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陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(十六)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

「そう。二羽を同じ鳥かごで育てるとね、声質がそっくりになる。しかもハモってるんだね」
「それはとても美しい声でしょうね」
「ところがね、一羽がいなくなるとどうなると思う?」
「啼かなくなるの?」
「いんや、それが違う。残された一羽が、別々の声で啼き出すんだな。鳥かごの隅に寄っては雌の声で啼き、支え木にぶら下がっては雄の声で誘う。そのうち餓死するか、自分の羽毛を抜きはじめたりする。小学生だった私はそれが気味悪くてね。夜もおちおと眠られなくなって…」

たくみに言葉を切った聖は、景の顔をのぞきこんで、で、どうしたと思う? と尋ねた。
景がその答えを畳み掛けるように知りたがっている表情を、さもご満足げに眺めてから、聖は両手でふわりとしたボールを包んでいるようなしぐさをしてみせた。しかし、景にはそれがあたかも、なにかを締め潰しているかのように見えた。背筋に冷たい汗が流れる。

「夜中にこっそり鳥かごから放してやったんだ。あとで両親に怒られたけどね」

ぺろりと舌を出して、おどけてみせた聖と、無邪気にいっしょに笑いあう気にはなれない。
啼かぬなら、ではなく、啼きやまぬならのホトトギス。うるさいからといって、鳴り終わるまで待とうとも、鳴り終わらせることもできないならば、いっそ壊すべきだっただろうか。いや、そうじゃない。鳴りやまぬならば、聞こえぬ場所まで逃げればいいのだ。届かぬ場所まで置いてくればいいのだ。いまたしかに、景はもつれあった糸の絡まりを解きほぐす手がかりを掴んだ気がしたのだ。

「祥子さんのお祖母さまが亡くなられたのは、たしか去年の七月だったわね?」
「うーん。そだっけな。焼香に寄らせてもらったけど、そのあたりだったような。おめでたくない日は覚えない主義なんだ。おばあちゃんの命日だって記憶にないんだから」
「そう…そうなの」

この人、両親が死んで相続したら苦労するだろうな。
思ったけれども、もちろん口にはしない。祖父母の亡くなった日なんて、法事があるから、むしろ誕生日よりも頭に残ったりするものなのに。そう思うのは、家族を失ったことがあるからなのだろう。

あの柱時計がいたずらな鐘の音を響かせはじめたのは、その一箇月前。
時計は、片割れの時計の主の命の針がもはや震えるほどか細く振れていくのを感じとっていたのだろうか。

景がたびたび下宿部屋を空けているあいだに、誰かが滞在していたかのような異質な空気を感じたのは、そのせいだったのだ。
てっきり合鍵を渡された佐藤聖が入り浸っていたのかと思ってきたがそうではない。そして、それは景の恐れる不法侵入者でもなかった。

時間は等しく流れている。なのに、二人の感じ方がもはや違う。
小笠原祥子の祖母と、池上弓子という二人が、かつて奥ゆかしい女学園で同じ時を共にしあった二人が、すれ違ったままの時間はあまりに長すぎたのだ。

景はそっと柱時計に向かってそろりと視線を動かした。
仏前に祈るように、両手をあわせて頭を垂れたまま、鐘の音にじっと聞き入っている銀髪の老婦人の小さな背中がいましもそこに佇んでいるような錯覚が見えた。

イタリア旅行の土産に、聖とお揃いで、地中海の赤土が含まれた砂時計など買わなければよかった。景はすこし後悔したのだった。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】




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