論語を現代語訳してみました。
雍也 第六
《原文》
哀公問、弟子孰爲好學。孔子對曰、有顔回者。好學。不遷怒、不貳過。不幸短命死矣。今也則亡。未聞好學者也。
《翻訳》
哀公〔あいこう〕 問〔と〕えらく、弟子〔ていし〕 孰〔たれ〕をか学〔がく〕を好〔この〕むと為〔な〕す、と。孔子 対〔こた〕えて曰〔のたま〕わく、顔回〔がんかい〕なる者〔もの〕 有〔あ〕り。学を好めり。怒〔いか〕りを遷〔うつ〕さず、過〔あやま〕ちを弐〔ふたた〕びせず。不幸〔ふこう〕 短命〔たんめい〕にして死〔し〕せり。今〔いま〕や則〔すなわ〕ち亡〔な〕し。未〔いま〕だ学を好む者を聞〔き〕かざるなり、と。
哀公〔あいこう〕 問〔と〕えらく、弟子〔ていし〕 孰〔たれ〕をか学〔がく〕を好〔この〕むと為〔な〕す、と。孔子 対〔こた〕えて曰〔のたま〕わく、顔回〔がんかい〕なる者〔もの〕 有〔あ〕り。学を好めり。怒〔いか〕りを遷〔うつ〕さず、過〔あやま〕ちを弐〔ふたた〕びせず。不幸〔ふこう〕 短命〔たんめい〕にして死〔し〕せり。今〔いま〕や則〔すなわ〕ち亡〔な〕し。未〔いま〕だ学を好む者を聞〔き〕かざるなり、と。
《現代語訳》
孔先生が、魯国〔ろこく〕の君主である哀公から宮殿にへと招〔まね〕かれた際に、次のようなお尋ねがありました。
孔丘〔こうきゅう(=孔子)〕よ。一門の中でもっとも優秀な弟子とは一体誰なのか、と。
先生は慎〔つつし〕んで申し上げられました。
顔回という者がございますが、彼は純粋な心で人の道を追求してきました。また、驕〔おご〕りや嫉妬〔ねた〕みという邪念〔じゃねん〕に囚〔とら〕われることがなく、常に心清らかでした。しかも、自分自身には厳〔きび〕しくあたり、同じ過ちを繰り返そうとはしませんでした。
しかしながら、〈私、孔丘自身にとって〉不幸なことに、31歳(?諸説ある)という若さでこの世を去りました。つまり今はもう、この世にはいないということです。
それ以降、彼のような優秀な人物というのは存じあげませんな、と。
《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。
『不幸にして』という意味においては、若死にをした顔回にではなく、あくまでも愛する弟子を亡くした孔子自身の気持ちとして受け止めたい…。
なにより顔回は、己の信念(真理・道理にしたがった)のままに生き抜いたことに対して、誰がなんと言おうとも、決して不幸な人生だったとは、露ほども感じていなかったでしょうからね。
※ 関連ブログ 未だ学を好む者を聞かず
※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考