陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

人生は短し、されど芸術は長し、そして高くて重くなることもあり

2019-10-12 | 芸術・文化・科学・歴史

過日、私は旧知の造形作家先生から招待状を受けた。
この先生は高校時代の恩師であり、毎年、年賀状がてら作品のハガキを送ってくださる方である。その先生主催の野外グループ展があり、先週に家族ともども参観させていただいた。恩師いわく、ご高齢もあってあまり巨大な作品は手掛けないということである。若いころ風を切るようなムーブマンを活かした作風が好きだった私にはいささか寂しい。「芸術の世界から離れてしまったので、君は見方を忘れてしまったのか」とちくりと刺される言葉もいただいた。事実そのとおり。いまの私には、恩師作はともかく、他作品はがらくた、産業廃棄物にしか見えないのだ。この大きさや材質だと処理にかかる費用は…などと算盤はじいてしまう。芸大・美大卒は圧倒的に進路不明でひきこもり予備軍も多い。ひとに理解されない生き方のために、自分の造形に閉じこもる。それを見せられるのが、とてもこころが痛い。作品から悲鳴や声がしてくるのが怖いのである。

生家含めた断捨離にしても、困るのは家族の作品である。
私は自作の(とても小さな)受賞作やスケッチブック、画材は10年ほどまえにすべて捨てた。それでも、亡くなった家族のだけは壊せない。いまも空き家に飾ってある。私のきょうだいだけではなかった。うちの親族は芸術家ではなかったものの、根っから美術の血の気があるのか、子どもの頃に描いた落書きなどがごろごろ出てきたのである。

その展覧会から数日後。
私は恩師に連絡をとった。先生の作品の在庫について相続はどうされるのか、という問題について。あけすけに言うと、あなたが死んだら家にある作品の行き場はどうするのか、税金がかかってこないか、と。

恩師曰く。
私はしがない地方在住作家のはしくれなので、相続税の心配などいらない。ただ、世界的にメジャーな方の中には、創作している段階から税務署が目をつけていて、売値を把握しているほどの人もいるとのこと。海外に売っているものもあるからして、恩師の作品がけして安いとは思わないのだが…。どうも、芸術家の皆さんは常人離れした感性の世界に住んでいるので、そのあたりのリスクに疎いのではないかと要らぬお節介で忠告してしまう。法律や諸手続きを学び過ぎた私は、役立ちたい一心で不要な声掛けをしてしまったのである。

私が心配しているのは、税金だけの問題ではない。
造形作品というのは、とにかく保管場所に困る。遺族がその創作物にどんな感情を抱いているかは計り知れない。親が芸術家で普通のサラリーマンになった子は、親のその美的遺産をどうするのだろうか。価値があって売却できればよし。しかし、無価値のまま、ただの廃材と化したら。親が手掛けた作品を粗大ゴミに出し、アトリエを片付け、産業廃棄物処理業者に処分してもらうことを遺族はおこなえるのだろうか。私は恩師にそこまで突っ込んで聞くことができなかった。その恩師には私よりも若い娘さんがふたりいるのだが、いずれ困ることが目に見えているからである。

日本はミュージアム大国で著名な芸術家の作品展示施設を遺族が運営していることが多い。
だが不景気の波がじわじわ忍び寄る昨今、どこも運営は厳しいであろう。維持しているのは企業財団など強力な出資者がいる場合のみ。

死すまで創作意欲旺盛な芸術家(アマチュア含む)の皆さん、残された家族にどれぐらいの負担がかかるか、考えたことがおありだろうか。ご自身の作品の今後について家族と話あわれるか、遺書を残すか、信託などの手続きを考慮するか、いまから備えておきたい。これは空き家問題とならぶ重要な問題だ。さもなれば、遺族は仏壇で恨み言をいう末期になってしまいかねないのだ。形見を残すぐらいならば、残された時間を大切な家族といっしょに過ごすことにこころを砕いてほしい。

花を見ても感動せず、樹を見ても世話が大変だなどと現実向き志向になった私には、日常があまりにも重すぎて、芸術の世界が遠くなりすぎてしまった。子どもの頃のような絵を描くわくわく感や、謎解きアートの楽しさを求める余裕すらない。芸術は生活に余裕のあるひとのものでしかない。恩師にはたいへん失礼なことを述べたのだが、終活の一環として、ご検討願いたい。

私は今度生まれ変わるならば、世の中に物体としては何も残さない趣味をもつべき人間になりたいさえ思うくらいなのだ。想像をかたちに残すのは、役に立たないものをつくり、美しい言訳でごまかすのは、とても恐ろしいことである。だからこそ、ブログはその余技の代わりになっているのかもしれないが。


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美術(絵画・彫刻・建築・陶芸・デザイン)・音楽・書道・文芸・映画・写真・伝統芸能・文学・現代アート・美学・博物館学など、芸術に関する評論や考察(を含む日記)の目次です。




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