《以下引用》
「米大統領選の民主党候補指名争いで劣勢にあるヒラリー・クリントン上院議員は23日、指名争いからの撤退を拒んでいる理由について、1968年の民主党指名争いで優位に立っていたロバート・ケネディ上院議員が「暗殺されたのは6月だった」と発言した。対立候補のバラク・オバマ上院議員に不測の事態が起きうるとの認識を示したと受けとめられる発言で、オバマ陣営は、「クリントン発言は不幸な内容であり、今回の選挙戦で容認される余地はない」と非難。米メディアも大きく報じた。クリントン氏は「無礼なことを言うつもりはなかった」と謝罪に追い込まれた」(5月24日『読売新聞』)《引用ここまで》
1968年といえば40年前、まだベトナム戦争にアメリカが揺れていた時代のことだ。その年の旧正が始まったとき、南ベトナム解放戦線はサイゴンにあった米国大使館を急襲、大部分は殺害されたものの、突入を許した大使館側の事態に米国国民はショックを受けた。というのも、それまでは旧日本軍の《大本営発表》よろしくベトナムでは勝利に向かいつつあり、との報道がなされていたからだ。
しかし、実態は大使館に突入を許したごとく、ベトナムでは苦戦を強いられていた。この事件はアメリカ国内でのベトナム反戦運動にさらに火を燃え上がらせた。この年はアメリカ大統領選にあたっていて、ロバート・ケネディは民主党の候補者だった。しかし6月、彼は凶弾に倒れ、民主党の全国大会は大混乱に陥り、結果的には共和党候補、ニクソンに勝利をさらわれた。
苦戦を強いられてきたヒラリーにとって6月こそは最後の決戦のとき。これまでの不利な戦いをひっくり返すべくロバート・ケネディ暗殺を口にしたのだろうが、オバマが暗殺されればいい、とも受け止められかねない危険な比喩は自ら墓穴を掘るのに等しい。
ヒラリーの気持ちは分からなくもない。劣勢の場合にはえてしてこんなふうな考えを持つものだ。だがそれを口にするのと心のなかで思うのとでは大いに違う。絶対口にしてはならない言葉というものはいくつもある。ヒラリーの言葉はまさにそのひとつを口に出してしまった。
これでオバマが民主党候補者になるに違いないが、問題は1968年のときのように、民主党絶対有利と思われていた選挙が、結局は共和党に微笑みをもたらした、とならないように望みたいものではある。イラクのためにでもある。
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