ミャンマー政変は「内閣大改造」 クーデターと言わない中国メディア
2月2日 AFP
中国の国営メディアは、ミャンマーでの軍による政権奪取とアウン・サン・スー・チー国家顧問の拘束について、「大規模な内閣改造」と報じた。今回の政変をクーデターとは呼ばず、えん曲表現にとどめた形だ。
世界の民主主義国家の首脳らがミャンマー軍を非難する中、中国政府はミャンマーの全当事者に「互いの相違を乗り越える」よう呼び掛けた。
国営新華社通信は1日、軍がクーデターを起こし、先に選出されていた閣僚らを解任して軍出身者らを任命したことについて、「大規模な内閣改造」だと報道。
また共産党機関紙・人民日報系の環球時報は専門家らの話として、軍の権力掌握は「ミャンマーの機能不全に陥っている権力構造を調整」する動きともみられると伝えた。ただ専門家らの氏名は出していない。
さらに同紙は、好戦的な戦略で近年最悪の米中関係を招いたドナルド・トランプ前米大統領を引き合いに出し、「選挙で自身の敗北を認めることを拒否し、議事堂での暴動を扇動したとされるトランプ氏が、ミャンマー軍に着想を与えた可能性があるとみる識者らもいる」と紹介した。
ミャンマーは、中国巨大経済圏構想「一帯一路」の極めて重要な部分を成している。習近平国家主席は昨年1月にミャンマーを訪問した際、「その国に特有の状況」に適した方向性での開発支援を表明していた。
【 所 感 】
あははは(*'▽') シナメディアさん!
『大規模な内閣改造』というのは、ちょっと無理がおまんなぁ…(*´з`)
せやけど、まぁこれくらいの表現の方が互いに溝が深くなるわけでもないよってに、ほどよい表現やったんかもしれまへんな~(*‘∀‘)
さて、シナメディア以外の報道機関(全てかどうかは分からないが…)の記事を見ると、揃いも揃って、ミャンマーにおける『軍部による国家改変(クーデター)』というものを批判する論調が並び立っており、中でも、アウンサン・スー・チー氏らを軟禁状態にしてしまったことに対する軍事政権への非難の声が続出しているという。
たしかにスー・チー氏は、これまで幾度となく軟禁生活と解放という人生を歩んできたわけであり、そのような苦難の日々を送る彼女に対して同情する人も少なくないのでは?と、そのようにも感じるのである。
しかし一方、彼女を否定的にいう人もあったり…と、実際のところはどうなんだ?ということで、自分なりにミャンマー(旧ビルマ)の国内情勢などを考慮しながら、少し考えを纏めていこうかなと思う。
(結果としては、否定も肯定もない考えに至るわけですが、関心のない方はここまでで、関心のある方は続けて読んで頂ければと思います。)
■ 英国の植民地支配と独立後のミャンマー
まず、ミャンマー(旧ビルマ)という国の歴史というものを考えると、古くは国力も豊かな有力国家ではあったにもかかわらず、西洋列強の流れが押し寄せることで、他のアジア諸国と同じように植民地支配にされてしまい、そして過酷で悲惨な歴史を辿ることとなる。
また、これは憶測ではあるが、ミャンマーという国はタイや日本と同様に、『仏教の国』としても有名なわけであるが、多民族国家というハンデを宗教的繋がりを以て国家の安泰を図っていたとも考えられ、植民地支配を許すまでの国内情勢というのは、非常に安定していたとも考えられるわけである。
だが、植民地時代には国家の独立を懸けて、幾度となく英国軍と戦うのだが、いずれも敗れてしまう。また、インド領に併合されてしまったことで仏教以外の宗教がビルマ領内に入ってきてしまい、宗教対立が勃発するようにもなる。
もはや、このような国内情勢に陥っては独立を懸け英国軍と戦うなんてことは到底無理な状態だといってよく、さらには阿片の蔓延などでさらに人々は堕落してしまい、かつては豊かで有力国家だったビルマ人の精神(心)というものが、悉く失墜されてしまうのであった。
(まるで、何処ぞの島国国家みたいですな(笑))
そんな中、大東亜戦争において旧日本軍がビルマから英国軍を追い出した(?)ことで流れは一変する。
結果として旧日本軍は、第二次大戦で敗北を喫したものの、旧ビルマ人たちは独立を懸け戦う軍隊を編成することができるよになり、1948年1月に見事、英国からの独立に成功するのである。
その後は、所謂『軍事政権』が主体となり、英国式の議会制民主主義制度を掲げ組織するわけであるが、当時は米国と旧ソ連による東西冷戦の真っ只中ということもあって、民主主義体制も社会主義体制も功を奏することが叶わず、結果として経済発展というものが非常に困難な状態に陥り、国民の暮らしも一向によくならない状態が続くことになる。
そんな中、『ミャンマーの民主化を!』と叫ぶひとりの女性が突如として現れる。すなわち、アウンサン・スー・チー氏である。
つづく・・・