アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

三界の夢 そのⅣ 壇ノ浦

2017-02-03 22:08:39 | 物語
そのⅣ 壇ノ浦
 次の日の酉の刻。
 迎えの鎧武者達が芳一の雨戸を叩いて呼ばわった。
「法師殿、法師殿。お約束の御時刻で御座る」
「夜道の警護を命じられた者で御座る」
「決して怪しき者ではありません」
 武者達は厳つい顔を、無理に微笑ませ、声音を和らげて芳一に声をかけてい
る。
 芳一は、きちんと正座をして聞いていた。聞きながら迷っていた。和尚様の
言うことを聞いくか、背いてあの者達についていくかを。

 武者の一人が雨戸の経文に気が付いた。
「この不浄のものは何じゃ」
「おのれ芳一、県令門院様との約束を反古にする積もりじゃな」
「このような経に恐れをなすなど、平家武者の名折れ、かく上は槍の錆にして
くれん」とば、槍衾で雨戸を突き刺した。
 騎馬武者がかけて来て、雑兵達に怒声を浴びせた。
「何をする。そのお方は徳子様の貴賓じゃ、狼藉は成らぬぞ!」
 騎馬武者の言葉で畏まった雑兵達は一様に跪いた。
 その場に、尼姿の建礼門院徳子がやってきた。
「そなた達は控えていなさい」
 騎馬武者も、雑兵達も雨戸から下がって控えた。
「法師様、このような荒くれ者を使者にたてたはわらわの過ちでした。許して
下さい。・・・御察しのように、わたくしどもはこの世の者では御座いませ
ん。ですが、決してあなたに害を加える者でも有りません。唯々、法師殿の平
家語りが聞きたくて参上仕りました。哀れと思うて、せめて雨戸越しに,一節
だけでもお聞かせ下さいませ」
 雨戸を隔てていても、芳一は平伏をしてしまっていた。
「お許し下さい。お許し下さい。この芳一が間違っておりました。少しだけお
待ち下さいませ、直ぐに支度をして参ります」
 芳一は湯殿に急ぎ、裸になって体中の経文を全て流して消した。

 徳子も平家武者も意気消沈して項垂れている。
 誰もが、芳一が遁走して,二度とこの場に戻らないと悟っていたからです。
 思いもかけず,雨戸が開いて、衣服を整え,琵琶を抱えた芳一が平伏してい
ました。
「嬉しい! さあ、法師殿、わらわが導き参らせ給わん」
 優しい尼君に手を引かれ、身体を支えられて芳一は阿弥陀寺から離れて行っ
た。
 芳一は二度とこの世に戻れないかも知れないと覚悟を決めていました。

 盲目のため見えませんでしたが、芳一は今擬宝珠廉で揺られています。
 鳳廉が天皇の乗る御輿で、擬宝珠無廉は皇后や皇太后が乗る御輿です。
 盲目の芳一を労って,徳子は手を握り、大きな肩を抱きかかえています。
 芳一に温かい徳子の体温が伝わり、心が和みました。母の優しい温かみと、
菩薩の優雅な微笑みを思い出されて来ます。

 御殿の大広間には、平家の名だたる公達が揃っておりました。
 芳一は恭しい御礼を徳子御前に捧げた後。
 静かに琵琶を構えました。
 ♪さる程に、源平の陣の間、海の面二十余町をぞ隔てたる

「いよいよ最後の決戦、船戦が始まるぞ」
 新中納言平知盛卿が力強く立ち上がった。
「ソレッ、源氏おば追い払え」
「オオーツ」と、雄叫びを上げた公達達も立ち上がった。
「ウオーッ! 我に続け」と、何時の間にか鎧甲に着替えた知盛卿が崖を一気
に駆け下りた。
 崖下の浜では、すでに無数の蟹が集合し、沖の戦船目指して殺到した。

 平家物語を弾く芳一の側に残って居るのは徳子を初めとした女房達だけであ
った。
 女房達はそれぞれが管弦をかき鳴らし、芳一の琵琶と歌に合わせて、懸命に
平家を応援した。

♪ 門司、赤間、壇ノ浦は、たぎりて落つる潮なれば、源氏の船は潮に向かう
  て心ならずも押し落とされる。平家の船は潮に追うてぞ出で来る

 何時の間にか平家の軍船で一際大きな唐船の艫で指揮を取っている知盛。
 蟹たちも次々とそれぞれの軍船に取りついて、平家の戦支度は整った。
「潮の流れは平家に有利。いざ、義経をば絡め取れ」

 時は元歴二年三月二十四日、朝六時に源平の矢あわせが始まった。
 源平が力を尽くしての鬩ぎ合いは暫く続いたが、当初潮の流れを味方に付け
た平家が有利に見えたが、四国勢,九州勢の裏切りで次第に源氏が押し返して
来た。
 彼等(裏切り者達)は、ニ隻の平家唐船のどちらが安徳天皇の御座船か知っ
ていたので、源氏の大船団に猛進してくる囮の唐船には目もくれずに御座船に
殺到した。

♪ 女房達、「中納言殿、軍はいかにやいかに」と、口々に問い給へば。
 「珍しき東男をこそ御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからと笑い給 へ
ば。

 その時、大広間から徳子も女房達も姿を消していた。戦の行方に、いても立
ってもいられなかったのです。

 二位殿(徳子の母)は、戦の行方に見切りをつけ、もはやこれまでと、濃い
灰色の二枚重ねの衣を被り、練絹の袴の股立ちを高く挟み、宝剣を腰にさし、
八歳になった安徳天皇を抱き上げ、
「我が身は女なりとも、敵の手にはかかるまじ。君のお供に参るなり。御志思
ひ参らせ給はん人々は急ぎ続き給へ」と言って、船端に歩み出られた。
「尼様、朕を何処へ連れて行こうとするのだ」
「浪の下にも都はございますぞ」
 二位の尼は、安徳天皇を抱いて、千尋の海底に入った。
 平家の公達も女房達も次々と源氏に捕らえられ、遂に建礼門院徳子も長い髪
を熊手で絡めとられて、囚われ人となりはてた。

 大広間では、芳一がたった一人になって、尚も平家語りを続けていた。

♪ 海上には、赤旗、赤印、投げ捨てかなぐり捨てたりければ、竜田川の紅葉
  葉を嵐の吹き散らかしたる如し。主もなき空しき舟は、潮に引かれ、風に
  従っていづくを指すともなく揺られて行くことこそ悲しけれ

 ここで、芳一は琵琶を置いて語りをやめた。
 むなしさと悲しみが込み上げてきたのである。

 翌日の夕方、行方知れずになっていた芳一が、平家の七人塚で倒れているの
が見つかった。
 芳一は二日間眠り続けた。
 夢枕に徳子が立ち、幽玄を極めた舞を見せて呉れた。
 舞終えた徳子は、三つ指をついて芳一を拝むが如く頭を下げた。
「お陰様で、我が子も、平氏の公達達も女房方も、安らかな眠りを得られまし
た」
 顔を上げた徳子は、喩えようのない程の笑顔をで芳一を見詰めた。
「御礼までに、法師殿がお探しの家族、母御と妹君、そして弟殿の行方をお教
え致します。京へ行きなされ。一日も早く行きなされ。・・・平家一門は赤間
関で絶えた分けでは御座いません。生き延びた者も大勢いました。いまでは往
時を超える程の人数になっています。法師殿の行くところでは、どのような難
儀に出会おうとも、必ずやお助け申すでしょう」

 眼を冷ました芳一は、夢での徳子の言葉を繰り返し思い返した。
 たかが夢。とは、とても思えなかった。
「京へ行こう」
 芳一は堅く決意した。眼の不自由な己にどんなに辛い旅になるか等とは心
配しなかった。
 尼殿が言われたように、母と妹と、そして弟は生きて京にいる。芳一は尼
殿の言葉だけを頼りに、京へと旅立った。
 道中不思議な事が沢山起こった。
 道に迷えば、誰かが現れて正しい路を教えてくれ。
 飢えれば、誰かが法外な布施を恵んでくれた。
 野宿を覚悟した時も、必ず宿が見つかった。
  
    2017年2月3日    Gorou



1 コメント

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はじめまして (うさぎ)
2017-02-04 15:02:38
とても面白いです!!!
見逃したくないので、勝手に読者登録してしまいました。
お許しください。

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