平成百合ブームの先駆けにして集英社コバルト文庫の代表格「マリア様がみてる」
そのランダム感想記事、今回はシリーズ四作目となる「ロサ・カニーナ」。第三作目の「いばらの森」を飛ばしたのは、話がなかなかディープなので読むのに勇気がいること。そして、お正月がテーマの軽いイベントものが読みたかったからです。これを書いている時期は11月下旬。今年も残りわずか。お正月休みが恋しい時分ですから。
久々に読んで、お目当てのお正月話がこの巻収録なことに驚きました。
「ロサ・カニーナ」のエピソード、「いばらの森」ぐらいに一冊まるごと費やされるような分量だと思っていましたから。生徒会選挙の話、祐巳たちが二年次にはもっとボリュームあったはずなんですが、先代薔薇さまがた(水野蓉子、佐藤聖、鳥居江利子)の時代はわりとさっぱりしていたんですね。
・「ロサ・カニーナ」
表紙にいる志摩子さんと、カーテンを引っ張る初お目見えのキャラ。ベールを脱ぐ、といったインパクがある絵ですね。山百合会の館では、きょうも薔薇さまが会議中。そこへ「ロサ・カニーナ」と名乗る人物の噂がもたらされる。蟹名静というその人物、生徒会選挙に立候補。次代の薔薇さま三人組の立場が危うい。お姉さまこと小笠原祥子さまの紅薔薇ポジションにも暗雲が…。しかし、なぜか、白薔薇さまのつぼみこと、藤堂志摩子だけが立候補へ足踏みをしていて──。
もちろん、マリみてファンならば知っているこの選挙結果。ここで落選したら元も子もないわけで。
でも、選挙演説がどうとか、勝敗がどうとか、そういう話ではなくて。この回で描かれたのは、志摩子が意外と山百合会の仕事に及び腰なこと。蟹名静は実は敵方ではなく、言い方は悪いが、いわゆる噛ませ犬めいた役を買って出た、と。そして、静の本意は実は憧れの佐藤聖との対話にありました。
この静と聖の、息がとまってしまうような美しい場面。
じつは私、アニメ地上放送時にたまたまそこだけ覗き見したことがありました。当時は「マリア様がみてる」の何たるかなぞ知らなくて、日曜早朝にテレビつけたら、いきなり美少女どおしがキス(頬っぺたですが)してるから、免疫がなかった私はどぎまぎしてしまった覚えがあります。あとでこの巻読んではじめて気づいたんですよね。あれ、ひょっとして、アニメの神無月の巫女を観る前だったのかも?って。
ところでこのお話、中編にもかかわらず、かなりの重要な台詞がありますね。
物語の根幹を裏付けるような。まず、マリア様にお祈りを捧げる時、それはひとが孤独に自分に向き合う時。「人は自分の中の聖なる者と対峙している」から、親しき中でもマリア様との対話には介入できない。そして「本当の意味での他人の心の中に入り込むことなどできない」。少女どうしの交情を描きながら、なんだか冷徹に突き放したような地文ですね。
さらに、蔦子さんの台詞──「祐巳さんがそこにる。それだけで人生変わっちゃう人だっているよね」。近頃悩ましい祥子さまのために無力な祐巳を励ます言葉。その後、祐巳は紅薔薇さまこと蓉子さまと祥子さまの姉妹の絆を見せつけられてショックをうけるのですが、それもかなりの独り合点。祥子さまは実は祐巳と同じ妹の立場で悩まれていて、「包みこんで守るのが姉、妹は支え」という名言がここで生まれます。「貴女はただ側にいてくれればいい」「心細くなったら手を握ってくれたら」という。いいですよね、こういう、過剰な見返りのない関係。すべての人の絆にいえることでしょう。
・「長き夜の」
シリアスパートのあとのいわゆるデザート。かなりコミカルで笑えます。お正月休みに佐藤聖から呼び出しを受けた祐巳。行き先はなんと、憧れのお姉さまのお邸。初対面の祥子ママや、柏木さん&弟の祐麒ともなぜか鉢合わせ。合宿といいつつ、実質は、パジャマパーティー。トランプゲームのときの祐巳の百面相、就寝時の「茶色にしましょう」発言、想像したらおかしくて、聖さまじゃないけれど、お腹抱えて笑っちゃいますね。柏木さんも特殊な性癖の持ち主だけど、別に紅薔薇姉妹に割って入ってるわけじゃないし、むしろ弟が狙われているし、絶妙な三角、四角関係といったところでしょうか。
「なかきよ」という風習、あとがきによれば、今野緒雪先生の母方ご実家に伝わったものらしくて。宮中行事っぽくて、なかなか奥ゆかしいですね。きっと家柄のよろしいご家庭でやっているものなのかもしれませんね。
このお正月エピソード、一年後設定の「くもりガラスの向こう側」でも繰り返されるのですけど。
今度は祐巳が「妹にしたいあの子」のことでしょんぼりしてしまう回なんですよね。祐巳が最上級生になったときのお正月は本編で描かれはしなかったですが、あんがい、毎年のように、小笠原家におじゃまして遊んでいたりするんじゃないでしょうかね、親公認で。祥子ママと祐巳の母親の、リリアン女学園時代の因縁が短編集であったような気がしますけど。
マリア様がみてるは、女性の描き方がうまいので、読んでもストレスがなくていいですね。
男性も百合関係に遠慮にして、脇にどいていて背景みたいになっている、ということがないですし。蟹名静嬢は人気があったのでしょうか、その後、修学旅行編の「チャオ・ソレッラ」でも再登場したり、番外編では主役回があったはず。
それにしても、今野先生、絶妙に表現力が半端ないですよね。
笑いどころと締めどころのバランスがいいです。無印でも感じたけれども。やはり、祥子と祐巳の絡みを描かせたら絶品。読者サービス精神あふれる聖さまのちょっかいもいいのだけども、やはりこのふたりがベスト。いつも頬が緩んで読んでしまいます。眼福ものですね。だからこのあとの「レイニーブルー」「パラさし」がとても胸が痛んでしまったわけですけども。
私はわりとリアルタイムでは「特別でない一日」以後からなじんだほうなので、先代薔薇さまご健在時の話のほうが新鮮に感じます。祐巳が貫録を発揮していくのもいいのだけども、初々しい妹分としてあれこれ立ち止まっているのを、読者として応援したくなる。いま読み返しても、みずみずしく新しい発見があるのが歓びになりますね。気分がささくれだったときに、こころが洗われます。
(2022/11/27)
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