でIPS細胞ができて、先生は、その研究をはじめて、6年目にノーベル賞をとったようです。
山中先生の言っている言葉、「まずは、研究して、結果がどうでても、いいのです。やることです。」といったようです。
その、研究員の人は、研究が大好きな人だったといっていました。
IPS細胞は、受精卵と同じ働きをします。
胎児の時、おなかの中で、細胞が増えて、手や、足や、目や、心臓や神経や、骨や、皮膚などの機能が異なるものとして、かえられていきます。そして、1度、かえられた細胞は2度と戻らないと思われました。
しかし、山中先生の作った、IPS細胞は受精卵と同じで、どんな機能をする細胞にもなれるのです。
皮膚、骨、神経、心臓、すい臓、胃、足の指、手の指、神の毛など様々な細胞に変わります。これからは、アルツハイマーの認知症のひとでも、このIPS細胞をつかってつくった、脳の細胞を壊れた脳の細胞に移植することによって、アルツハイマー認知症が治る可能性がでてきました。
もう、ドイツでは、3000万くらいのお金をだして、IPS細胞を使った、治療をしているところもあるようです。
アメリカの会社では、IPS細胞をつかって、いろいろな組織の細胞をストックして、病気の治療につかっているようです。
日本でも、これから始まるようです。
膵臓からインシュリンが出なくて、糖尿病になってしまった人は、IPS細胞で作ったすい臓の細胞を移植することによって、インシュリンがでるようになるかもしれません。
脊髄の病気の人も、IPS細胞で作った脊髄の細胞を移植して、脊髄がさいせいするかもしれません。
心臓の病気の人も、IPS細胞でつくった、心筋の細胞を使って、病気がなおるかもしれませんね。
山中先生は、医者の仕事をして、どうしてもなおらない病気があることがわかって、その人たちの為になんとか治療薬を作ってあげたいとおもって、生理学の分野にいかれたようです。
脊髄の病気で、治療薬のない人から、脊髄を治す薬を発見してくださいと頼まれたそうです。
途中で研究費もなくなって、もう、研究がつづけられないと思った時、あきらめないで、支援してくれる人々を見つけ、3億円の支援をうけて、研究をつづけたとのことです。

夢をあきらめないで、研究をつづけた山中先生に拍手です。
 
成功とは
 
とにかく、できることからはじめよ。
 
  
成功とはいつ、どんな形でやってくるかわからない。
 
何が目をだすかもわからない。
 
だから、朝のうちに、できることをやり、夕方にも気を抜かず、思いつくこと
 
をやってみるのだ。
 
二つとも同じようにうまくいくかもしれないではないか。
 
                       (古代ユダヤ人の言葉)
 
チャンスは、平等にあたえられる。
 
私は天の下にある、多くの者を見たが、競争は足の悪い人が勝つとは限らず、強い人が戦いにかつとも限らず、生活に困窮しないのは、必ずしも、頭のよい人でもなく、また、人から好意を受けるのは、博識の結果でもないのがわかった。
なぜなら、すべての人に同じように、時が与えられており、だれもが皆,好機と出会うものだから。
 時とチャンスはどう生かしたかがすべてである。
 人間には行動することしかできない。
 時間をとめることもできなければ、時計の針をもどすこともできない。
 要は名ずべき時に、なすべきことをしたかどうかなのだ。
                     [古代ユダヤ人の言葉)
前だけを見よ
 
 どんなときにも、前だけを見つめ、後ろを振り返ってはならない。
 
 進もうとしている道、なそうとしていることが、本当に正しいかどうかしっ  つかりと見極め、そこに1点の曇りもないと言い切れる自分でなければな らない。もしそこに、ほんの少しでも嘘や偽りがあるなら、すみやかにそ  のやり方を改め、方向をかえるのだ。
                           [箴言4章25~27節)
 
成功とは当然の結果である
 
農業では、田植えよりも前に、土をつくることが何よりも大切だ。
 
よい作物はよい土壌に実るからである。
 
種をまくシーズンが来る前に、何も植えずに、土を掘り返し、耕す仕事
 
を繰り返す。
 
ところが、それを面倒がって、よい土壌を作ることなく、種をまいてしま
 
う者がいる。そういうものは、結果的に収穫のシーズンが来ても、願っ
 
ているものは刈り取れない。
 
途中で枯れてしまい、大失敗に終わるからだ。
 
成功とは、まさにこれと同じで、なすべきことを、めんどがらずにやっ
 
た、者だけが手にすることができる当然の結果のことを言う。
 
                              (箴言20章4節)
 
天にまかせよ
 
人の心には、多くの願い事があり、やりたいことや、計
 
画もたくさんある。
 
人とは欲深いもので、それが、どうしても実現したいこと
 
であればあるほど、絶対にそれはおこらなければならな
 
いと思い込む。
 
しかし、最終的に、それが実現するかどうかは、じぶん
 
にかかっているのではない。
 
人は未来を支配できない。
 
究極的に、すべては神にかかっている。
 
だから、未来を握ろうとしてはいけない。常に手をはな
 
せ。
 
願いを持ち努力することは素晴らしいし、そうでなけれ
 
ば何事も達成できない。
 
しかし、努力し、力を注いだことが必ず、実現するとは限
 
らない。究極的には、人の思いを超えた高い意志に沿
 
ったことだけがなる。
 
だからそれがなったとしたら、それが天命であり、ならな
 
かったとしたら、それもまた天命なのだ。
                  (箴言19賞21節)
 
人は多くの計画を持つ。しかし、主の御心だけが硬くたつ。(聖書
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