陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(十五)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

***


佐藤聖が下級生にレポートの課題を肩代わりさせているのではないか──加東景のかねてからの淡い疑惑は、すぐに解消してしまった。聖はまたしても景の部屋に転がり込んできた。理由は、もちろん、仕上がらない読書感想文の執筆なのである。

厄介者だと思っていた相手なのに、いざこうして日参してくれるとなると、やはりそれなりの愛着も湧いてくる。まあ、餌付けしてしまった野良猫のようなものか。

逆にこの2LDKの部屋にふたりいるのが当たり前になっていて、聖が帰ってしまうと、とたん寂しさに襲われてしまうのだった。大家の池上弓子が入院してからこっち、独り暮らしの侘しさを切々と噛みしめていたから、賑やかになるのは嬉しかった。

しかし、景にはどうしても聖に確かめたくてたまらないことがあったのだ。
築山みりんの残したあの衝撃的な言葉。あれははたしてほんとうなのだろうか。まさか、そんな馬鹿なことあるわけがない。でも、思い当たることがひとつだけあった。久保伊織はあのとき、なんて言ったのだろう。そう君の名前が好き、と言ったのだ。「名前」が、と。

「ありゃ、もう十時ぃ?!」

差し出しされたコーヒーの湯気を顔に浴びていた聖は、いたずらに鳴った柱時計に耳を澄ました。

「あの時計ってさ、リリアン女学園の卒業生のものだよね?」
「そうなの? 聖さんもあんな鳴ったり鳴らなかったりする時計を持ってたの?」
「まーさか、さかさか、坂の上。幼稚舎から大学までこの道、十四年筋金入りのリリアンっ子だけど、あんなレトロな記念品はもらったことないよ」

だから、そのふざけた親父ギャグやめなさいよ。ツッコミたいのだが話を逸らされそうなので、やんわり聞き流すことにした。

「じゃあ、どこでそれを知ったの?」
「祥子の家にあったんだよ。応接間にね。とてもいい響きだったからよく覚えてたんだ」

祥子というのは、聖の一学年下の後輩にあたる、リリアン女学園の高校生のことだ。
国内屈指の財閥系企業、小笠原グループの一人娘。さらっと呼び捨てにしているが、このおちゃらけだらけな友人が意外な人脈をもっていることに、いつも驚かされる。聖が言うには、毎年正月になれば、小笠原家には薔薇ファミリーの面々が集められ、豪華な祝賀会を開いていたらしい。

「うちの親父殿は骨董品マニアでね、ああいうのを欲しがるだろうからって思ったからさ、どこで買ったのか聞いたの。そしたら、なんとびっくり。それは私からさかのぼることン数十年前の卒業生に贈られたってわけだ」
「てことは、祥子さんのお祖母さまのもの?」
「そういうこと」

ということは。
この部屋にある壁掛け時計は、池上夫人の娘のものではなく、夫人その人の想い出の品だったことになる。
彼女はなぜ、娘の使い古しの愛用品とともにその時計まで、この納屋がわりの離れに置き去りにしていたのだろう。そして、彼女はその時計をなぜ図書館の企画展示に提供しなかったのだろうか。

聖はふと神妙な面持ちになって、どこからそんな話が転んできたのだかわからない、奇妙なことを切り出した。

「景さんてさ、鳥を飼ったことある?」
「小学生の頃に校庭の鶏小屋の世話ならしたことあるけど。家ではないわ。猫を飼っていたから」
「そっか。じゃ、知らないんだね」
「いったい、何を?」
「インコとかオウムとかの声を出す鳥ってね、人の声を真似するよね? あれはね、つがいでも同じなんだ」
「互いに相手の声を真似しあうってこと?」

ふいに聖がイタリア旅行で出会ったオウムに、言葉を教え込んでいる状景が思い出された。
あのとき、この友人は何を思って、あんなに執拗に異国の飼い鳥に吹聴しようとしたのだろうか。まるで、それは誰かに伝言を頼むような…。あのときは、ちょうど、リリアンの子たちが修学旅行に来ていたらしいけれど。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】





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