■交錯するふたつの対米感情
アメリカ軍兵士が起こす事件や事故に、東豆川市民が抱く感情はいつもふたつあった。
ひとつは基地あっての商売に専念してきた人たちの感情で、事件や事故は起きるけれども、それは国の安保を彼らに任せている以上取るに足らない問題だ、と考えがちだった。それ以外の市民たちは、怒りの感情を直接軍にぶつけた。だから事件や事故が起きると、市民たちはデモを、基地に依存して生きてきた商店主らはそれに反対するデモを行った。
このユン・クミ殺人事件がきっかけとなって、東豆川には犯罪申告センターというものができた。殺人やレイプといった凶悪犯罪に限らず、兵隊から性的暴力を受けた、物が盗まれた、お金を踏み倒された、交通事故にあったというものまでを含めて、センターに申告された犯罪件数は毎年数十件にも上っている。
こうした事件・事故が裁判になったというケースはあったのだろうか。
「いいえ、容疑者が拘束され捜査、裁判にいたったケースはほとんどありません。みんな黙って犠牲になるしかなかったのです。警察も腰が引けていましたからね」
その結果がたったの2%という韓国側による裁判の執行割合なのである。
だが女子中学生が轢き殺された事件は、基地と共に生きてきた商店街の人たちの考えを大きく変えた、と田禹燮牧師はいう。
「ユン・クミ殺人事件はひどい事件だとはいっても、被害者は基地の街に勤める女性だった、つまり危険も承知だったではないか、と考える人たちもいました。しかし、今度の事件では被害者が女子中学生だった、ということが衝撃だったんです」
衝撃だったという意味は、被害者が女子中学生だったということのほかに、インターネットを通じて出回った装甲車のキャタピラの下敷きになって死亡した2人の現場写真が伝える事故の凶暴性や、軍事法廷で無罪となった衝撃も、当然ながら含まれている。
「街の人たちの感情には殺しておいて無罪とは何事か、という思いがあります。その一方で、この事件を通して浮かび上がった駐留アメリカ軍の地位を定めたSOFAの実態があります。なぜ韓国側はこんなにもへりくだらなければならないのか、ということをはっきりと彼らも理解したんです」
基地に依存して生計を立ててきた商店街の人たちにすれば、長く続いた独裁政権時代の名残で、アメリカ軍に反対する者は共産主義者だった。反米感情はイコール北朝鮮イデオロギーだった。だが今度の事件が示したものは、反米は北朝鮮イデオロギーではなく、民族の自尊心に行き着く問題だった、というのだ。(続く)
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