アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

記憶の旅。 二 池袋センター

2018-04-02 17:25:25 | 物語
二 池袋センター

いざ行かん、記憶の旅へ。我に続け。
 Gは今、つまり僕は、池袋センター四階の休憩エリアーで本を読んでいた。一面ガラスの窓の外はすぐ高速で、その先に高層ビルが並び、快晴にも関わらず、どんよりと淀んだ空が広がっていた。僕の目には池袋の空はいつもそう見えていた。
 僕はその時空をみていた訳でなく、二段ベッドが二十も並んだ広い部屋の所々に散らばる入所達の雑談を聞いていた。僕の聴覚は異様に敏感でこのくらいのスペースだったら漏らさず聞き取れた。
「肝を冷やしたよ、所長が入ってきたんだ」
「やばいぜ、見つかったら退寮だぞ」
「こっそり逃げて。通りの向こうの公園から様子を見てたら、しばらくして所長が出てきて、自転車で行っちまったから、また台に戻ったら連チャン連チャンでこれさ」
「すげえ、いくらだ?」
「十一万」
 パチンコで儲けたのが高木で、うらやましがっていたのが吉田だ。二人ともタクシー会社に就職が決まっていて数日後に退寮する事になっていたが、高木さんは気の緩みから酔いの冷めないうちに寮に帰った為、即刻退寮になった。どこか他の施設に送られたらしい。アルコール依存症を完全に治す為だ。

 この池袋センターは一種の養護施設で、常時百二十人の入所者がいた。
 薬物依存症、アルコール依存症、ギャンブル依存症の患者が殆どで、刑務所や精神病院から送られてきた者が多い。後は身体に異常のある者、内外科で治療が必要だが金銭的に病院に通院不可能者もいた。いわゆる路上生活者である。あと、何割かが暴力団員と準構成員だ。
 暴力団関係者達は五十から百万位の現金を隠し持っていた。このセンターは、渋谷、新宿、台東、板橋、港、中央、池袋区(池袋区・・・? 思い出せないのでこのまま進めます)から十五から二十万、入寮者への支援金が支払われていますが、実際に本人に渡るのは一万前後しか有りません。食事と宿泊、日用品は支給されるので、生活は何とかなりますが、たばこを飲む人は悲惨です。
 彼らは支給金を貰ったら二三日はバチン子三昧。負けたら地獄。吸い殻を拾い飲むか誰かにたかるしかすべが有りません。 
 僕は盗み聞きをしてたいたのでも、池袋の腐った空を眺めていたのでも有りません。本を読んでいました。この時は鬼平。
鬼平はパターンが決まっていたので超高速で斜め読みが出来る小説なんです。鬼平だつたら一日に五冊は読めます。司馬遼だと、長編は二冊。兎に角この頃は毎日最低三冊は本を読んでいました。忘れたているかもしれない日本語習得の為です。
 翻訳物も片っ端から読みあさりました。気に入ったのは、サリンジャー(ナインストーリー、ライ麦畑、フラニーとズーイ)とカズオ・イシグロ(日の名残、私を離さないで、夜想曲集)。
 そして正岡子規と宮沢賢治。二人の著作物は最初は英語を読むのと同じように難解でしたが、今はすらすら読めます。二人の日本語は美しく優しいんです。
 小説以外では歴史書が好きでした。昭和、大正、明治、江戸、戦国・室町、鎌倉、平安、奈良、古代、そして神話の時代。特に奈良時代の続日本紀、日本霊異記、万葉集、今昔物語。はまりましたね!
 
「どうGさん。・・・何か思い出した?」
 本から顔を上げると、大きな(185センチ以上と思えた)小早川さんが笑顔で見詰めていた。
「いいえ、なにも」
 小早川さんには随分世話になっていた。携帯を持っていない僕にプリペイドを持たせてくれたのが彼だ。横浜刑務所から送られてきていた元暴力団員で今は足を洗ったと言っていた。 膝と足の手術が済んだら寮を出て警護会社に就職するそうだ。
「Gさん。・・・ちゃんと自分探しをしなくてはいけないよ」
「ああ、だけど何をすればいいんだろう? この状態じゃお手上げさ」
「外科に行きなよ。まず左手を治さなきゃ」
 僕は左の手足が不自由だった、だから一人だけで服を着るのが大変だった。足でけんけんしたり床を転げ回ったりしてようやく着ることが出来た。
「体を治したら、小さい頃にいたと覚えてる金沢に行きなよ」
「ああ、行きたいと思ってる」
 丸山さんが近付いてきた。
「小早川さん、。たばこ持ってる?」
「ああ、屋上行こうか?」
 二人は連れだって屋上の喫煙所に向かった。
 僕はまた本を読み始めた。読みながら考えていた。
「明日こそ病院に行こう」
 左手の痺れには全く覚えが無かった。最もこの時の僕には何もかもが闇の中だった。名前も住所も家族も仕事も分からない。身分を証明する物など皆無だったのだ。

 さっき、小早川さんにたばこをせびったのがホームレスの達人だ。丸山さんは数々の異能を持っていた。一度話した人の顔は絶対に忘れないと言う。性癖もかなり異常だった、彼より上下二回りは離れていないと魅力、というよりは性欲が起こらないそうだ。だからといって、とても性犯罪者には見えない。ほかにも色々あるなあ、・・・と考えていると。
 窓の外で男が降ってきた。
 部屋中の男達が非常階段に走った。
 僕は身を乗り出して路上を見ようとしたが何も見えなかった。(ここの窓は絶対に開かなかった)
 けたたましい救急車のサイレンが響き、近づいて来て、池袋センターの前に止まった。

     GOROU
2018年3月15日


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