陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(十四)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

「ですから、久保さんとのことを」
「ああ、あれね。あながち、貴女の推測まちがってないわよ」
「ええ? では、やはり、その…そういうことなんですか?」
「誤解しないで。久保くんとは一度だけよ。しかも、いまの奥さんが現れる前で、学生時代にお酒の力で。あたしの方があっさり振られちゃったのよ。いっしょに過ごしたいから司書の資格もとったの、なんてすがっても知らんぷり。そもそも本好きの男って、生身の女の気持ちがわからないのかしらねえ。だから不純なオフィスラブなんて三文ドラマみたいなことはないから、金輪際」
「それを聞いて、ひと安心しました」

ほっと胸をなでおろすも、あ、しまったという表情。
よくよく考えてみれば、築山みりんはかつての失恋相手がいたことを知ってか知らずか、このリリアン女子大学附属図書館に着任したことになる。お互い、かなりのこと気まずかったに違いない。睦言を交わし合った男と女が、ただの友情関係を結ぶようになるにはどれほどの時間と気持ちの整理が必要だったのだろうか。その胸中を思うだに、うかつに安心したなどとは言ってはならないと思うも、築山は意に介してないふうであった。むしろ、その言葉を彼女は自分のものとしては解していなかった。

「安心してはいけないわ。さっきも言ったでしょう。久保くんに近づかないようにって。あれはね、加東さんを思ってのあたしからの警告なのよ」
「警告? どうして、私に?」
「あたし、久保くんと貴女が地下書庫に降り立ったって知ったとき、ほんとうに冷や冷やしたわ。貴女みたいな普通人の子が狙われやすいのよ」
「狙われやすいって…」

またしても連呼される「普通人」。宇宙人に対して、とくに可もなく不可もない存在感の人間のことを指すらしい。女子の人間関係は複雑だ。すこしでもグループに異分子がいれば排除することにかけては容赦がない。にしても「狙われる」の言葉に、嫌な予感がまたしても舞い降りる。考えたくもないもないことだった。要するに、図書館の花形である紳士に目をかけられたことを妬まれていたのか。

「あの人はね、奥さんを愛していないの。彼が愛しているのは、妹の久保琹だけ。だって血がつながっていないもの」

加東景はそのまま絶句した。
それがどういうことを意味しているかは、景にすら分かった。つまり、久保琹は兄から逃れるために、純潔の守られた聖なる楽園に落ち延びたということになろう。
だが、しかし。さらに重ねられた築山みりんの言葉は、衝撃を与えるにじゅうぶんなほどの言葉であった。

「でもその妹がもはやいないでしょう。だから、同じ年ごろの女の子を漁っているのよ。今はリリアン女子大生の子と付き合っているわ。その子の名前はね──…」

ああ、だから、あのとき久保伊織はあんなことを言ったのだ。
ただのお愛想だと思っていたあの言葉の真意に気づいて、加東景はおもわず身を震わせた。そのとき、景の頭に思い浮かんだのはたったひとりだけだったのだ。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】




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