陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

マリア様がみてるの山百合会の意義とは

2023-05-03 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

平成時代に百合大ブームを起こしたさきがけ作品、集英社コバルト文庫の「マリア様がみてる」
その再読を2022年秋からはじめていますが。あらためて読むと、多くの気づきを得られれます。

リリアン女学園という明治時代から続く、カトリック系列の私立女学校。
そこでは先輩が後輩を導くという姉妹(スール)制度があり、姉妹になった証にロザリオを授受します。姉や妹をもたない一般生徒もいるにはいるのですが。山百合会と呼ばれる生徒会だけは別。紅薔薇さま、白薔薇さま、黄薔薇さま、と呼ばれる上級生の姉を筆頭に、その妹である「各薔薇のつぼみ」、さらそのつぼみの妹は「各薔薇のつぼみの妹」と呼ばれ、御三家三世代が揃う時代は、山百合会の構成メンバーは9名になります。


「いとしき歳月」までは、紅薔薇のつぼみたる小笠原祥子の妹になった主人公・福沢祐巳を含めて8名。これは当時の白薔薇さまだった佐藤聖が三年生で、その妹のつぼみである藤堂志摩子がまだ一年生だったためです。その後、祥子や支倉令らが薔薇さまになると、志摩子にはすぐ妹の二条乃梨子ができますが、祐巳および、黄薔薇のつぼみの島津由乃には、妹をつくるというプレッシャーがかかります。この妹問題の解決がシリーズ後半のテーマに費やされたといっても過言ではない。

じつは、その生徒会組織たる山百合会も、お家芸のように、絶対継承ではないことが「ロサ・カニーナ」編で明かされます。生徒会選挙で落選すれば、薔薇さまは交代してしまうのです。すなわち妹をもたない薔薇さまが誕生してもおかしくはない。お家をよそ者にのっとられてしまう。自分のお姉さまが薔薇さまでなくなってしまえば、妹も山百合メンバーではなくなります。

すなわち、薔薇さまから妹に選ばれて山百合会入りした妹たちは、いずれ、自分がトップの薔薇さまに相応しくないかを、一般生徒によって信任されなければならないのです。なんという民主的なシステムでしょうか! したがって、姉たる薔薇さまも、自分の妹選びは、次代の薔薇さまとして恥ずかしくない人物を選ばねばならず、個人的な好意のいかんでは決められないのです。佐藤聖が下級生の久保栞を妹にできなかったという事実も、最愛の人なので、「妹としてみられなかった」からに尽きるのでしょう。そうした姉妹制度や山百合会に選ばれた故におこる悲喜劇も、このストーリーを豊かにし、長らくのシリーズにしてきたのでありましょう。

この山百合会の妹問題は、現在、日本で生じている家の消滅問題を思い起こさせます。
事実、登場人物の家族でも、藤堂志摩子はお寺の娘なのに修道院入りを志願しているし、その兄は僧職の資格がありながら家出中だし。小笠原グループの総領娘たる祥子も、婚約者の柏木優との婚約解消してしまい、後継ぎになることを期待されなくなりました。番外編の「私の巣」でも、婚家の名義の家に四世代が同居するという大家族が描かれており、今後の日本の未来を想定した事象をほのめかしているのです。そう、お墓とかお仏壇とか、どうするのという問題が。

作者の今野緒雪先生が意識しているのは、「若草物語」にあるような父権制を脱した女性たちの自立した姿なのでしょうが、現実としては、家庭を守るのも、母や姉として誰かのこころをケアする癒し手としての役割も、女性に求められてしまうのですね。

山百合会という組織の一種特殊なところはもうひとつあります。
百合モノの作品で、選民意識の高い部署がもうけられることは多いものです。たとえば、池田理代子の名作漫画「お兄さまへ…」のソロリティ。生徒たちはエリートの上級生に見初められ、そのメンバーに加入できることを夢見て、ときには過剰なまでの抗争もあるのです。

さいとうちほ漫画、幾原邦彦監督のアニメ「少女革命ウテナ」でも、生徒会メンバーだけは特別な制服を着用し、世界の果てからの招待状で決闘をくりひろげ、自分の願いをかなえることが許されるというシステムです。この決闘者(デュエリスト)には、ウテナの親友や薫幹の妹のように、一般生徒もなることができます。ただ、生徒会メンバーはやはり、学園内では特権階級として憧れられており、主人公の天上ウテナも、スポーツ万能で王子様タイプという人気者だから生徒会に出入りできる、という暗黙の了解があるわけです。

拙ブログで頻繁に褒めているカルト人気の百合作アニメ「神無月の巫女」でも、平凡で内気な主人公来栖川姫子の相手役、姫宮千歌音は、おそらく小笠原祥子をモデルとした才色兼備の御令嬢で、生徒会。けれども、それはただのヒロインのスペックを盛るアイテムに過ぎず、学園内の肩書が物語上重要な意味を持ちはしません。

ひるがえってみるに、マリみての山百合会はどうでしょうか?
祐巳は容姿はたぬき顔、成績も平均点並、部活動には所属せず。自己評価が極端に低いわけではないですが、取り柄があまりないといってもいい存在。そんな彼女が、学園の高嶺の花のお嬢様からスールに選ばれる、というシンデレラストーリーなのですが、この姉はもちろん白馬の王子様然としたスーパウーマンではなく。むしろ、庶民派の祐巳が支えないと脆い一面もいくつかもっています。

第二巻の「黄薔薇革命」以後、薔薇さまの本名が明かされ、そのお茶目な、あるいは驚愕の過去も付け足されていきますが、神格化されているわりには、かなり人間くさい描写が多くあります。とくに、商店街の事業主の娘でパパっ子だった鳥居江利子がそうでしょう。

紅薔薇さまだった水野蓉子の願いは、山百合会メンバーの集う薔薇の館を解放的にすること。
妹のつくれない祐巳や由乃は、妹候補として一年生組の松平瞳子や、細川可南子をお手伝いにスカウトします。このふたりは、祐巳を巡ってのライバル関係になるかと思いきや、それぞれに重い家族の事情を抱えており、それを祐巳を含めた山百合会メンバーとの交流により乗り越えていくのです。

また、バレンタインデート券をめぐってのチケット探し企画でも、鵜沢美冬や田沼ちさとのような、薔薇さまに片想いな一般生徒も混じり、ひと悶着があるものの、それぞれにこころの平穏を取り戻すというパターンに落ち着きます。女の子が友情のこじれで陰湿な付き合いになることは現実に多いのに、そうした闇は深まることがないので、安心して読めます。これは図書館で読めるような児童文学の素養があるからでしょう。

百合漫画として人気のある「やがて君になる」でも、生徒会が舞台で演劇がテーマの、まさにマリみてに影響を受けた後継作がありますが、こちらは主人公の少女とその先輩、および同じ生徒会メンバーで先輩の親友の三角関係が主軸であり、一般生徒のよもやまな問題は扱われていません。マリみて以後の平成の巨大ジャンルに成長した百合作品のほとんどが、恋愛関係に極めて近いカップリングで構成されるという定式があり、事実、それは同人文化でもおおいに好評だったわけです。

マリみて自体も、姉妹のセット以外に、ペアをつくりやすい人間関係があり、ひじょうに同人要素として利用しやすい素材ではあります。
けれども、そうしたヲタクめいた妄想とは別にして、この作品が訴えることは、やはりキリスト教的な精神にもとづいた博愛主義、隣人愛なのではないでしょうか。

特別な能力、美貌、資産、そのような天賦のものがなくとも。
誰でも、その山百合会という組織と関わることができ、そのメンバーとの交流によって人生上の大切なことに気づかされる。その昔、ネットミームで、マリみての一般生徒のことを「並薔薇さま」と呼称されていてほくそ笑んだものでしたが、まさに、マリみてのほぼ無名に近い外伝の主人公たちでさえ、すべてその世界のそれぞれの物語を主体的に生きる主人公なのです。

こうしたマリみて世界の、わけへだてのない人への接し方、扱い方は、私自身、総務職として勤める身であるときに大いに参考になります。自分だけが事務室にいて、特別な管理の仕事をしているわけではない。他の従業員が自分にはできない仕事で会社を支えて、作業を進めてくれているからこそ、自分の仕事だって発生しているわけだ、というあたりまえの事実に。

どこそこの会社でこの職種だったとか、この役職だったとか、年齢とか、性別とか、収入とか、能力や学歴だとか。そうした上下関係抜きに、相手をありのままに尊重すること。そうしたことが、衝突の多い人間どうしがうまく隣り合って生きていく上で必要なのではないか。

特別なエリートだけで構成された名誉職ではない、親しみやすさのある主人公によって万人に開かれた場所になっていく過程は、組織内でのヒエラルキーによる硬直を打破する糸口を教えてくれます。だからこそ、私はいまこの年になっても「マリア様がみてる」を読みかえしては胸を熱くしてしまうのです。

若い頃は学園内の日常劇で、一年経てば同じ行事が繰り返されてしまう、つまらないと思っていたものですが。
流血沙汰でめくるめく激しい愛憎劇がこころに重くなった、この自分の年齢では、とても朗らかな気分で楽しめることに驚いています。この小説が、十代の女の子向けなのにもかかわらず、当時の30代女性や男性陣にも好評を得て爆発的にヒットした理由がわかるというものです。

【レヴュー】小説『マリア様がみてる』の感想一覧
コバルト文庫小説『マリア様がみてる』に関するレヴューです。原作の刊行順に並べています。

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小説「マリア様がみてる」のレビュー、公式関連サイト集、アニメ第四期や姉妹作の「お釈迦様もみてる」、二次創作小説の入口です。小説の感想は、随時更新予定です。



ちなみに、私の中でマリみてブームが再熱やまず。
感想記事のみならず、過去に放置していた二次創作小説も機会があれば加筆修正して発表したく考えています。

(2023/03/12)






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