陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

NHKドラマ「星とレモンの部屋」

2021-04-02 | テレビドラマ・アニメ

※このレヴュー記事は、加筆修正しています。
再視聴したところ、ドラマの内容に誤解が見つかったためです。



3月19日、日本アカデミー賞受賞作報道の裏番組で、やっていたNHKドラマの話をします。
NHKドラマ「星とレモンの部屋」は、日本放送協会主催の第44回創作テレビドラマ大賞受賞の新人脚本による45分、全1話のお話。以下、かなり具体的に踏み込んだネタバレをします。

32歳の里中いち子は、ひきこもり歴18年。
潔癖症で手袋やマスク着用、アルコール消毒を欠かさない。自室から出ずに母親といっしょに食事も摂らない。室内をプラネタリウムの夜空で満たしながら、チャットをする日々だった。

ある日、母親が心臓発作で倒れてしまう。
驚いたいち子は、唯一のチャット仲間である青年・涼に相談するが──。


さて、ここから驚きの事実発覚。
なんと、涼が指示をしたのは「遺体の腐敗処理」。この彼も2週間前に自宅で死亡した父親を、風呂の浴槽に隠していたのです!! なんなんだ、このホラー展開! 

涼が風呂場の遺体を確認しに行けば、いきなり父の亡霊が現れて、息子に謝罪しようとする。涼はこんなはずの人生じゃなかったと喚いてばかり。父親は背広を着ていたから、わりと社会的地位の高い人間なのかも。

で、そのあと、いじめに遭っていた中学生いち子と、中学生男子の涼が逃避行のボーイミーツガールっぽい青春シーンが繰り広げられたり。いち子が赤ちゃん返りして、死体になった母に話しかけたりと、ドリーミィ―な展開があったり。前者は涼の描く妄想で、後者は涼との話しあいがこじれたいち子の白昼夢。

いち子は最初、救急センターに連絡するも恐怖心で伝えられずじまい。
そのあと、涼に相談しても彼は現状維持のまま。いち子は、涼に住所をSNS経由で伝えてくれたら、自分が警察に通報するのだと請け負うのです。

いち子は座椅子でガラス窓を砕き、自分はクローゼットに隠れて、警察が母の亡骸を発見してくれるのを待つ。そして、涼からの住所がPC画面に届く。大家さんと警察が踏み込んできて、そこで終わり。

社会問題になった中高年ひきこもり当事者の、老親の死骸と一緒に過ごしていた事象をテーマにしたようです。
年金の過誤払いにもなるから罰則対象になり、最近はあまり報道されなくなったけれど、表面下でわりと多発しているのでは。現実問題として、遺族が正当な手続きで葬礼を行わないと、死体遺棄事件扱いになります。テレビなどで騒がれて犯人扱いされるのが嫌だから、いち子は思い切っての行動に踏み切ったわけですね。自分をいじめた奴らに嘲笑されるのが怖いから、という後ろ向きな理由で。

たしかにショッキングな内容でしたけれども、途中のファンタジーな少年少女の展開とか、母子の会話とか、すごく引っかかりを感じます。そのあたりから、真剣に観るのが馬鹿らしくなって、初見ではかなり流し見してしまったんですね。再視聴したら、流れが飲み込めました。

そのうえで、やはり疑問点が二つほど。
第一に、死んだ母の幽霊が、娘に「死体としか話せないのなら、エンバーミングの仕事をしなさい」とけしかけたこと。
そういう問題じゃないと思うんですよ。現実、生身の人間と会うのが恐怖で電話も嫌いで、無人島にいたい。そんな逃避行真っ最中の人間に、何ごとかの生計の手立ては、なんていうのはまだ高度すぎる。社会に居場所がない人がネットだとか、創作の世界だとかにアイデンティティを求めるわけですが、そこでも熾烈な人間関係があったりする。「何者」かになれたら過去は清算され、まともな人間として扱ってもらえるのでしょうか。でも、生きることの懊悩はそれぐらいでは消えないものではないでしょうか。

第二に、涼青年側の事情。
古い一軒家に住んでいるし、母は亡くなっている。父親は仕事をしていると思われるので、出社しなければ職場から連絡が来そうですよね。さすがに死後二週間だとバレそうなものですが。

この脚本を書いたのがしかも男性だし、若い女性は救われるけれど、厳格な父親と行き違いが生じた男性は抜け出せない、ということを暗に示されたようで。座間市の事件みたいに自分殺しを持ち掛けなかっただけマシなのかもしれませんが、なんだかスッキリしません。哲学的に達観しすぎているが、どこか承認欲求を持て余して破綻している。

同様の事例を扱った松山ケンイチ主演の「こもりびと」というNHKドラマもあったみたいですね。
こちらは、地域の名士みたいな教師の父に、兄と比較して育てられた弟の話。ちょうど就職氷河期世代あたりの。父親がネットを通じて息子の気持ちに向かいあおうとするのですが、息子が拒絶してしまって…。

でも、こういうのって、NHKのいかにも文化ですという番組ではなくてですね。その昔、児童虐待を扱った「Mother」みたいに、民放の連ドラでやって反響を集めた方がいいかも、という気もします。

こうした引きこもり者のドラマは、引きこもりの本人ばかりに注目して、その異常性だとか、過失をあからさまにしようとしますが。
親もしくは学校、職場の対応次第では、一歩間違えば誰でも他人の人生を狂わせる加害者になりうることを明確にしないと、根本的な意識改革にならないと思います。最近報じられた、医学部受験を強いられた毒親を殺害した女性の件についても、教育虐待についてはもっと問題視したほうがいいですしね。エリートでないと人間でないみたいな強迫が、子をダメにする。

死んでから理解のある親になったって意味なんてないですよ。
そういう素人の自己救済まがいのファンタジーよりも、現実にこじれた親子間での対話をどう取り戻すかを提案する方がいいのではないかと思う。

あと、人間関係築くのが苦手な人が生きやすい社会について考えること。現実、今は大学入試なんかでもコミュ力重視と言われていますが、そもそもコミュケーション不全の塊の教育者自体がひとの良し悪しを主観で選別することに違和感があります。職場でも人付き合いがいい=仕事能力が高いという風潮がありますが、そんなのは職場の人間との相性によっていくらでも変わります。いつも心身が健全なひとなんていない。そういう無駄な価値づけや排除的思考が、人間を疲弊させている。

ひきこもりとか対人障害を個人の能力の劣化や欠陥としてとらえずに、誰でもなりうる風邪みたいなものだととらえ、その予防や養生につき、社会が理解を示せばいいのでは、と。
いち子と涼が言っていたように、「人並みのプライドを持ってしまった」というのは、誰しもそうで、今やSNSで他人の生活が見えてしまうものだから、よけいに感情を逆なでされてしまうからですよね。

もちろん、このドラマに共感できたり、前向きに人生を考えられたりした方の気持ちを踏みにじるつもりはもとよりありません、あしからず。だって、若い頃にはそれなりの現実逃避が渇仰されることだってあるからです。

初見では酷評してしまいましたが、再視聴すると、引きこもり者を前向きに捉えてもいるように感じます。
引きこもりだけではなく、親(もしくは祖父母)に何かがあったときに、どうするかという心構えも示されたような。

それにしても、レモンが電池代わりになるなんて、驚きでした。
室内プラネタリウム、私も欲しかったんですよね。

( 2021/03/20 04/04加筆修正)





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