2009年5月の裁判員制度導入から、今月で10年になります。
この制度スタートと機を一にするように、裁判ものの映画「ニューオーリンズ・トライアル」や、ドラマ「サマヨイザクラ」が放映されまして、見応えじゅうぶんであった記憶があります。
ところが、裁判員の制度すらなかった時代に、日本でのこの司法システムを先取りしたかのような、実に画期的な邦画があったのです。
1991年作の映画「12人の優しい日本人」
もともとはその前年、三谷幸喜が劇団東京サンシャインボーイズのために書き下ろした戯曲を映画化したもの。そのせいか、舞台劇のように場所がほとんど陪審員たちの集う会議室から動かないのがポイント。それなのに、まったく飽きさせないのは、ひとえに特異なカメラワークと、強烈に誇張された俳優人の演技、そして練られた台詞回しにあるといっていいでしょう。
監督は「櫻の園」(90年、08年リメイク版)の中原俊。
法廷サスペンスの名作「十二人の怒れる男」をベースに、日本ふうにアレンジしたこの作品。まだ日本に裁判員制度がない時代のため、実態とは異なるのですがなかなかコメディタッチでおもしろい。
以下、すこしネタバレあり。
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ある殺人事件の審理のため、一室に集められた12人の陪審員。被害者は、被告である妻に復縁を迫っていたろくでなしの夫。
決を急ぎたいために、開始五分でなんとなく無罪判定を下した一同ですが、ある眼鏡の男が有罪を主張。
被告に非はないと、同情する無罪支持派は、圧倒的多数。なんとなく、彼女が殺すわけはない、というあいまいな理由。
有罪派の提唱者は理屈を述べて、それを突き崩そうとしますが、なかなかうまくいかない。
ところが、議論好きな中年紳士が加担しはじめてから形勢逆転。彼の論調にほだされて、ひとりふたりと、面白半分で有罪派に同調する者が現れる。とちゅうから、無罪派が不利に立たされます。
しかも、無罪派と有罪派の対立弁士が刻々と移りかわっていく。
無罪を終始一貫して主張していたのは、どちらかというと気弱で言葉足らずな、けれど良心的な人たち。中高年の自営業者が多い。
いっぽう、有罪を頑なに主張する、あるいは途中から意見を変えたのは、世渡りが上手そうで声の大きい人間。若手のサラリーマンや、自称銀行員、会社員や主婦。中には仕事を優先して、評決不一致でさっさと審理を終わらせたい営業マンもいます。
有罪派に丸めこまれそうになった終盤、傍観視していたはずの若い男(自称弁護士)が急に反論にうって出て、判決は思わぬ結果に落ち着きます。
そして、有罪を言い出しっぺの、いっけん論理的思考の持ち主が、じつは最大に個人の感情と偏見から裁いていたのだというオチ。そしてまた、彼にとちゅうから与していた理論派がしだいに苛立って、穏健な無罪派に追いつめられていく様子がみもの。
12人が12人ともなかなか個性的で、日本人の特性をよく掴んでいます。タイトルは「疑わしきは罰せず」「罪を憎んで人を憎まず」という日本人気質を反映したものでしょう。
最後の決を握る自称弁護士が豊川悦司、有罪を主張する眼鏡の男が相島一之、陪審員長をつとめる男に塩見三省。
それ以外は、あまり名前を聞かない俳優さんたちですが、実力派をそろえたのか演技で魅せてくれます。顔ばかり小ぎれいな若手タレントを集めたありきたりな筋書きのドラマ、そしてCGやセット、音楽にばかりお金をかけて売り込んだだけの邦画とは一線を画し、本格的なドラマといえますね。
私は裁判員の経験はまだありませんが、本音をいいますと、選ばれたくはないですね。
審理に時間がかかりすぎることや、残虐な事件の凄惨な遺体の状況写真を直視できる自信がありません。この映画のように、裁判員制度がはじまる前は、罪を犯したひとを裁くこと、他人の生殺与奪を握ることに対するためらいがテーマの重きをなしていたはずです。しかし、10年経った今では、より現実的なあらたな課題が浮かび上がっているようですね。
(2009年7月23日視聴)