和貴の『 以 和 為 貴 』

論語:172日目 切切偲偲怡怡如たり


切(せつ)切偲(し)偲怡(い)怡如たり


「子貢 問うて曰(い)わく、如何(いか)なるか斯(こ)れ之を士と謂うべき。子 曰(のたま)わく、切切偲偲怡怡如たれば、士と謂うべし。朋友には切切偲偲、兄弟(けいてい)には怡怡如たり。」


■その意味は?

子貢が尋ねた。

『どういう人物を士ということができましょうか。』

孔子(先生)が答えられた。

『互いに磨き合い、責め励まし合い、そしてやわらぎ喜び合うような人を本当の士と言うことができるよ。ただ友達とは互いに磨き合い、責め励まし合うのがよく、兄弟の間では、やわらぎ喜び合うのがよろしい。』
  
※ 親や兄弟は血をわけた肉親であるから情を以て交わるべきものである。理を以て責め合うと却って互に離間して、和やかな家族生活の崩壊につながることが多い。


■感想

 "士" というものに、それほど執着していない私からすれば、親兄弟がおり、友がおり、泰(ゆた)かな暮らしのなかで育まれた人であるならば、それは誰しもが、 "士" であると認識して良いと思っている。ゆえに日本人ひとりひとりが、日本の象徴であり、そして尊い存在なのである。
  


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