がん療養中の坂本龍一「泣きそうだから、わざと笑ってしまう」 3年ぶり演奏に感無量
昨年1月にがん再発を公表して療養している音楽家の坂本龍一(70)が26日、東京・赤坂のサントリーホールで行われた公演「東北ユースオーケストラ演奏会2022」に出演。3年ぶりに公の場に姿を現した。少し細くなった印象の坂本は、音楽監督を務める同団のために書き下ろした「いま時間が傾いて」の演奏後に舞台に登壇。坂本は「今日初めて生で聴きました。うるっとしています。かなり、ぐっときています。みんなの演奏もとても良かった」と感謝していた。
22日の岩手公演で世界初演された「いま時間が傾いて」は「祈り」と「鎮魂」の思いを込め、坂本が2020年1月に書き下ろした曲。静かなバイオリンの音から始まる約13分の楽曲は、荒れる波のようにうねりながら展開し、聴き手に危機が近づいていることを教えてくれる。最後の一音が消えるまでじっと動かない95人の奏者の姿は、続いていく未来を思わせた。
コロナ禍で2年連続で公演が中止されたことから、3年ぶり5度目の演奏会でようやく音を合わせることがかなった。演奏後にステージに上がった坂本は「泣きそうだから、わざと(ふざけて)笑ってしまう」と出しずらそうな声を絞りながら、いつものジョークを飛ばしたが、「祈りと鎮魂を込めて作った曲。どうしてもいま聴くと、311とともにウクライナのことが浮かびます。戦争と震災は違うけれど、鎮魂という部分は共通している」と吐露。身を包んでいた黒色の衣装を見つめ「本当は(ウクライナ国旗を表す)青と黄色を着たかった」と話していた。
音楽活動の原動力について司会の渡辺真理にたずねられた坂本は、「失ったものに対しての鎮魂。悲痛な気持ちや郷愁の思いを表現したい。それは音楽を作ろうという人間の根っこにあるものだと思います。『いま時間が傾いて』は暗いところから始まって急にリズミカルになる。普段あまり使わない11拍子を使っています。最後に鳴る鐘は『11回』なるんです」と3・11に重ねた思いの深さを告白。「最後の鐘が鎮魂の鐘に聴こえるか、希望に聴こえるのかはみなさん次第です」と思いを込めていた。
坂本は東日本大震災後に被災地を訪問するなど、継続して復興を支援。「東北ユースオーケストラ」は、被災した東北3県(岩手、宮城、福島)の子どもたちを音楽でつなごうと、小学生から大学生までの演奏家が集まり活動している。演奏を終えた子どもたちに坂本が「難しかった?」と声を掛けた場面では、「うん」と即答され苦笑い。「あんまり考えずに作っちゃいました」と頭をかいていた。
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坂本龍一 ワーナーミュージック・ジャパン |
ステージでは吉永小百合の朗読に合わせて、坂本が同団と「still life」などの楽曲を披露。3年ぶりに公の場でピアノ演奏を披露した。吉永は「詩に込められた思いを伝えられるかしらと心配でしたが、坂本さんが弾いて下さったので幸せな気持ちで読ませていただきました」と安堵の表情を見せていた。ほか、熊本や福岡など11年以後に、甚大な天災に見舞われた人たちからなる「つながる合唱団」約60人も出演。ベートーベンの「交響曲第九番」を合唱し、喝采を浴びた。
坂本は14年に中咽頭がんで闘病していたが、治療の末に寛解。しかし、20年に直腸がんが見つかり、21年1月に手術を受けていた。