陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Running, Running Heart」act. 16

2011-02-21 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


ふたたび映像が切り替わり、顎から下だけが映しだされたのは、ジャージ姿でリュックを背負った登山者ふうの男だった。
マイクを向けられて、ぼそりぼそりとしゃべっていた。

「あれは何時ごろだったかねぇ、野草採りに来たんだけどねぇ。黒い不審車両が道路ぎわにずっと停車してたんですよ。そう、ずうっとね。それから二時間後にも、おなじとこにいたかなぁ。車窓に薄いシールドがかかってたんで、乗車人数は確認できなかったんですよ。でも、ナンバーからホラ、あれでしょ、アレ。そう、あの管理局の人。てっきり、新年早々の違反取締のじゃないかと思っててね。わたしゃね、気にしないでいたんです。それが、あんなことに…。いやぁ、びっくりしましたね。お気の毒に。ああ、でも、覆面捜査してるから、てっきり公務車なんかで乗り付けないもんだとばっか思ってたんですよ。しかも、こんな明るいうちからねぇ、ご苦労様ですねぇ。でも、こんな寂れたとこで取り締まったってねぇ、引っかかるもんもありませんけどねぇ。いったい全体、何のためにこんなとこで油売ってたんですかねぇ。ひょっとしたら、仕事じゃなくて、プライベートだったんですかねぇ。車って頑丈そうにみえて、燃えやすいんですよね。火の点きやすい紙の車とおなじでさぁ。いやはや、おかわいそうなことで」

山暮らしふうの独特の訛りを利かせながら、にびた声で途切れなく話すその声は、キャスターのとみに麗しき声をぬぐい去ってあまりある特徴があった。お気の毒に、お可哀想に、としきりに痛み入りながら、その証言者の声には饒舌すぎたところと、妙に思わせぶりな沈黙を挟んで、身振りまでまじえてみせる卑屈さとがあった。そいつのずた袋のような胸を裏返しにして逆さまに振ってみるといい。公務にかまけて亡くなった者を、正義に殉じた者を、小馬鹿にしたような卑屈さが、胆石のように固まってごろりと転がり落ちてくることだろう。

見えない顔の部分が暴かれたとしたら、正直、さぞや喰えない顔つきをしている御仁だろうなどと想像できたのだが、はやての意識はそこにまで向かわなかった。図らずも事件は観客のいない舞台袖で起こってしまったのだ。ただひとつの、あってはならない、最悪のことを思うだに、彼女の顔はいよいよ青ざめていくばかりなのだった。

場面は最後に放送局に戻され、美人キャスターが報道を次の言葉で結んでいた。

『繰り返します。本日、正午すぎ、ミッドチルダ郊外の山中で、車両が爆発炎上する事故が発生しました。現在も懸命な消化活動が続けられていますが、空気が乾燥していることもあり、近隣に飛び火することが懸念されます。この事故に絡む被害者は、現在もなお未確認です。続報が入り次第、お伝えします』

幸運なことに、無邪気なヴィヴィオははやての気を惹こうとして、この痛ましい放送には関心を払ってはいなかった。
はやてはとっさにリモコンを拾い上げて、モニタにフィルタリングシールドをかけた。このシールドは光りの屈折率を変え、焦点の距離をばらばらに崩してしまうことで、モニタに正常な画像を結べなくする。それは子どもに有害とされる情報を遮断するためのもので、ふだんから、高町家のモニタは麻薬やギャンブル、いかがわしい映像やうさんくさい商品のコマーシャルなどを映しだすことはしないのだ。

ヴィヴィオの目にだけではない。
事件の勘を嗅ぎつけて見えないものが見えてしまう自分の目にも、すっぽりと覆いがかけられたらどんなにいいだろうか。この十数年ではやてが見てきたものなど、次元管理世界すべてのあらゆる忌みごとを並べ立てた中でのほんのわずかな暗い歴史の切れ端だったに違いない。生命のさだめられた向かい先がそこだと理解してはいても、こんなあっけない幕切れで到達してほしいなどと誰が望んであろうか。

正視に耐えない事実を突きつけられたと同時にまた、時空管理局二等陸佐八神はやては、その望みどおり、今後の見通しを失ってしまうことになろう。




この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「Running, Running Heart」a... | TOP | 「Running, Running Heart」a... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは